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ラストエピローグ みんなの為なら

「おはようハンナ」


「...おはようリク」


 私を起こしに来たリク。

 もう彼と結婚して7年になるが相変わらずの愛らしさで、今年30歳にはとても見えない。

 寝惚け(まなこ)を擦りながら寝不足の私はそっとリクを見詰める。


「行ってくるね、朝ごはん出来てるよ」


「ありがとう...」


 せめて玄関まで見送らなくては。


「良いから寝てなよ」


 身体を起こそうとする私をリクは優しく押し留めた。


「だって」


「昨日も夜泣きで寝不足でしょ?」


 私の隣には二人の女の子が眠っている。

 今年産まれた双子の赤ちゃん、安奈(アンナ)茉利奈(マリナ)...


「大丈夫よ、二回目だもの」


 双子の夜泣きは凄まじい。

 一人を寝かせたと思ったら、もう一人が泣き出す。

 大学を卒業後、日本で就職し、地元の新聞社に勤める私達。

 育休を取っている私は良いが会社に行くリクの体調を考え寝室を別にしていた。

 本当は一緒に寝たいのだけど。


「ダーメ」


「...はい」


 いたずらっぽく笑うリク。

 そんな事されたら起きるなんて出来ないよ。


「今日みんな帰って来るでしょ?

 寝不足のママじゃリュウタとショウタが心配するし」


「分かった」


 今日はリュウタとショウタが一週間振りに帰って来るんだった。

 スーザンとジャニスの里帰りに着いて行ってたから。


「行ってらっしゃい」


 毛布から顔だけ出してリクを見送る。

 玄関の扉が閉まる音を確認してからゆっくりと身体を起こした。

 娘達が寝ている今の内に朝ごはんを食べないとね。


「さて」


 ダイニングテーブルに置かれていた朝ごはん。

 今日のメニューはマグロのソテーにほうれん草のお浸し、ひじきと豆腐、後は炊きたてのご飯に味噌汁。

 一体何時から準備したの?

 朝から大変な量、食べられるけど。


「美味しい...」


 愛情一杯の朝食を取りながら改めてリクへの愛を再確認する。

 リクは昔から料理好きだったからね。


「「ママただいま!!」」


 昼を過ぎた頃、玄関を開ける音と共に掛けて来る二人の足音。

 やっと帰って来たんだ。


「お帰りなさい!」


 娘達におっぱいを上げていたので動けない。

 部屋のドアを元気に開けるリュウタとショウタに微笑んだ。

 8歳になった二人の息子はとても可愛い。

 二卵性双生児のリュウタはリクにそっくりでショウタは私に良く似ていた。


「...よっ」


「ただいまハンナ」


「わっ!」


 息子達の後に続いて入って来たのはジャニスとスーザン、大変な所を見られてしまった。

 平気な日本人もいるが、私はダメだ。

 我が子は別だが、リクでさえ恥ずかしいのだから人の前で胸をはだけての授乳は絶対に無理だ。

 授乳室で授乳ケープを使うのにさえ抵抗がある。

 それをこの二人は...


「...すまん」


「ごめんなさい」


 悪気は無かったと分かっているが、軽く睨んでしまう。

 二人はリュウタとショウタを連れて別室に消えて行った。


「全く貴女達は」


 いつまでも怒るのは私らしくない、娘達の授乳が終わり、ゲップを済ませてからみんなを呼んだ。


「...すまん、すまん」


「それにしても胡座かいて両脇に抱え授乳なんて、本当に熊みたいね」


 コイツしっかり見てやがったな?

 しかも、誰が熊だ!


「スーザン!!」


「まあまあ、はいお土産」


 気にしない様子のスーザンが紙袋を差し出す。

 中は分かっている、バンクーバーにある小さな食料品店でしか売ってないオリジナルのメープルシロップ。

 通販も扱って無いから現地で買うしか手に入らない。


「ありがとう」


 紙袋からメープルシロップが入ったビンを取り出す。

 これは私の大好物、リクも初めて食べた時に感動してた。


「...それとこれ」


 ジャニスが大きな発泡スチロールに入ったケースを差し出す。

 私が頼んだのはメープルシロップだけなんだけど。


「これは?」


 ケースを開けると中には鮮やかなサーモンの半身が真空パックで入っていた。

 とても美味しそうだけど。


「...見て分からんか、サーモンだ」


「見れば分かるわよ、でもこんなの頼んで無いわ」


 ジャニスの意図が分からない。


「脂が乗って美味しいわよ、メープルシロップじゃなくて蜂蜜の方が良かったかな?」


「...プーさ...」「ジャニス!!」


 またか!!


