第5話 貴方は私の運命だから!
『好きですリク、お願いします!』
私は元気にチョコレートを差し出す。
これで決まりね!
心の中で快哉を叫びながら幸せな未来を夢見た。
『ごめんなさい』
『は?』
思わず手にしていたチョコレートを落としてしまいそうになる。
『...僕ジャニスが好きなんだ』
『ち...ちょっとジャニス、打ち合わせ通りにしてよ!
ここはありがとうハンナでしょ?』
明日に迫ったバレンタイン、今日はジャニスの家で本番前、最後の練習をしていた。
『...嫌だ、練習でも言いたくない』
ジャニスはソッポを向いてしまった。
『しょうがないわ、ジャニスにリクの役をさせるのは酷よ』
横で見ていたスーザンが笑った。
『仕方ないでしょ、リクに一番背格好が似てるのはジャニスなんだから』
『...それならリクを譲れ』
『な?』
『...冗談だ』
ジャニスがとんでもない事を言う。
表情は笑っているが、目は真剣じゃないか。
『それじゃ私がリクの役をするから、ハンナやってみて』
『真面目にやってよ』
『わかってるよ』
スーザンの前に立ち、再度呼吸を整える。
(目の前に居るのはリク...私の愛するリクなのよ、決してビッチは妖精じゃない...)
目を閉じてイメージを膨らませた。
『好きですリク、私の気持ち受け取って下さい』
よし、上手く言えた!
『良いよハンナ』
そうだよ!これを待ってたんだ!!
『早速モーテルにいこう』
『へ?』
『ハンナはバージンだって?
そんなの気にしないよ、僕スーザンと練習したんだ』
『なんですって!!』
思わず手にしていたチョコレートを握り潰してしまう。
手の中で特大ハートチョコレートが粉々に崩れたのが分かった。
『ああチョコレートが!』
慌てて包装紙を開く。
中に入っていたチョコレートは見るも無惨な状態に変わり果てて...
『あらら』
『...今のはスーザンが悪い』
気の毒そうなジャニスの声。
何て事だ...
『まだスペアは有るんでしょ?』
全く悪びれないスーザンに心底呆れる。
何でこんな事を!
『あるには、あるけど』
確かにスペアは家に3個ある。
1個しか作らなかったら作ってる時、割れたりしてたら縁起が悪いじゃない。
『それじゃもう一回ね、潰れた箱を持って』
『もう良いわ』
こんなの練習にならない。
砕けたチョコレートをテーブルに置いて椅子に座った。
『それじゃお茶にしましょ』
『...そうだな』
スーザンとジャニスも椅子に座り、チョコレートの欠片に手を伸ばす。
よく味わって食べて欲しい、日本の板チョコレートを溶かしてアーモンドに掛けた特性チョコなんだから。
『...旨いな』
『そうね、いつも食べてるのより甘いけど悪くないわ』
二人にも好評の様だ。
『ハナから聞いたのよ、
リクはアーモンドチョコが好きだって』
『...何?』
『そうなの?』
二人の手が止まり真剣な表情で私を見た。
『どうしたの?』
『...そんな話ハナから聞いてない』
『私もよ、ハンナだけズルいわ』
『だって...』
なぜズルいになるの?
私がバレンタインに告白するのはみんな知ってるじゃない?
『確かにリクの告白はハンナに譲ったわよ』
『...あくまで最初の告白をだ。
私達が不利になるのはフェアじゃない』
『はい?』
何がフェアじゃないんだ?
まさか...
『あなた達も告白する気?』
『何の事かしら?』
『...知らんな』
二人共目が泳いでるぞ、油断も隙もないな。
『そんな事よりリク最近アルバイト始めたんだって?』
スーザンが咳払いをして話題を変える。
仕方ない、追及は後にするか。
『三週間前から、良く知ってるわね』
『ハンナのママから聞いた』
『ママから?』
ママ、何で喋るの?口止めしたのに。
『...何の仕事だ?』
『庭師よ、パパの知り合いの所で簡単なお手伝いみたいだけど』
『...庭師?』
『この寒いのに?』
今は2月、外は雪が積もっている。
庭師の仕事も閑散期だけど。
『雪を下ろしたり、屋内の木を剪定したり、何かとする事あるみたいね』
『...詳しいな』
『ハンナ、貴女1人で見に行ったわね』
『ウゲ』
しまった、バレたか。
『...私も行く』
『そうよ、ハンナだけズルイ』
『分かったわよ、今度行きましょ』
残念だ、作業着姿のリクを物陰から眺めるのは至高の時間だったのに。
『でも勉強は大丈夫なの?
せっかくクラスが上がったのに』
『...エキスパートコース、大学留学も夢じゃない』
『それも?』
『ハンナのママから聞いた』
『...ママ』
貴女は誰の味方なの?
