2.脱出行とアンデッド
これは番外編です。本編はこちら→https://ncode.syosetu.com/n1824ia/
休憩場所に使っていた部屋は、一度、魔物を一層したはずだった。
たまたま魔物の数が少なかったため、一層した後、念のため出入口に結界を張って休憩場所としていたのだ。
でも今は、結界も消えてなくなっている。
それはそうだろう。結界を維持していた魔法使いが死んでしまったのだから。
――なのに、なぜこの部屋には魔物が一匹もいないのか?
(この人たちが全部倒した……?)
そんなわけがない。彼らはそこまで強くなかった。
死体はどれも、まだダンジョンに吸収される前であり、広間のような大部屋の四方に転がっている。
(魔物の死体の数が少ない……)
この部屋に出現し、冒険者と戦って殺されたもの以外は、結界が消えた後すぐにどこかへ行ってしまったように見える。
恐る恐る部屋を出ても、通路にも何もいない。
魔物も魔獣も、他の冒険者も、誰もいない。
リポップした魔物は、その部屋か、その近くの通路をうろつく程度の知能しかない。
通路にも一匹もいないのはおかしい。
他の冒険者パーティーがいて、一層したようにも思えない。
辺りに戦った痕跡がない。
大型の魔物に踏み潰されたらしい、獣くらいの小さい魔物の残骸が残っているだけだった。
踏み潰されているのは理解できるけれど、通路の壁面で押し潰されているものもあった。
(まるで、何かを恐れて逃げ去ったみたい……)
魔物も魔獣も、基本的な行動パターンは野生の獣と似ている。集団で移動するなら、彼らを脅かす何かがあったはずなのだ。
疑問が湧いたものの、好都合とばかりに転送装置のある部屋に、向かった。
何にも出会わず、何事もなく転送装置のもとまでたどり着き、一階層上に上がった。
あと二階層上がらないと、出入口まで直通の転送装置がない。
(この後も、何にも出会わないで済むといいんだけれど……)
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現実はそう甘くはなかった。
上がってすぐの階は魔物がひしめき合っていた。
一階層下にいるはずだった魔物が、全部、この階に集まっているようだ。まるでお祭りの日の市場のように、狭い通路が混雑している。
ひどい。
これはない。
走って逃げるほどの隙間もない。
恩寵の右目を使って見ても、感知できるのはせいぜい隣の部屋までだ。隣の部屋に魔物がいるか、いないかがわかるくらいだ。
わたしは隣の部屋から魔物が移動するタイミングを見計らって、通路にいる魔物に麻痺毒を撒き散らしながら、隣の部屋に飛び込んだ。
幸い、このダンジョンの魔物は部屋を超えてまでは追ってこない。安全な部屋に逃げ込めれば、とりあえずセーフだった。
気をつけなければならないのは、隣の部屋に魔物がいない場合、魔物が自ら移動したのなら問題ないけれど、他の冒険者が倒してダンジョンが吸収した後だったりすると、じきにリポップしてしまうことだ。
一つの部屋に長居はできない。
(短剣を奪ってきてよかった……!)
戦うことはできないけれど、毒を塗った短剣で魔物を傷つけることができれば、動きを鈍らせることができる。一撃でも入れることができれば、追って来られなくなるから、自分のほうが深手を負わない限り逃げ切れる。
多少の怪我は仕方がない。
即死したり、意識を失ったりしなければ、治癒魔法で治せる。
マップは覚えていたから、罠は避けられた。
最短距離で転移装置の部屋を目指した。
それでも、二階層上がるまでに麻痺毒を全部使い切った。
ダンジョンの入口まで跳べる転移装置がある部屋に到達するころには、利き手は痺れ、短剣は刃こぼれして使い物にならなくなっていた。
――が、その部屋ではさらに最悪なことが起きていた。
(何これ……冗談でしょ……!)
転送装置は壊されていた。
それだけではない。
その部屋には、複数の魔物の死体と、二人の獣人戦士の死体が転がっている。
絶望した。
(転移装置の部屋は安全地帯じゃなかったの……!?)
