インスタントフィクション お月見
月が隠れている。縁側で団扇を仰ぎ、団子を食べる。私は月を覆った雲を眺めている。月が見えない十五夜を無月と言うらしい。見えないものを思うこともまた風流、古き日本人の風情らしい。古来の人は言い訳を考えるが上手なものだ。月を楽しみにしていたのに、変わっていく雲ばかりを見ている。緑茶を一口頂く。こうしたお月見も前はよくしていた。
妻は苦しかったのに頑張っていたと思う。四十で癌に罹った。闘病中、私の前では笑顔を絶やさなかった。
「あなたは頑張ってるんです。病院なんて息苦しい所へ来ても楽しくいられるようにしたいの」と、にへらと微笑んだ。しかし、病院を一度も出ることなく、三年の闘病の末に亡くなった。
「おーい、一緒に月見しないかー」
どこかに居る妻に声をかける。スタスタと足音が聞こえてきて隣に座った、そんな気がした。
月はまだ見えないから、愛おしい君のことを想う。無月も案外、風情があって良いものだと思えた。