第2話 だから運命なんだって!
「ねえハンナ」
「なにスーザン?」
私は荷造りの手を止める事なく、クラスメートのスーザンに答える。
イタリア系カナダ人のスーザン。
私と違い生粋の白人の彼女は銀色に近いプラチナブロンドの髪と吸い込まれる様な蒼い瞳、そして白磁の様な肌をしていて、見た目だけなら妖精の様だ。
...まあ中身はビッチのアニヲタなんだけど。
「本当にこの部屋閉鎖しちゃうの?
私にとってここは聖域だったのに」
「仕方ないでしょ?
来週にはここにリク様が来るんだから」
「は~1年の我慢か...」
何度も溜め息を繰り返すスーザン。
隠れヲタの私達にとってこの部屋で過ごす時間は本当の自分を解放出来る貴重な場所だったから気持ちは分かる。
でも事情は話したよね?
納得したでしょ?
私の秘蔵コレクションを預かって貰う事で。
「...下らない」
「何が?」
部屋の隅で一人私の愛蔵漫画を読んでいたジャニスが呟いた。
彼女は中国系カナダ人で同じくヲタ仲間。
「...ハンナがリアル日本人に骨抜き」
「あのね」
言葉少なく愚痴を溢すジャニス。
25年前、香港が中国に返還される前に家族でカナダに移住してから産まれた彼女は完全なアジア人。
艶やかな黒髪に黒い瞳。
小柄な身体ながら妖艶さも持ち合わせ、男達の人気も高い。
ビッチでは無いが、何人かと付き合っている小悪魔。
でもアニヲタだ。
染まる前は広東訛りの英語で捲し立てて喋っていたのに、今はアニメの影響からか無口キャラを普段から実践している。
「本当にね、まあ処女を拗らせたハンナにはお似合いかな?」
「...全くだ、せいぜい日本人と励むといい」
「どういう意味よ?」
怒っても仕方ない。
私が処女なのは事実なのだ。
決してモテなかった訳では無い。
ボーイフレンドも過去には数人居たが。そうならなかっただけの事。
「リクだっけ?そのヘタレ日本人」
「スーザン、リク様よ」
訂正を入れる。
呼び捨てとは良い度胸じゃないか。
「そんな奴リクで良いのよ、だいたい恋人の一人も繋ぎ止める事も出来ないで、日本を逃げ出すなんてヘタレ以外の何者でもないわ」
「...全くだ奪われてウジウジするなんて典型的な日本人」
「黙れ!」
「「ハンナ?」」
怒りに身体が震える。
そんな言い方するなんてあんまりじゃないか。
「やっぱりハンナは日本人よね」
「...本当に見た目はともかく」
「あんた達にリク様の何がわかるの?」
「分からないわ。
でも浮気されたら次のパートナーを探したら良いだけの事でしょ?」
「スーザン!」
確かにその通りだけど。
スーザンの母親は三回結婚している。
父親は二回目の結婚相手だった。
離婚理由は全てどちらかの浮気だったらしい。
「法律違反じゃなければ良いじゃん、お互い同意したかは問題じゃないし」
「...あのね」
価値観の違いだ。
そんなアッサリ皆行かないわよ。
カナダだってパートナーの浮気から傷害事件に発展する事は珍しくないのに。
「...私の家もそう、パパとママ、其々別にパートナーが居る」
「...ジョイス」
諦めに近いジャニスの言葉。
香港から来た若い夫婦は苦労の果てに安寧の地としてカナダに移住した筈だ。
商売での成功と引き換えに家族の幸せを見失ったのか。
「...まあ仕方ない、それが私の家族が望んだ形だから。
ハンナ、このメイド服は私が持っていく」
ジャニスは壁に掛けていたメイド服に手を伸ばした。
「こらジャニス!それは私が狙っていたのよ!」
すかさずスーザンが取り返す。
私の思い出の品が皺になるではないか!