先ずは娘の応援じゃないの?
『で、バイトの目的はリクから聞いてない?』
『分かんない、リクに聞いたけど、
社会勉強だって笑うばっかりで』
『そう』
『...お金に困ってるなら私に言えば良い。
一生食べさせてあげる』
『ジャニス!』
『...本気だ』
『余計に悪いわ!!』
そんな感じで1日が終わった。
翌日、私の運命を決める2月14日の朝を迎えた。
昨夜は全く眠れず、寝不足のままの本番となった。
ハナから[頑張れ!]のメッセージが携帯に届く。
彼女だけは私の味方だね。
「うし!!」
おめかしを済ませ自分の部屋を出てから両頬を叩く。
乾いた音が廊下に響いた。
「リク、居ますか?」
「ハンナ?もう朝食の時間なの?」
時刻は朝7時前、リクの部屋のドアをノックし呼び掛ける。
少し早いがリクはいつも6時には起きて歯磨きをすませている。
朝寝坊の私と大変な違いだ。
「少し良いかしら?」
「ちょっと待ってて」
ドアの向こうから聞こえる物音、きっと急いで着替えてるんだ。
パジャマでも構わないのに。
「どうしたのハンナ?」
部屋のドアを少しだけ開けリクが顔を出した。
いつもながら...愛しい。
「...入ってもいいかな?」
勇気を振り絞る。
後ろ手に隠し持ったチョコレートの箱が軋む。
頑張れ私!
「...え?」
一瞬呆けていたリクの顔が真っ赤に染まる。
ちゃんと理解したんだね。
「お願いします...」
全身の血が頭に集まる。
私の顔も真っ赤になっているのが分かった。
「良いよ」
「ありがとうリク」
開いたドアからリクの部屋に入る。
懐かしいヲタ部屋の面影は無い。
綺麗に整頓されたリクの部屋は当たり前だけど、彼の香りがした。
「で...?」
ドアを閉めたリクが私に向き直る。
心臓の鼓動痛い程胸を締め付け、口が渇く。
何て事なの?
私だって恋の1つや2つ経験して来たのに。
こっちからの告白は無いけど...
「...あのリク」
「何?」
「す...好きです!
私はあなたが好きなんです!」
やった!ちゃんと言えたぞ!!みたかジャニス、スーザン!
「...ありがとう」
リクは差し出したチョコレートの箱を優しく受け取って机の上に置いた。
「...僕のどこが好きなの?」
「え?」
「教えてハンナ」
リクからは予想外の言葉が返って来た。
その表情は少し寂しそうに見えた。
「リクは頑張り屋で、優しくって...」
「それで?」
どうしたの?リクの表情から何も読み取れない。
「勉強も出来て...可愛いくて」
「...もう良いよ」
「リク?」
私の言葉を遮りリクはベッドに座った。
何か間違った事を言ってしまったのかな。
「みんな由美香に言われた言葉なんだ」
「ユミカ?」
誰だユミカって?
「僕の前の彼女だった人」
「なんですって!!」
「由美香はいつも僕にそう言ってくれたんだ。
凄く嬉しくて...大好きで...でもアイツは」
辛そうに俯くリクに何て言って良いのか分からない。
こんな筈じゃなかったのに。
「あの日...由美香と彩也香の誕生日に僕プレゼントを買ってレストランに行ったんだ。
全然連絡が着かないから直接渡そう、そう思って」
「うん」
ここでリクの言葉を止めるのは簡単だ。
でもそれはしてはダメだ。
リクは辛い記憶を私にさらけ出している、ちゃんと受け取めなくては。
「閉店時間になっても出てこないんだ、1時間経っても、2時間経ってもね」
「そう」
「身体は疲れて来るし、もう帰ろうとしたら...」
「...リク」
「男と口づけを交わしながら出て来たんだ...由美香と彩也香が...」
「そんな...」
「唖然とする僕の直ぐ前を通りすぎたのに気づかないんだよ?
あれだけ好きって言ってくれたのに」
「リク...」
身体を震わせるリクの背中をソッと抱き締める。
暖かな背中の温もりが胸に伝わった。
「ごめんねハンナ、こんな話」
「ううん」
前に回した私の腕をリクはしっかり握った。
「...もう1つあったよ」
「何が?」
「私がリクを好きな理由」
「それは?」
「相手を気遣える所よ、スーザンやジャニスを見たら分かるもの。
ちゃんと相手の事を考えてる。
だからリクの周りは笑顔が絶えないんだ」
「...それは初めて聞いた」
「私だけが知ってるリクの良いところ...」
リクと頬を合わせる。
もう私達の気持ちは1つになろうとしていた。
「僕で良いの?」
「リクだから良いの...
You are my destiny 」
「Me too...」
静かに唇を合わせる私達だった。