第1話 運命なのよ!!
「来月この家に一人ホームステイが来る」
パパが夕食の時に言った。
いきなりの報告に唖然とする私に構わずパパは話を続ける。
「とりあえず二階の角部屋が空いているから、ハンナ片付けておくように」
「ち、ちょっと」
「なんだ?」
「少し急すぎない?
それにどうして私の部屋の隣なんです?
一階にはまだ空いてる部屋だってあるでしょ?」
家が留学生を受け入れるのは珍しい事では無い。
昔からホストファミリーをしている三階建ての我が家は部屋だけで12室もある。
半分地下の一階にある4部屋が留学生の使うスペース。
キッチンとトイレも私達家族とは別に設置されていた。
「まあ...今回は少し事情があってな」
「事情?」
パパは少し歯切れが悪そうに頭を掻いた。
そんな訳ありの留学生なんか怖いよ。
なにせ私は17歳の女子高生なんだから。
「ハンナ、その人はパパとママの親友の息子さんなの」
「はあ?」
ママの言葉に思わず声を荒らげてしまう。
息子って男の人?
今まで家に来た留学生達は全員女性だったでしょ?
「一階の女性スペースに男の子を一人入れる訳にいかんだろ?」
「そうよね、襲われたら大変だし」
「私は襲われて良いの?」
無神経なパパとママの言葉に怒りがこみ上げる。
か弱いティーンエイジャーを何だと思っているんだ!!
「ハンナは襲わんだろ」
「はい?」
「そうよね、色々と鍛えてるし」
「関係無いでしょ!」
確かに私は近所にあるカラテ道場に10年以上通っている。
でも所詮は女だ、本気になった男に襲われたら危ない。
「大丈夫だ、リクはそんな人間じゃない」
「ええ、むしろハンナがリクを襲わないか心配よ」
「何て事言うの!」
...ちょっと待って。
なにやらパパ達はその留学生の事まで知ってるみたいだけど。
さっき親友の息子って言ったわね。
「その留学生ってパパ達は会った事あるの?」
「もちろんだ」
「ええ、今まで三回有るわよ」
「へ?」
私は一度も無い。
日本には何回か行った事があるよ。
お父さんのお父さんが日本人だからね。
お祖父ちゃんが生きていた頃は毎年行ってたから。
「私その人に会った事あるの?」
「ああハンナが一歳の時と3歳の時に」
「そうね、あの時から可愛いかったわ」
なにやら二人はウットリしてる。
そんなに私って可愛いかったかな?
普段は言わない癖に。
そんな事より私には男の子の記憶が無いよ、幼児期の記憶だから仕方ないけど。
10年前、お祖父ちゃんが死んでから日本に行ったのは...3年前の一回だけか。
「3年前にみんなで日本に行ったよね?
私その時に会った?」
「私達は会ったよ、あれが3回目だったな」
「ハンナは居なかったけど」
「何で?」
どうして私は居なかったの?
3年前といったら私が14歳の時だ。
外国に一人だけで単独行動なんか出来るはず無い。
「確か...あの時は」
「あなた、ハンナは私達と別行動でユウコと一緒にアキハバラへ行ったのよ」
「そうだった、ハンナが日本に来たのもそれが狙いだったんだ」
「ウゲゥ!」
ユウコは4年前まで私の家にホームステイしていた女の子だ。
高校の交換留学生で1年間滞在していた。
歳が私と2つしか違わないので話が合ったんだよ。
まあ彼女の英語力が無かったら当時の私は会話さえ儘ならなかっただろう。
本当に彼女には世話になった。
日本語を少しだけマスターしたのは彼女のお陰だ。
今の私を作った...いや作ってしまった。
...日本のアニメヲタのカナダ人女子高生を。
「あの時はビックリしたよ、たくさんの土産を買い込んで。
航空便が凄かったな」
「そうね、あの時のメイド服まだ着られる?」
「...止めて」
一年ぶりにユウコと再会した私は話に聞いていた夢の国で大量の書籍とDVDを買い込んでしまったのだ。
何しろ日本しか手に入らない物ばかり。
テンションMAXで完全に我を忘れて...
「だからちゃんと片付けなさい」
「そうよ、ヲタ部屋なんかリク君に恥ずかしいからね」
「ちょっとママ!なんでヲタなんか言葉知ってるの?」
「ハンナ扉に張り紙してたでしょ?