この魔物の死体が全部、ダンジョンに吸収された後にリポップしたら、対抗する手段がない。
麻痺毒はもうない。
他に攻撃に使えるアイテムもない。
戦う手段がない。
(あり得ない……)
ダンジョンで転移装置を壊すなんて、通報ものの違反行為だ。
それに、倒れている獣人族の二人を見ると、魔物を集めるための水薬がかけられているように見受けられる。
主にタンク職の人や、パワーレベリングなどで使われる薬だ。
主な材料は、魔物が好む魔石屑の粉末と、独特の香りがする薬草だったはず。これらを蒸留して濃度を上げることで、無色だけれど強い匂いを放つ薬液ができ上がる。
要は、二人とも臭かったのだ。
たぶんこの二人は、薬をかけられ強制的にヘイトを集める役をやらされた挙げ句、この場所に置いていかれたのだろう。
(二人とも、大柄で強そうなのに……)
集めた魔物は全部倒したけれど、そこで力尽きたのだろう。
転移装置が壊れてしまっては、絶望もする。
虎人族と、人狼族かな――人間の平均的な成人男性より一回り大きく、装備や年格好から言ってもベテランだろう。そんな彼らでも敵わない魔物が、この階層にはまだたくさんいる。
(どうしよう……)
もう、この転移部屋から外には出られない。
途中、通路ではち合わせした魔物には、特性の麻痺毒をぶっかけて動けないようにしてから逃げるという戦法を取ってきた。
一撃食らっても、魔法使いの女から奪ったマントがあるから、致命傷にはならなかった。怪我をしたら、その度に自分の治癒魔法で治してきた。
つまり、通路にいる魔物はもうすぐ麻痺が切れて動き出す。死んではいないのだ。これもリポップと変わらない。
そして麻痺毒も、他に役に立ちそうなアイテムも、もうなくなった。
(あったところで、太刀打ちできるかどうか)
転がっている魔物の死体の中に、キマイラとケルベロスの幼体が混じっていた。
(これ、本当はもっと下の階層に出る魔物でしょう……?)
中階層にはせいぜい、ミノタウルスの幼体までしか出ないはずなのだ。
強い魔法は使ってこない、弱めの個体だけだ。あとは、どこのダンジョンにもいると言われているダンジョンウルフ、ゴブリン、オークくらい。
だけど、なにしろ数が多い。今、通路をうろうろしている魔物は、わたしたちが下りて来たときの倍以上はいる。
(スタンピードならダンジョンの外に出ようとするはずだけれど――そうか、魔物を外に出さないために転移装置を壊したのかも)
でも、スタンピードならどの階層にも魔物が溢れているはずだ。
わたしが目覚めた階層には、一匹もいなかった。
(まるで、ダンジョンが壊れたみたい……)
そもそも、なぜわたしはあのパーティーメンバーと一緒に食い殺されなかったのだろう?
(意識を失っていたから死体だと思われた?)
いいえ、死体を食い荒らす魔物もいる。奴らは悪食なのだ。特に、魔力の強い個体を好んで食らう。
ならば余計に、パーティーで最も魔力量の多いはずのわたしが餌にならなかったのは不思議だった。
(そういえば……何の魔法が暴走したんだろう……?)
