3.獣人戦士二人
これは番外編です。本編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n1824ia/
虎人族のノアさんと、人狼族のジャックさん。
軽く自己紹介をし合って、この後、ダンジョンを出るまで一緒に行動することを決めた。
驚いたことにこの二人は奴隷でなく、独立した冒険者をやっている獣人族だった。
それも、中堅のベテラン。順当に経験と年齢を重ねたらこうなるのだろう、という見本のような渋味のある男たちだった。
そう――治癒魔法をかけて傷を治し、浄化魔法をかけて身ぎれいにさせたら、意外とこざっぱりとした普通の中年男性だったのだ。
ギルドの酒場によくいるタイプの、その中でもわりと行儀がよさそうな種類のおじさんたちだ。
ちなみに、浄化魔法をかけても無精髭はきれいにはならない。
ノアさんは虎人族だからか、人一倍体格がよくて胸板なんか、もう一枚ブレストアーマーが中に入っているんじゃないかという厚さだ。
特徴的なのが髪色で、お父様くらいの年齢でこのカラーリングはありなの? と一瞬思わなくもなかったが、獣化したときの毛色がそのまま表れているのだと思えば納得が行く。
まさか、魔法で色を変えているわけでもあるまい。黒と金色の虎毛だった。
ジャックさんは、ノアさんに比べれば細身だけれど、それでも一般的な人間の成人男性よりは大柄だ。
攻撃特化型と言っていたけれど、短剣やレイピアを使う素早さ重視の軽戦士ならともかく、両手剣の戦士で防御を度外視している人は珍しい。
人間だったら、もっとバランスよく能力を伸ばしてゆくものだ。
確かに、タンク職の相棒とは相性がいいだろう。
癖のある灰色の髪に、きれいな青い目が印象的だった。極寒の地に生息しているという、希少種の狼を連想させた。
知り合ったばかりの中年男性二人と薄暗いダンジョンの探索など、まともな女性冒険者ならやらない。そんな依頼が募集されていても、見向きもしないか、断るだけだ。
けれど、男性二人と一緒でも、女性だらけのパーティーにいても、裏切られるときには裏切られるのだ。今回のことで、それがよくわかった。
他にダンジョンを安全に脱出する方法があれば、わざわざオッサン二人と行動を共にしなくてもいいのだけれど、他に方法がないのだから仕方がない。
少なくとも、ダンジョンを出るまでは利害が一致しているから大丈夫だろう。
彼らは回復薬の持ち合わせがないから、治癒魔法を使えるわたしがいなければ困る。……はず。
正気に戻ったノアさんは、わたしに土下座して謝った。
「俺は命の恩人の嬢ちゃんになんてことを……! 魔物の生き残りと勘違いして……! 申し訳ねえ! すまなかった! この通りだ! 許してくれ!!」
存在も謝り方も、豪快だった。
大柄で、強面で、見るからに強そうなベテラン戦士の風体をしている男性が、十代の小娘に土下座している光景は、傍から見たらかなりシュールだったに違いない。
ジャックさんが相棒の醜態を見てくつくつと笑っている。
「頭をあげてください、ノアさん。わたしも、あなた達のこと死体だと思っていたから……動いたときアンデッドだと思ったので……おあいこです」
「「アンデッド……」」
そりゃ怖がるわけだ、と二人して顔を見合わせて笑った。
「俺たちは獣人族だ。そう簡単にはくたばらねえ。特にタンクのノアは、頑丈なのが取り柄だ。疲れたからちょっと休んでただけだよ」
どう見ても死に体だったけれど、深くは突っ込まないでおこう。
ヘタな強がりを言うところは、いい年をして、意外と可愛らしいところがある。
ジャックさんは物理攻撃特化型の戦士で、魔法はからっきしのため回復薬が尽きたときには、これで運も尽きたと覚悟したらしい。
ノアさんは自ら“ヘイト集中の妙薬”を被って、敵を一手に引き受けていたため、さすがに疲労が激しかったようだ。
二人とも、疲れたから寝ていただけだと言い張った。
「ほんと助かったよ。嬢ちゃんは天使だ!」
「ああ。まさか、つぶれた目が治るとは思わなかった。その年で中級の治癒魔法とは、たいしたものだな。疲労も吹っ飛んだぜ」
ほめられた!
「まだ生傷の状態だったから治せたのだと思います。完全に欠損部位として固まってしまっていたら、中級では無理だったかと……。あの、わたしが使えるのは中級治癒魔法までなので……」
誉められたことに狼狽えて、必要のない説明を無駄に喋った。
だから手足が千切れるような大怪我はしないでくださいね、と締めくくれば二人からは歓喜の声が上がった。
「くぅ〜! いいね! こんな可愛い娘が獣人族の俺たちを心配してくれるって、奇跡じゃねえか!?」
そんな、大袈裟な……。
「俺もアリアちゃんみたいな娘が欲しかったよ〜!」
ジャックさんには、わたしと同じ年ごろの息子さんがいるそうだ。
「近ごろ反抗期でよぉ、くっそ可愛げがねえったらありゃしねえ!」
「ジャック、ここで死んだら息子にも二度と会えねえところだったんだから、嬢ちゃんにはよーく感謝しとけよ!」
「おう」
ジャックさんが、男泣きに泣きながらありがとう、ありがとうと繰り返した。
「いえ……それほどのことじゃ……」
褒められ慣れていないので、妙に居心地が悪い。
しかも、期せずして治癒魔法にお礼を言ってもらうという願望が達成されてしまった。
それも「命の恩人だ」と持ち上げるオプション付きで。
けれど、何だか釈然としないのはなぜだろう――?