 息子達は娘と遊ぶ為、別室に行った。

 本当に妹思いのお兄ちゃん達。

 私はジャニスがカナダで買ってきたトマト味のチップスをお茶受けに土産話を楽しむ。


「カナダの店はどう?」


「...順調だ、上手く軌道に乗った」


 6年前に大学を出たジャニスは就職せず、翻訳家になった。

 大学の文学部で日本の本を大量に読み、


『...私ならこんな翻訳はしない』

 既に出版されている英語版と読み比べした結果、決意したそうだ。


 フリーの翻訳家として活動する傍ら、3年前スーザンと会社を立ち上げ、バンクーバーに日本文化を紹介する店をオープンさせた。


 三階建てのビルを一棟買い取り、雑貨や書籍、果てはアニメやコスプレ衣装まで扱っている。

 店は帳簿以外現地スタッフに任せているそうだが、上手く行ってるのは何よりだ。


「良かったわ。で、ハナは元気してた?」


 次は義妹のハナだ。

 大学を出た彼女は日本の会社に就職したが、そこを辞め2年前にカナダに渡った。

 今はカナダで語学を学びながらパパの会社に勤めている。


 パパ達は本当はリクが日本に就職を決めた5年前に移住するつもりだったが、そう簡単には行かず、現在は一年間の半分づつをカナダと日本で過ごしている。


 ママはパパが完全に日本へ移住出来るまで小学校の先生を続けている。

 まあ学校が休みになる度日本に来るんだけど。


「元気だったわよ、忙しそうだけと充実してるみたい」


「...恋人も出来たそうだ、同じ会社のスタッフ」


「本当?」


 初耳だ、ハナは一切そんな話を私にしなかったのに。


「...『上手く行くまではハンナに言わないで』だと」


「内緒だって」


「どの辺が?」


 ハナ、この二人に内緒話は無駄だと知ってるでしょ?


「それにしても」


「何?」


「ハンナ少し変わった?」


「何が?」


 スーザンがしげしげ私の顔を見る。

 私のどこが変わったと言うのか?

 確かに4人の母親になったが、別段変化は無いぞ?

 体重だってベストを維持してるし、プロポーションだって...

 今は授乳中だからね、特別だよ。


「...髪がマルーン(栗色)になった」


「ああそれか」


 確かに髪の色は変わったな。

 ブロンドだったけど、数年前から徐々に茶色っぽく自然に染まって来た。


「リクのお陰かな?」


 愛情の力だよ。


「リクの性を浴びたからね」


「...余り搾り取るな、リクが心配だ」


「するか!」


 またスーザンは!

 そんな彼女だが、最近は芸能活動を控え、私達の近くに引っ越して来た。

 これで私達は歩いて30分圏内にみんな住んでいる。


『あの世界は水物だからね、長く続けられる物じゃないし』

 いつだったかスーザンが言った。

 そんな訳で彼女はジャニスのビジネスに出資したり、後は生活苦の人を助ける活動をしている。


 昔のスーザンとは別人だ。

 もうビッチなんて言えない。

 恋人どころか男性の影も見えないし。


 そういえばジャニスもだ。

 日本で様々なアニメイベントに参加していたが、結局恋人どころか、親しい男性の友人すら作ったと聞かなかったな。


「「ママ」」


「どうしたの?」


 リュウタとショウタがゲストルームに入って来た。


「安奈と茉利奈寝ちゃった」


「ベビーベッドに寝かせたよ」


「ありがとう二人共」


 本当に助かるよ、私より娘をあやすのが上手いから。


「2人とも楽しかった?」


 リュウタ達も会話に加わる。

 お喋りは賑やかな方が楽しい。


「うん!」


「最高だった!」


 嬉しそうな息子達の笑顔に素晴らしい旅行だったと知る。


「良かった。改めて、ありがとうジャニス、スーザン」


「...当然だ」


「貴女の大切な子供だもん」


 優しく私達を見る二人。

 その瞳は私をからかう時と全く違っていた。


「...みんな」


 胸が熱くなる。

 やっぱり二人は親友なのよ!


「ママあのね、ジャニスとスーザンがね、色んな所へ連れて行ってくれたんだ!」


 ジャニス達から行く先々で撮った写真が送られて来ていたが、もちろん言わない。

 息子達から聞かなくちゃ。


「へえ、どこに連れて行って貰ったの?」


「特に綺麗だったのはライアーソン・ユナイテッド教会だったね」


「違うよ、チャペル・アット・スタンレーパークだって」


「アンタ達...」


 結婚式で有名な教会ばかりじゃない!


「...リハーサルだ」


「するな!」


 悪びれないジャニスに思わず大声が出た。


「全く、歳を考えなさい」


 ジャニスはまだ諦めてないのか。


「ずっと磨かないと大変だわ」


「...うむ、あと10年維持しないと、おばさんになってしまう...ハンナみたいに」


「な!?」


 誰がおばさんだ!!

 まだ30前よ、29歳だけど。


「...すまん失言だ」


「2人とも綺麗だよ、ねリュウタ?」


「そうだよねショウタ、僕ジャニスと結婚するんだ」


「...お義母様」


「リュウタ!!」


 なんて事言うの、リクが聞いたら卒倒物よ?


