7.おわかれ
これは番外編です。本編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n1824ia/
食事が終われば、あとは脱出するだけだ。
第一階層なので、今までほど強い魔物は出ない。最初に言った通り、ジャックさんなんか本当に鼻歌を歌っている。
このころから、わたしの中ではある一つの図式ができあがっていた。
それは“人間は怖いもので、獣人は意外と優しい”というものだった。
親切な人間もいることは知っている。
冒険者街には、わり世話焼きな人間が多い。
町の人間は、同族の女子供には優しいということはわかっている。
(その分、亜人種には厳しいけどね)
ハーフエルフだとバレない限りは、普通に過ごせる。
(シアンは……?)
シアンはどうなるのだろう。
亜人種の村に行けば、幸せに暮らせるのだろうか?
耳が欠けているからという理由で、同族のはずのエルフたちから仲間外れにされないだろうか?
わたしは右目を失っても、ただの人間に戻るだけだ。
(“戻る”というのも変な表現だけど……)
右目に宿っている恩寵のスキルを失っても、ただの凡庸な人間になるだけだ。
魔力も属性も、両方失ってしまうかもしれないけれど、ヒト族でいることはできる。
冒険者の中には、後遺症の残る怪我を負った者など珍しくもない。クエスト中に大怪我をして、治療が間に合わなければ傷や欠損が完治しないことなど、よくあるのだ。
だから、痛み止めの薬草採取やポーションの納品依頼は、いつもギルドの掲示板に貼り出されている。討伐依頼と違ってあまり人気がないから、消化より早く次の依頼が出るのだ。
新人冒険者でも、パーティーを組んで森のスライムやゴブリンを狩る仕事から始めるのだ。ずっと採取ばかりやっている冒険者は珍しい――というか変わり者でしかない。
わたしは、片目も魔力もなかったとしても、クエスト中の事故で……と言えば誰も疑わない。むしろ同情してもらえるかもしれない。
(でもシアンは?)
エルフの象徴でもある長耳が半分以上、千切れているのだ。人間でもエルフでもなく、獣人でもない者として、苛められたりはしないだろうか――?
「ねえシアン……」
立ち止まったわたしを、シアンが不思議そうに見上げた。
「嬢ちゃん、どうした? お花摘みか?」
デリカシーのないオッサンは放っておいて、わたしはシアンに問いかけた。
「シアン、上級治癒魔法を試させてもらってもいいかな? 」
耳の傷はすっかり塞がっている。治癒魔法で治すには手遅れかもしれない。冒険者ギルドでは、傷が残った人の多くは、治療が遅れたためだと言っていた。
治癒魔法を掛けるだけの魔力が残っていなかった。回復薬が尽きた。初級治癒魔法では完治しなかった。冒険者街に戻ってきてから、専門の治療院に行って、上級治癒魔法を掛けてもらえば治ったかもしれないが、そのためのお金が足りなかった。――などの理由で、完治させられなかったのだ。
上級治癒魔法を使った治療はとても高額なのである。
大聖女様が使うような最上級と違って、何でもすぐ治るわけではないし、大きな欠損も治らない。
けれど大金貨での支払いになるのは確かなのだ。
上級回復薬の何倍ものお金がかかるらしい。
わたしは、そんな上級治癒魔法を使えるようになった。
もしかしたら、将来は治療院で働けるようになるかもしれない。――一瞬、そう思ったけれど、すぐに否定した。
(亜人種では雇ってもらえないだろう)
魔法で目の色を変えたとしても、魔法使いだらけの場所ではきっと長くは隠し続けられない。
かと言って、許可なく治癒魔法での治療を仕事にすれば、違法行為として捕まってしまう。
治療行為をすることがある薬師や錬金術師も、違法すれすれの存在だけれど、それぞれのギルドに所属していることと、治療院とは対立しない治療方針のために見逃されているのだ。
治療院は王立教会の管轄のため、取り締まりが厳しいらしい。
ただし仲間内での無償の治療や、クエスト中やダンジョン内での治癒魔法は、その限りではない。
つまり、ダンジョンを出る前に治療してしまえば完全に合法である。
魔力はまだたくさん残っている。
試さない選択肢はないと思う。
でも、成功しなかったらシアンをがっかりさせてしまう。
「どうする?」
シアンの目が輝いた。
治せるものなら治したいのだろう。
「やる」
「耳の傷は、もう古傷になってしまっているから治らないかもしれないよ。それに、上級治癒魔法は初めて使うから、成功するかどうかもわからない。がっかりするかもしれないよ?」
「おねえちゃんなら……だいじょうぶ、だよ」
期待が重い。
ノアさんとジャックさんが、興味深げに足を止めてこちらの様子をうかがいながら、同時に周囲も警戒する。
「こっちは任せろ」
「魔物は近づけさせねえから、集中してやれ」
「うん。ありがとう」
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結果的に、魔法は成功した。
シアンは泣きそうな顔をして耳を触っている。
「どう? ちゃんと感覚ある? 痛くない?」