今回二人は、ある貴族のパワーレベリングの協力者としてダンジョン攻略に参加したのだという。
パワーレベリング、露払い、パーティーの数合わせ、戦力調整――いつもそういった依頼を中心に受けていて、本当に腕だけで稼いでいる実力者らしい。
「獣人族は護衛としてはあまり好かれないから、護衛依頼を受けることは少ないな。割のいい討伐依頼は、ギルドがヒト族の冒険者に優先的に振るから、それもあんまり受けることはない」
ギルドでは見かけたことがないと突っ込むと、常に王都のギルドで仕事を受けているわけではなく、旅暮らしなのだと誤魔化された。
途中までは順調だったけれど、魔物のスタンピードに遭遇した瞬間、貴族たちだけ早々に逃げ帰ったそうだ。
「置いていかれたの?」
「平たく言ぃやあ、そういうこった」
「平たく言わなくてもそういうこった」
二人で薬を被って魔物を引き付け、雇い主たちを転移部屋まで先に逃がした。
「そういう契約だったからな。魔物は俺たちが引き受ける。お貴族様は安全にレベルアップする。魔物が出たなら、それは俺たちの担当だ」
意外なほどきっぱりとノアさんは言い、それにジャックさんがうなづいた。
「で、俺たちも急いで後を追ったんだが……」
「転移部屋にたどり着いたとき、すでに転移装置は壊されていた」
「貴族連中が、転移した後に向こう側から破壊しやがったんだ」
「そんな……」
二人とも、魔物を押し付けられた上、雇い主から切り捨てられたのだ。
「嬢ちゃんがそんな顔するこたぁねえ。よくあるこったし、スタンピードなら必要な措置だ。仕方がねえさ」
ノアさんが、わしゃわしゃとわたしの頭を撫でる。
お母様以外の誰かに、頭を撫でてもらったことなどなかった。
「よくある……の?」
「まあな。初めてじゃねえよ」
「その度に、生きて帰って、ちゃーんとお代は請求してるがな」
「ダンジョン内で起きることは、全て自己責任だ。証拠なんざねえから、言った言わない、やったやらないで争うのは無駄だ」
「騒いだっていいことは何もねえ。生きて帰って、黙って報酬だけもらうのが一番だ」
指先でカネを表すジェスチャーをしてみせるジャックさん。
そういう考え方もあるんだ……となんだか納得してしまった。
ただし、生きて帰れればの話だけれど。
「なぁに、ダンジョンってのは下るのは大変だが、上がるのは楽だ」
「回復役の嬢ちゃんが一緒なら、鼻歌歌いながらでも上がれるぜ」
まじか。
「じゃなかったら、パワーレベリングの助っ人なんかやってねえって!」
ジャックさんも、そう言ってカラカラと笑った。
笑い事なの?
「嬢ちゃんは?」
「わたしも似たようなものかな。回復魔法しか使えない足手まといとして、置いて行かれたの……」
「ひでぇ話だな」
「なら、生きて帰ってしっかり分け前を貰わねえとな」
「……それは難しいかもね。みんな死んじゃったし」
「すまん」
「いいの。どうせゲストで入った初対面のパーティーだし、仲がよかったわけでもないし」
わたしのこと、殺そうとしてた連中だし。
「冒険者カードも回収してないし……」
正直、わざわざ冒険者カードを回収して、ご丁寧に彼らの死亡を報告してあげる気は起きなかった。
名誉も何もなく、ダンジョンで野垂れ死んだ愚か者と思われればいい。
「カードか……そりゃ、ちと厄介だな」
「取りに戻るか?」
二人が当たり前のように提案するので、わたしは慌てていいえと何度も首を振った。
「たぶん、もう吸収されちゃってると思うし……」
分け前なんていらない。
もう、あのパーティーの関係者と関わりたくはなかった。ギルドに報告すれば、あのパーティーの知り合いとか友人とかいう人たちに絡まれるだろう。
どうせ、わたしが見殺しにした側として謗られるに決まっている。
「何階層だ?」
「……ここの三階層下です」
「よく一人で上がってこれたな」
「手持ちのアイテムを全部使い切ったわ。ここでお二人に会えなかったら、完全に詰んでました」
「おっ、じゃあ俺たちも天使ってことか!」
ジャックさんが、にやにやと下手な冗談を言う。
(ええと……)
否定も肯定もできなくて、ちょっと困った。
「天界の種族に例えるほど、ありがたい存在なのは確かですね」
苦しい返答をひねり出す。
たぶん、天界を守るガーディアン的な何かだ。それ以外の天使というには、絵面が詰んでいる。髭面の金髪メッシュの天界人がいてたまるものか。
神話に出てくる天使は、もっと小綺麗――いいえ、この世のものとは思えないくらい、美しい存在であるはず。
この年頃の大人は、たまに返答に困るような冗談を言ってくるから面倒くさい。
お読みいただきありがとうございました。
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今後は寄り道しないで本編を書き進めます。
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