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5.片耳エルフの少年

これは番外編です。本編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n1824ia/

 嘘です。正しくは、奴隷エルフの少年でした。


「保存食として、すぐ溶かされずに取り置かれてたな」

 スライムは、後で食べるために獲物を仮死状態のまま体内に保存しておくことがあるという。ビッグスライムのような、巨大な個体に限られるそうだけれど。


 エルフの少年はスライムの粘液でベトベトだったため、わたしが浄化魔法できれいにした。

 汚れを落とすと、酷い怪我を負っていることがわかったので、さらに治癒魔法を何度もかけて治した。


 わかったことは、身に付けていた衣服と荷物の残りから、少年エルフは荷物持ちとしてこのダンジョンに連れてこられていたのだということ。

 奴隷の証である契約の首輪は、主人が死んだために無効になっていた。

「こいつは買い上げ奴隷だな」

 ノアさんが少年を検分して言う。

 本来なら、亜人種奴隷の中でもエルフは高額で取引される。希少種のエルフは、愛玩用や観賞用として大事に囲われる種類のもので、こんなところで荷物持ち(ポーター)をやらされたり、スライムの餌になっていたりする種族ではないという。


「見ろ、片耳が欠けているだろう。欠損奴隷として捨て値で売られたんだ」

「俺たち獣人みたいなのは、どこが欠損しても働けるうちは価値が残るが、エルフは見た目と魔力にしか価値を見出されない。身体も丈夫じゃないから、傷物は二束三文になる」

 少年は、エルフだけあって整った顔立ちをしている。

 控え目に言っても、金髪碧眼の美少年だ。

 けれど、エルフの特徴である長耳が傷ついてしまったら、価値が半減――下手をすると同じ境遇のヒト族の奴隷よりも値段が下がる。それが観賞にも労役にも使えない亜人種の運命だった。

 少年は、虎人族に(つつ)き回されて、すっかり脅えて縮こまってしまっている。

 こちらを見ようともしないし、声も上げない。


 言葉が出なかった。

 なんて哀れなのだろう、と思った。

(わたしはまだ、目の色だけだから救われていたんだ)

 そう思わずにはいられなかった。

 虹彩異色(オッドアイ)はハーフエルフの特徴の一つだ。

 エルフの血を引いているから、他にも長命だったり、耳が長く尖っていたり、魔法が得意だったりと、色々な特徴がある。

 その中で、わたしに表れたのは虹彩異色(オッドアイ)だった。

 エルフの魔力はヒトの身に馴染まないため、魔力の偏りのせいで変異するらしい。

 だから、ヒト族の魔力しか持たない生粋の人間は、オッドアイにはならないのだ。


 片目の色が違うだけなら、髪で隠したり、眼帯で隠したりすることで普通の人間の振りができる。

 でも、尖った長耳は隠しづらい。

 フードを被ったり、スカーフで覆ったりしても、不自然さからいずれ疑われてしまう。

 捕まれば奴隷として高値で取引される。

 特徴的な耳が傷付けば、捨て値で売られる。

 エルフは、手足が千切れてもエルフとしての価値が残るが、長耳が失われれば価値がなくなる。それでも女ならまだ買い手が付く場合があるけれど、男の欠損エルフは難しいらしい。


「で、こいつどうするよ?」

 ノアさんが言った。

「見殺しにするにゃ忍びねえが、この怯えようだ。上まで連れてったところで、まともに生きていけるとは思えねえ。どうせまた捕まって売られるのがオチだ。場合によっちゃ、ここで死なせてやるのも温情ってもんだろ」

「俺たちの村に連れ帰って養うっていう手もあるが、確かになあ……」

 ジャックさんたちの生まれた村は、亜人種ばかりが集まって暮らしているから、エルフでも安全に暮らせるはずだという。


「アリアちゃんはどう思う?」

 急にわたしに話が振られた。

「え」

 そんな重大な選択を急に振られても……。

 とは思ったものの、二人の眼差しを見て気づいた。

 これは選択を迫られているのではない。

 少年を助けるために、後押しして欲しいと言っているのだ。

 たぶん、獣人戦士の常識から言えば、ここで死なせてあげるのが温情なのだろう。生きる気力のない者を連れ帰っても、再び辛い思いをさせるだけだ。

 けれど、死なせたく――殺したくないから、わたしに「少年を助けろ」と懇願させたがっているのだ。

 