シアンは何度も大きくうなづいた。
「おねえちゃんっ、ありがとう! ありがとう!!」
がば、とわたしに抱きついてきた。
「よかったね……」
わたしはシアンを抱き止めながら、笑顔を返した。
……あっけなく、一回で成功してしまった。
複雑な心境である。
欠損部位の再生なら、二、三回は重ね掛けしないと治らないと思っていたのだけれど、まさか一回で成功するとは思わなかった。
回復に手間取れば、もう少しの間シアンと一緒にいられたかもしれないのに。
魔力の回復を待って、時間をおいて重ね掛けするからという口実で、もう少しだけ可愛い弟のようなエルフと過ごせたのに。
イーリースお継母様の連れ子のシャーリーン――継妹に当たるのだけれど、これがとても我儘で自分勝手な子で可愛くないのだ。
可愛くないというと語弊がある。
憎たらしい。
わたしはシャーリーンに刺されたことがある。
小さな果物ナイフで、冗談半分だったけれど、それでも遊びの延長のような感覚で人を刺せるシャーリーンのことが、わたしは恐ろしい。ある意味、魔物よりも。
わたしは、あの子のせいで寄宿学校に追いやられたようなものだ。
一時帰宅したときには、部屋もドレスも全て奪われていた。
妹と思ったこともなければ、姉妹として楽しく過ごした記憶もない。
あれは悪魔――小悪魔というやつなのだろう。
(シアンが弟ならよかったのに……)
もう、やれることは何もない。これで、ダンジョンを出たらシアンとはお別れだ。
ほんの少し寂しくなった気分を察したのか、シアンが言ってくる。
この子は育った環境のせいか、とても空気を読む。
「おねえちゃんも……いっしょに、行こうよ……」
ノアさんとジャックさんと打ち解けることができたシアンは、亜人種の村へ行く。
「ごめんね……」
寂しくてもそれだけはできない。
わたしにはまだ、やることがある。
シアンが涙ぐんでいる。
わたしのマントの裾を掴んで引く仕草が、とても哀愁を誘う。
「あ、そうだ」
わたしは一つ、重要なことを思い出した。
身につけていたマジックポーチを外してノアさんたちに差し出した。
「これ、わたしを置き去りにしようとした男のマジックポーチです。冒険者カードを回収していないから、盗品扱いになりますが、お金に変える伝手はありますか?」
容量が大きいから、中古でもそれなりの値段になるだろう。
「おう、任せろ」
「お願いします。お金は、シアンの支度金にしてあげてください」
いつまでの、サイズの合わない趣味の悪い柄シャツを着せていては可哀想だ。
あと、もう一つ。
わたしが着ているマント――魔法使いの女から剥ぎ取ってきたものだ。盗品を着たまま、ダンジョンの外に出るわけにはいかない。
それを脱いで捨てる。
「いいのか?」
「盗品をまとめてたくさん売れば、足が付きます」
「俺らのことなら気にしなくていいぜ」
「現金をもらったわ。十分よ」
「しっかりしてるな」「まったく将来が楽しみな嬢ちゃんだぜ」
将来があれば、ね。
「嬢ちゃんは、ダンジョンを出たらどうするんだ?」
「たぶん寄宿舎が無断外泊扱いになっているでしょうから、戻ったら反省房行きですね」
「なんだそりゃ」
「自習室のことです」
寄宿学校の規則を簡単に説明する。
「うへぇ、やってらんねえな」
自由を愛する獣の民には、無意味な規則や慣習で縛られた世界など、とても耐えられないことなのだろう。
「ダンジョンに置き去りにされるより、ずっとマシです。魔物は出ないわ」
「嬢ちゃんも苦労してんだな」
「置き去りを“よくあること”のように言われるお二人に比べれば、たいした苦労ではありません。わたしにはまだ果たさねばならないことがあります。生きてダンジョンを出ることができて、お二人には心から感謝いたします」
「いいってことよ。俺たちも嬢ちゃんがいなけりゃ、おっ死んでた身だ。お互い様だ」
なんか、しみじみとした雰囲気になってしまって、別れの挨拶が始まった。
シアンも、わたしが一緒に行けないということを理解したのか、何も言わなくなった。泣かないように必死で堪えているようだった。
「ぼく……こうげきまほう、れんしゅぅする。こんどは、ぼくがおねえちゃんのこと、まもってあげる……」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
可愛いシアンの頭を撫でて、別れを告げる。
再開の約束は口にできない。
わたしはまた、いつ刺客を差し向けられて殺されるかわからない。
嘘になるかもしれないことは言えない。そんな嘘を言ったら、シアンを無駄に悲しませてしまう。
「村まで、ちゃんとこの二人の言うことを聞いて、いい子にしてるんだよ」
「うん」
「もう会えないかもしれないけど、元気でね。魔力を使い過ぎないように気をつけるんだよ」
「もうあえないの?」
「運が良ければ会えるよ」
運良く、わたしが生き延びられたなら。
恐らく外は、ダンジョンから溢れ出た魔物でパニックが起きているだろう。
けれど、ここまで上がってくる最中に、掃討できる魔物は掃討したし、階段も塞いだ。大きい魔物は出てこられないだろうし、スタンピードとしては小規模なものだろう。冒険者や兵士が一致団結して対処すれば、問題ない範囲だ。