リク君の両親に聞いたのよ、角部屋は娘がヲタ部屋にしてるって」
「...そんな」
バレたら不味いから[Geek]や[Nerd]とか一般的なヲタの意味する言葉を避けて[Wota room]って書いといたのに。
「まあ向こうの娘さん...リク君の妹もヲタらしいからな、大丈夫だったよ」
「はあ?」
何が大丈夫なの?
それに妹って、リク君とか言う奴の妹って事?
そんなの全く大丈夫じゃないよ!
「やっぱり嫌だ!
そのリクとか言う奴が家に来るなら私が家を出ていくからね!!」
「...ハンナ」
どうだ、パパどうする?
可愛い娘が出ていくんだぞ?
これで話は着いたよね、サラバ、リク君!
「仕方ないわね、ハンナはマリア叔母さんの家に行きなさい」
「pardon?」
今なんつった?
なんで私がマリア叔母さん家に行かなきゃならないの?
「そりゃ良い、マリア叔母さんの家なら車で5分だし」
「冗談じゃない!」
マリア叔母さんはママの妹で独身。
敬虔なクリスチャンで無茶苦茶お堅い人。
そんな人と一緒に暮らしたら死んじゃうよ、アニメや動画も見られない生活に堪えられる筈無い。
「それじゃどうするの、リク君は来月には来ちゃうのに」
「だからなんで来月なの?
新学期でも無いタイミングで急に!」
頭に来たぞ!
こんな時期に編入させる学校も学校だ!
「...リク君は留学生じゃない」
「へ?」
「ワーキングホリデーだ」
「ワーホリ?留学生じゃないの?」
ワーキングホリデーはもちろん知ってる。
1年間の滞在許可で数ヶ月語学学校に通ったり、アルバイトしたり出来る制度だ。
この制度でカナダに来る日本人は多い。
もっともパパはワーキングホリデーで来る日本人をホームステイさせた事は一度も無い。
理由は知らないけど。
「今回は仕方なかった。
リク君を早く受け入れるにはこれしか方法がな」
「ええ」
何よ方法って?
そんな深刻な顔しないで、まさかリクって人は訳ありなの?
「...ますます嫌よ、そんな犯罪者みたいな人」
もう絶対ダメ、マリア叔母さんは嫌だけど一旦お世話になろう。
そしてアルバイトしてお金を貯めるの。
ヲタグッズはクラスメートに預かって貰おう。あの子達なら快く引き受けてくれる。
ヲタベストフレンドだもん、決めたわ。
「...あなた」
「やむを得まい、ママ、ハンナに見せてやりなさい」
「分かったわ」
決意を固め、どのグッズをどの子に預けるか考えていると、ママがタブレット片手にやって来た。
一体なんなの?
「ほら」
「ん?」
モニターに映っていたのは黒髪の少年だった。
あぁ...尊い姿に私の目は釘付けになる。
「...これは」
「こんなのも有るわよ」
「...Oh」
上目遣いで見詰める少年。
そんな熱い目で見ないで...
「まさか...この子が?」
「そうよ、リク君。
ヤマサキ・リク君18歳。
写真は向こうの家から送られて来た物よ、1年前のだけど」
「18歳?」
「だからワーキングホリデーのビザを...」
余りの衝撃に言葉が耳に入って来ない。
私はママのタブレットを引ったくる。
リク...いえリク様のご尊顔をアップにして食い入る様に確認するが、どう見ても私より年下にしか見えない。
東洋人...いやリク様恐るべし。
「リク君をホームステイさせても良いかい?」
「もちろんよ!なんなら私の部屋と一緒でも問題ないわ!」
「ハンナ...貴女ね」
ママはタブレットを取り返そうとするが、まだ...もう少し。
「あ!」
しまった、リク様の写真がシャッフルされてしまった!
...誰?この日本女子二人は!
同じ顔してるって双子なの?
それより、なんでリク様と笑ってるのよ!!
「...その子の内一人はリク君のガールフレンドだったそうだ」
パパは静かにタブレットを取り上げた。
険しく、真剣な様子に冗談を言ってる場合では無いと感じる。
「でもその子達はリク君を裏切った。
最悪の形で...」
ママもパパに続いて話始める。
リクのガールフレンド?
恋人じゃないの?
それより、裏切った?最悪の形?
「親子程歳の離れた男と三人ホテルでセックスする様な奴はリク君の恋人じゃないだろ?」
「......は?」
今パパ何て言ったの?
「リク君はショックで引き込もってしまったのよ」
成る程、それで気分転換にカナダか。
「任せなさい!!」
「「ハンナ」」
「リク様は私に任せて!
このシミズ・ハンナにね!」
私は高らかに宣言するのだった。