 わたしは、もう一度エルフの少年を見た。

 治癒魔法と浄化魔法できれいにはなってはいるものの、最初は酷い状態だった。

 細い身体に大量の荷物を背負わされて、スライムが近づいて来ても逃げることさえできなかったのだろう。

 荷物で覆われていた部分を除いて、衣服の大半は溶かされてしまっていて、(あらわ)になった皮膚のほとんどが(ただ)れた火傷になっていた。

 スライムにとっては保存食なので、石壁が溶けるような強力な粘液は使われていなかったけれど、生きているのが不思議なくらいだった。


 実際、治癒魔法を掛けている途中で、獣人二人からは止められたのだ。

 完治させる前に魔力が尽きる――それくらいの重傷だから、ほどほどでやめておけと。

 だけど、放っておけなかった。

 わたしは、魔力量には自信があるからと言い張って、二人が止めるのも聞かずに治癒魔法を掛け続けた。


「お二人の分の魔力も、ちゃんと残しておきますから」

「そういうことを言いたいんじゃなくてだな、」


 そんなわたしに、彼らは期待したのだ。

 最初から死なせてやるつもりだったなら、ほどほどと言わず、一切、魔法を掛けさせなかったはずだ。

 無駄だから。

 合理的な考え方をする、ドライな戦士のやることじゃない。


 わたしは、二人のほうに向き直って右目を覆っていた前髪を上げて見せた。

 ハーフエルフの特徴である、オッドアイを。

「わたしはこれ(ハーフ)だから、同族としてこの子を見殺しにすることはできません。でも、わたしも助けたこの子に何もしてあげることができません」

 自分一人が生活するだけで精一杯で、弟分のような子の面倒を見ることはできない。

「それにわたしは、あなた方に守られるだけの足手まとい。これ以上、迷惑をかけるわけにはいきません」

 なんとなく、二人の獣耳がしゅんとした気がした。

「だから、本人にどうしたいか聞いてみましょう!」

 スライムの汚泥から、自力で這い出そうとしていたのだ。生きたくないはずがない。


 わたしは、頂き物のマジックポーチから男物のシャツを取り出した。あのパーティーのリーダーだった男の着替えだ。

 無駄に収納力の高いポーチを使っていて、ガラクタばかり入っていた。

 いつのものだかわからない洗濯物(浄化・洗濯前)まで入っていたのは驚きだったが、それもこの場面では役に立つ。

 趣味の悪い派手な柄シャツに浄化魔法を掛け、それを手にわたしは少年に近づいた。


「君もパーティーの人に見捨てられたの? 魔物から逃げるための(おとり)にされた?」

 少年の、完全に残っているほうの耳がピクリと動いた。

「わたしもそうだよ。騙されて、ここより下の階層まで連れて行かれて、置き去りにされたの。君と同じだよ」


 わたしは運が良かった。

 なぜかわからないけれど、奴らは死んだ。

 怪我も、知らないうちに完治・再生した。

 この子も十分に運が強い。

 わたしたちに出会えたのだから。


「君はまだ、生きようとしていたよね。スライムの残骸から自分で脱出しようとしていたものね。よく頑張ったね。脚は無事だったから、荷物さえなければきっとスライムから逃げられたよね」


 言っていて、自分のほうが泣きたくなった。

 脚が無事なら逃げられたかも知れない。抵抗もできたかもしれない。

 けれど、あのまま歩けなければ、その場から動くこともできずに、生きたまま魔物に貪り食われていた。

 今さらながら、ぞっとする恐怖を感じる。


「……君は純粋なエルフみたいだから、攻撃魔法が使えるのかな?」

 少年は耳を傾けてくれている。

「わたしはハーフだからかな? 攻撃魔法が全然使えないの。この階でこのおじさんたちに出会わなければ、わたしも君みたいにスライムに食べられてたかも」

 前髪を上げて見せれば、少年が少しだけ上目遣いにこちらを見た。

「これを羽織るといいよ。カッコいいとは言えないけれど、半裸よりマシでしょ。……っていうか、お姉ちゃん目のやり場に困っちゃうから」


 たぶんこういうのは、無言で近づかれると怖くなる。

 わたしも自分が殴られて動けないときに、何を考えているかわからない他人が無言で近づいて来たら怖い。

 獣人戦士の二人は、おじさん呼ばわりされて気を悪くしていないといいのだけれど。

(デリケートなお年頃だから……)


 少年が手を伸ばして、羽織らせたシャツに手を通した。

 この子は、わたしが治癒魔法を掛けたことを理解しているのだろう。

「ありが……と」

「どういたしまして!」

 よかった。会話が成立しそうだ。

「君、名前は? わたしはアリアっていうの」

「……あ……りあ……」

「うん。はじめまして!」

 続いて後ろの二人を紹介しようとしたら、飛び退(ずさ)って逃げられた。

(うん。気持ちはわかるよ)

 あの顔で血まみれだったら、凶暴なアンデッドと間違えても不思議はないと思うんだ。

「大丈夫、噛みついたりしないから」

 仕方がないので、間に入って少年を獣人二人の視線から隠した。

 これで少しは落ち着くだろうか……?