「あ、安奈達が泣いてる」


「本当だ行ってくるね」


 部屋の向こうから聞こえる娘達の泣き声。

 ダメね声を抑えないと。

 息子達は再び部屋を出ていった。


「...ハンナ、お前は一つ誤解している」


「誤解?」


 何やら真剣な眼差しでジャニスが私を見る。

 この目をした時の彼女は決して冗談を言わない。

 日本の大学に留学を決めた時もそうだった。


「ジャニス良いの?」


「...うむ、そろそろ言っておきたい」


「何を?」


 スーザンの言葉にジャニスが頷く。

 一体何を言うんだ?


「...私はバージンだ」


「What?」


 思わす英語が出てしまった。


「...未だに経験が無い」


 真っ赤な顔でジャニスが続けるけど、いや、まさか?


「...嘘...昔、ジャニスには沢山のボーイフレンドが...それに私をあんなにバージンってからかっていたのに」


「...すまん、最後まで出来なかった、言えなくてな。

 それでつい強がりを」


「...はあ」


 スーザンは知っていたのか。


「ちなみに私もバージンよ」


「「嘘つけ!!」」


 スーザンの嘘にジャニスと声を合わせた。


「リクはいつ頃帰るの?」


 小さく微笑みながらスーザンが聞いた、全くもう。


「今日は7時に帰るって」


「...楽しみだ」


「本当、早く会いたいわ」


 今日は私達の家に泊まる予定の二人。

 12年前を思い出す。

 ジャニスとスーザンは週末になると私の家に泊まりに来ていた。

 そして語学学校からリクが帰って来るのを待っていたんだ。


「ねえジャニス、スーザン」


 ずっと聞きたかった事が口から出る。


「...なんだ?」


「何かしら?」


「貴女達、今は幸せ?」


「...何を突然?」


「急にどうしたの?」


 驚いた目で二人は私を見る。

 でも聞きたかったんだ。


「だって私が2人の人生を変えちゃった気がしてさ」


「...ハンナ」


 最初に口をひらいたのはジャニスだった。


「...私はハンナに会えて良かったといつも思っているんだ。

 昔の私はこんな彩りのある人生になるとは思っても見なかった」


「...そうなの?」


 ジャニスはそんな事を考えていたのか。


「私もよ、ハンナと出会わなかったら、カナダで人生を送っていたわ、平凡なままだったと思う」


 スーザンの言葉は...ぶれないな。


「平凡じゃないでしょ」


「...全くだ」


 私達の言葉にスーザンはフッと笑いながら続ける。


「日本で芸能人になったし、少しばかり刺激的な生活も送れた。

 何より親友と過ごす時間は私にとって何よりの宝物よ」


「スーザン...」


 そんな事を言えるのね?

 スーザン、私は貴女を誤解してたわ。


「だから私にはショウタを」


「ダメ!」


 何て事を言うのだ!


「ならリクを、もう堪能したでしょ?」


「絶対ダメ!!」


 何が堪能しただ、全然足りないわ!


「ただいま」


 玄関が開き、愛しいリクの声が聞こえた。


「「パパ!!」」


 しまった、息子達に先を越された!


「おう2人共お帰り!」


 部屋を飛び出し玄関に走る。

 後ろからジャニスとスーザンが続く、負けるか!


「お帰りなさいリク」


「ただいまハンナ」


 リクを抱き締め、お帰りのキス。

 毎日の習慣だよ。


「全く見せつけてくれるわね」


「...リクはハンナの運命の人だからな」


「入る隙は無いか」


 後ろで2人が呟く、当たり前よ。


「ジャニス、スーザンありがとう」


 息子達の頭を撫でながらリクがジャニス達に頭を下げた。


「ううん」


「...今後ともリュウタと宜しく頼む」


「は?」


 何の事か分からないリク。

 良いのよ分からなくって!


「ジャニス!」


「...やっぱりリュウタは譲れない」


「何の事かな?」


 ダメよこれ以上は!!


「なんでもないよリク」


 ジャニスの口を抑えつける。

 口をもごもごさせる彼女の顔にみんな笑う。


 こんな人生最高じゃない!

 私はハンナ。

 運命に導かれ愛する人と最高の幸せを手にしたの。


『愛してるわみんな』

 心で呟いた。

ありがとうございました。

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[良い点]  完結おめでとうございます&ありがとうございます。  癒される当事者ではなく癒す方の視点だと相手が壊れてしまっているかどうか、立ち直れるのか否かが手探りでとてもハラハラしますね。  もっと…
[良い点] 完結お疲れ様です。 末永く幸せが続きそうな善きフィナーレだと思います。
[一言] 完結、お疲れ様でした。 ジャニス達がアラフォーになっても結婚すると息子ズが言うなら認めてあげて欲しいですねぇ。 その辺で一つ物語が作れそうですw
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