それに、スタンピードでダンジョンから出た魔物が、全て町へ向かうとは限らない。
わたしたちは、シアンの耳を治療して、いよいよダンジョンを後にした。
ダンジョン管理人さんたちは、スタンピードの対処のためか、魔物から逃げたのか、一人もいなくなっていた。詰所には誰もいなかった。
パーティーで入ってわたし以外出て来なかったなんて、何が起きたか問い詰められても困るから、いないならいないで構わないけれど、不用心だなあ……。素人や新人が間違って入り込んだらどうするのだろう。
別れ際、ノアさんとジャックさんから餞別だと言って、魔物の核である魔石をいくつか手渡された。
「俺たちは失ったものは何もねえ。むしろ、嬢ちゃんに会って命拾いしたくらいだ。だが、嬢ちゃんはひでぇパーティーに当たってアイテム全部失っちまったんだろ。装備を整え直すのに、せめてこれを使え」
「こっちは俺たちで始末するから心配するな」
ジャックさんが盗品のマジックポーチを指し示す。
「お二人にはパワーレベリングさせてもらって、もう十分な分前をいただいたわ」
「細かいことは気にすんな。もらえるものはもらっとけ」
二人分の両手いっぱいの魔石を無理やり押し付けられる。
「まあ……それなら遠慮なく。ありがとうございます」
アイテムの小瓶が一本もなくなったから、鞄の中にちょうど良く収まった。
「あとな、」
ノアさんが言いにくそうに付け加えた。
「獣人族の地下ギルドに、お嬢ちゃんが受けれるような依頼はねえ。けどな、どうしても困ったら俺たちを頼って来い。依頼を出すことはできねえが、受けることはできる。継母に殺されそうになったら来い。護衛くらい、タダで引き受けてやる」
「仲間で恩人の特別割引ってやつだ」
「なかま……」
おもわず、シアンのように片言になった。
「そうだよ。ダンジョンで死線を潜り抜けた仲間だろ」
「ありがとう。お二人のことは忘れません。シアンのこと、よろしくお願いします」
今度こそ本当に最後だと、わたしは二人に向かって深々と頭を下げた。
「本当は送って行ってやりてえところだが、獣人とエルフの俺たちと一緒じゃ、却って嬢ちゃんに迷惑がかかるだろうからな」
右側の前髪だけ長く伸ばして、片目を隠しているわたしを見て、とっくに二人は察していたのだろう。わたしがハーフエルフであることを隠して、人間として生活していることを。
「最初は本当に人間だと思ったぜ。人間がなぜ獣人を助ける!? って、逆にびびったくらいだ」
そんな感じで、最後は笑って別れることができた。
「おねえちゃん、ばいばーい!」
シアンが笑顔で手を振ってくれたので、わたしも笑って手を振り反し、仲良く去って行く三人を見送った。
そして誰もいなくなった。
運が良ければ会えると言ったものの、きっと二度と会うことはないだろう。
明日からは、また前と同じ生活が始まる。
わたしは冒険者になってからほぼ初めて、知り合った他人の行く末を案じ、幸運を祈った。
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けれど、このときのわたしは知る由もなかったのだ。
獣人の二人とは意外と早く再開することになるし、そのうちの一人は未来の舅になるかもしれないなんて……!
そして、可愛らしかったあのシアンが、エルフの集落で大出世を遂げていて、しかもわたしの婚約者として名乗りを上げてくるなんて……!!
しかも戦闘狂の大魔法使いに成長していて――気安く「楽しみにしてるね」なんて言わなければよかったと、人生最大の後悔をすることになるとは――微塵も想像していなかったのである。
お読みいただきありがとうございました。
読んでやったよという記念に、よろしければ星、いいねなどで評価いただけると幸いです。ブクマでもOKです。
今後は寄り道しないで本編を書き進めます。
本編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n1824ia/
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本編で書けなかったネタバレ。
アリアのスキル「右目の恩寵」が暴走した結果、魔物はスタンピードを起こした。
スタンピードで新たに出現した魔物やリポップした魔物、もとからダンジョンに生息していたが、スタンピードに影響された魔物には、エルフ族をターゲットにしないというコマンドが入っています。
それはアリアの「右目の恩寵」には下位の魔物に言うことをきかせる効果があるからです。
ビッグスライムはスタンピード前からダンジョンに生息していた魔物ですが、シアンを捕食したときはスタンピード前だったので、エルフを襲わないというコマンドが入っていなかったためです。
アリアの「右目の恩寵」というスキル(本当はスキルではない)がどういう性質のものなのかは、今後、本編のほうで徐々に明らかになってゆく予定です。
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