「……ない」

 しばらくして少年がぽつりと呟いた。

「なまえ」

「じゃあ、なんて呼べばいい?」

「……」

 困った。少年は名前がないという。

 振り返って、歴戦の戦士たちを見る。こんなとき、どうしたらいい?


「通称は? パーティーの連中にはなんて呼ばれていた?」


 助言してくれたのはジャックさんだった。

「……カタミミ」

「チッ。そのままじゃねえかよ」

 ジャックさんも、少年エルフの扱われ方には思うところがあるようだった。

「嬢ちゃん、何か適当な呼び名をつけてやってくれ」

 もう、二人ともこの子を連れ帰るつもりでいる。そうでなければ、名前をつけようとは思わないだろう。

(難しいことばっかりわたしに振らないでよね!)

 えーと……。


 わたしがアリアでお兄様がアルト、お母様がフィレーナ。この二人がノアとジャックだから、えーと……。

「ねえ君、好きな色とか好きな食べ物とか、好きな言葉とか、何か好きなものを教えてよ」


「……」


 返事がない。

 難しい質問だったかな?

「好きな動物とか、好きな花とか……何でもいいんだけど……」

「……ソラ」

 しばらくして、やっと返事があった。


「はれたひの、あおいそら」


 よし、わかった。

「じゃあ、君のことはシアンって呼ぶね。仮の呼び名だから、後でもっといい名前を思いついたら変えたらいいよ」

 確か、シアンは異国の言葉で青を表す単語だったはずだ。


「ねえ、シアン。君はどうしたい? 君が望むなら、この二人が安全な村に連れて行ってくれるって言ってるよ」

 ノアさんとジャックさんが、怖がられまいとして無理やり引きつった笑顔を見せていた。悪いけど、あまりに似合わなくて笑ってしまう。

「それとも、もう生きているのが嫌で、今すぐ死にたいというなら、そうする方法もあるよ。きっと、一瞬だから痛くはないと思う」

 二人のどちらでも、少年エルフの細い首を斬り落とすなど、容易いことだろう。


「……」


 この子は、返事をするまでに少し時間がかかる。

 無理もない。

 虐待されていた上に、一度は魔物に食われたのだ。

 正気が残っているだけでも、感謝するべきかもしれない。


 わたしは体の位置を少しずらして、シアン少年の視線を遮ることをやめた。

 あまりに彼らを怖がるようなら、村まで二人にシアンを引率してもらうのは無理だろう。


「……おねえちゃんも、いっしょに、いく?」

 そう来たか。

「ごめんね。わたしは学校があるから一緒には行けないの。勝手にいなくなったりしたら……迷惑がかかるから」

 勝手に逃げて、シアンと亜人種村に逃げ込んだとしても、イーリースお継母(かあ)様の追っ手は、必ず村を探し当てるだろう。

 そうしたら、村で暮らしている亜人種の人たちに迷惑がかかる。

 わたしたちを連れ帰ったノアさんとジャックさんにも迷惑がかかる。


 わたしはもシアンもエルフの特徴を持っているから、姉弟で通るだろう。

 一瞬、シアンと村で姉弟(きょうだい)ごっこをする夢を見た。

(誰もわたしを知っている人がいない村で、ハーフエルフとして静かに生きられたら、)

 そしてそこに、弟のようなシアンが一緒に居てくれるなら――それは幸せな日常かもしれない。


「おねえちゃんといっしょなら……いく」

「ごめんね、わたしは町を離れられないの。本当はシアンと、ノアさんとジャックさんと、みんなで一緒に行きたいけど……わたしは、わたしを陥れた人間を断罪するまで、諦めるわけにはいかないの。わたしがいなくなったら、次はお兄様に迷惑がかかるから……」

 シアンの目から、大粒の涙がぼたぼたと落ちた。

「おねえちゃんと、いっしょがいい……」

 そう言って、声も上げずに唇を噛み締めて泣いた。


 ――ああ、この子は、声を上げて泣いたら殴られることを知っているんだ。


「ごめんね。聞き分けてね」

 まずい。

 このままでは生きる方向に説得できなくなる。

「でも、このダンジョンを出るまでは一緒にいられるよ」

 手を差し伸べて、もうしばらくは一緒にいられるからと言って誤魔化す。

「ほら、行こう? ダンジョンを出て、青空を見に行こう!」

 つないだ手を引っ張って、強引に立たせる。

 空を見たら、気が変わるかもしれない。

 騙すような真似をして申し訳ないけど、この場で死ぬことを選択させたくはなかった。

お読みいただきありがとうございました。

読んでやったよという記念に、よろしければ星、いいねなどで評価いただけると幸いです。ブクマでもOKです。

今後は寄り道しないで本編を書き進めます。


本編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n1824ia/

シリーズ名のリンクからでもたどり着けます。

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