燃えた跡はなかったから、火属性魔法ではない。
水や土でもない。
風属性の魔法は切り傷を残すだろうけれど、歯形はつかない。
(まさか、ね……)
わたしには、従魔契約や召喚の素質はない。
あれは魔力量や属性とは関係がない、体質のようなものだったはずだ。
わたしは部屋中を歩き回って、脱出のヒントになるものがないか探した。
転移装置も、直る見込みがないか調べてみた。――けれど古代の遺物級の代物だ。修理方法がわかるはずもなかった。
(蘇生魔法でも使えたらなー……)
そうしたら、この獣人の二人を生き返らせて戦ってもらおう。
三人なら脱出できるかもしれない。
でも蘇生魔法は聖属性だから、属性魔法が使えないわたしには無理に決まっている。しかもあれは、大聖女様しか使えないような高度な魔法だ。
治癒魔法も聖属性の一種だけれど、ギルドの無料講習で習える初心者用の魔法だから、例外なのだと思う。
特にわたしが苦手としているのは、攻撃用の属性魔法だ。
属性魔法だけは、初級の簡単なファイアーボールでも使いこなすことができない。以前、練習しようとしてギルドの演習場を焼け野原にしそうになったことがある。
それ以来、属性魔法の練習は諦めた。
暴発させずに安全に練習できたのは、治癒魔法だけだった。
治癒魔法なら、暴走してもギルド職員の腰痛が治る程度で、実害はない。
(――ここなら練習しても大丈夫かな?)
火の海になっても、被害に遭うのは魔物だけだ。
(――あ、ダメだ)
ワンフロア全体が火の海になったら、魔物は死ぬだろうけれど、わたしも死ぬ。逃げ場がなくて蒸し焼きになる。
(階段と転移部屋の方向だけ避けて燃やせれば……)
やっぱり駄目だ。そんな器用な真似ができるなら、ギルドでも普通に練習できていたはずだ。
半ば現実逃避しながら歩き回っていると、突然に足首を掴まれ、引き倒された。
血まみれの大きな手が、わたしの足首を握っている。
「キャアァァァァー!」
驚いて、キャーキャー叫びながら、尻餅をついたまま後退る。
わたしの足首をつかんでいるのは、虎人族の男性だった。
「……まだいやがったか、このヤロウ」
虎人族の男性は、起き上がることもできないのに、倒れた状態から手を伸ばしてわたしの足を捕まえたのだ。さらには、ぐるると低く獣調のうなり声をあげながら、顔を上げてこちらを威嚇してくる。血まみれの顔面は、片目が完全につぶれていた。
「いやーっ! 放して! 放して――っ!!」
わたしは無駄なこととわかりつつ、なんとか足首を放してもらおうと騒ぎながらもがいた。
右目が熱い。右目に魔力が集中しているのを感じた。
足首をつかまれるのも、男性に凄まれるのも、怖かった。下手なアンデッドより、よほど顔が怖い。
踠いていると、さらにもう一人の獣人――人狼族の男性にぶつかった。
「ひっ!」
人狼族がぴくりと動いた。
もう駄目だ。アンデッドに挟まれた!
虎人族の爪が足首に食い込む。人狼族がのっそりと起き上がり、こちらへと顔を近づけてくる。
噛みつかれるのかと思ったら、すんすんと匂いを嗅がれた。
「……お前、人間か?」
喋った。
「なんだって、こんなところに人間の嬢ちゃんが……」
アンデッドが喋った――ん?
あれ? アンデッドって喋るんだっけ??
「ちっ、ノアの奴、正気を失ってやがる」
アンデッド――じゃなかったらしい人狼さんが、ポンポンと虎人族の手を叩いて、わたしの足を放せと言い聞かせてくれる。
こっちの人も怪我が酷い。肩口の肉がごっそり抉れている。
血が止まっているのが不思議なくらいだ。それでも、抉れている側の右腕は動かないらしく、ノアという虎人族を叩いたのは左手だった。
「ノア、そいつは人間だ。魔物じゃねえ。殺すな、放してやれ」
「ああっ?」
虎人族は、仲間の人狼族にまで凄みを利かせて威嚇した。
「ノア! ――ああ駄目だこりゃ。見えてねえわ」
右目がつぶれた影響で、反対側の目もほとんど見えていないようだった。
回復薬も尽きたし、どうしようもねえなと諦めたような人狼さん。
「わ、わたしっ、が、治癒魔法がっ」
しどろもどろになりながら、治癒魔法が使える旨を訴えた。
とにかく、ノアさんとやらの顔が怖いので早く何とかしてほしい――何とかする。
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今後は寄り道しないで本編を書き進めます。
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