「ダメよ、これは私のだから!」
「ハンナにはもう小さいでしょ!」
「そうよ、牛みたいな乳をして!」
「....なんだと」
好き好んでデカクなった訳では無い。
あんまりだ!
「...ごめん」
「...言い過ぎた」
膝から崩れ落ちる私にスーザンとジャニスが謝るけど遅いよ。
「ほら仲直りなさい」
「...でも」
部屋の扉が開き飲み物を持ったママが入って来る。
その表情に怒りは無い。
良いのか?娘がこんな目にあったのに。
「みんな価値観が違うから仕方ないわ。
でも、リク君を余り悪く言わないで」
「だけど」
「ねえ?」
まだ二人は何か言いたそうだ。
「誰だって過ちは犯す物、だけどリク君は傷ついたの。
....こんな愛らしいリクを裏切ってね」
ママはタブレットを二人に見せた。
良いのか?私だってリク様の姿を見せてないのに。
「....これは」
「...信じられない」
スーザン達は言葉を失う。
気持ちは分かるよ、ヲタでも同じ趣向だからね。
「嘘よ...こんな天使を裏切る筈が」
「...画像を加工してるに違いないわ。
そうじゃなきゃ浮気なんて」
「世の中には大切な物を見失う人って居るものよ。
今頃リク君のガールフレンド達は絶望してるわよ、現実を知ってね」
「そうかな?」
「...意外とリクの事を忘れてるんじゃない?」
まだ納得出来ない二人は何か言おうとする。
しかしリク様の姿を見たせいか、先程までの勢いが無い。
「それなら来週一緒に空港まで迎えに行きましょ?
日曜日だから良いわよね?」
「はい!!」
ママのタブレットを食い入る様に見詰める二人は夢中になっている。
なんて現金な奴等だ!
「ハンナ、良いでしょ?」
「いや...でも」
そんな簡単に切り替えられない。
リク様は私だけの物なのに...
「ハンナ、リク君を取られないか心配なのね?」
ソッとママは私の耳に囁いた。
「...ママ」
「リク君は傷ついてるの。
1年で楽しい思い出を沢山作ってあげるには友人の力が必要よ。
そして少しでも良い、癒してあげなさい」
「うん...」
「そう言う事よ、みんな宜しくね」
「「「はい!」」」
私達はママの言葉に元気な声で返した。
翌週、ママを含めた私達四人は空港でリク様の飛行機の到着を今や遅しと待っていた。
『...まあ期待してないけど』
バッチリメイクを固めたスーザンはお洒落な服に身を包み緊張した面持ちで何度も同じ事を言っている。
「コンニチワ...ワタシノナマエハ、ジョイスデス。アイシテマス...」
同じくバッチリ着飾ったジャニスは必死で日本語を練習している。
二人共日本語はまだまだね。
字幕が無いとアニメの内容も理解出来ないし。
私は日常会話ならどうにかなる。
アニヲタ歴4年は伊達じゃない。
マスターユウコ、ありがとう。
『来たわよ』
『『『うん!』』』
ママの声に視線を凝らし、用意してきたボード紙を翳す。
[リク様いらっしゃいませ!]
日本語で書いたんだ。
昨日、日本に居るユウコにツイッターで確認したら大丈夫。
入国ゲートから次々と出てくる人達。
早く!まだなの?
『ねえまだ?』
『...遅い』
スーザン達が焦れている、私も一緒。
「...こんにちわリクです」
『え?』
聞こえた声に視線を下げると一人の愛らしい少年が自分の身体程もある旅行カバンを手に、不安そうな顔で私を見上げていた。
「sorry、Riku」
「いえ、僕小ちゃいですから...」
ママの言葉に呟く少年。
間違いないわ...
『....嘘』
『...写真どころじゃない』
スーザン達も言葉を失っている。
「リク様はじめまして!!ハンナと申します」
「あ?え?日本語?」
驚くリク様に必死で発音練習した日本語で挨拶するのだった。