ドリンクバーで元を取ろうとする友人
大抵のファミレスでは『ドリンクバー』なるものが存在する。一定の金を払えばドリンク飲み放題のシステムだ。単品だと少し高くて、料理のセットだと少し安くなる。大して金のない貧乏学生の僕たちは、ファミレスに行くと最低限の金で長い時間粘るのである。
ドリンクバーを頼むと多少高くつくけれど、長い時間のお喋りのお供にはドリンクバーは欠かせない。僕はほどほどに飲むけれど、友人の鈴木は浴びるようにジュースを飲む。
「佐藤、俺はよ……ドリンクバーで元を取りたいんだ」
熱い口調で僕にそんなことを言う鈴木。
詳しくは知らないけれど、ドリンクバーで元を取るためには相当たくさんのジュースを飲まなければならない。正直言って、無謀だと思う。
僕は喫茶店のように、ファミレスも場所代を払っている感覚だから、ドリンクバーで元を取ろうなどとはまるで思わない。
しかし、鈴木は違う。
元を取らなければ、それはすなわち敗北なのだ、と本気で思っている。ドリンクバーでドリンクを一杯二杯程度しか飲まないのは、懲役刑をくらうほどの罪であるとさえ思っているのではないか。
「俺は元を取る……俺は元を取る……俺は元を取る……」
鈴木はぶつぶつ呟きながらドリンクバーと席を行ったり来たりする。そして、たまにトイレで用を足すのである。氷などという水増しアイテムはもちろん入れない。氷はほとんど無価値だからだ。
コーラ、ジンジャーエール、オレンジジュース、コーヒー、緑茶、ウーロン茶……。流れるような華麗な仕草でひとまず一周。各ドリンクを3周した後は、炭酸のないジュースをガバガバと飲みだす。炭酸ドリンクは炭酸で腹が膨れてしまうので、極力避けたいとのこと。いや、好きなジュース飲めよ。
「どれだ……? どれが、原価が高いんだ……?」
「コーヒーじゃないの?」僕は言った。「だって、挽きたてらしいし。ジュースよりよほど高いでしょ」
「なるほど。コーヒーか。コーヒー、コーヒー……」
鈴木はガバガバコーヒーを飲みだす。僕の記憶だと、鈴木はコーヒーが苦手だったはずだ。ブラックを飲んだ後、シュガーとミルクをぶち込んで飲む。
僕ははたと気づいた。
鈴木は憑りつかれている。妖怪『ドリンクバーで元取りたい』に。彼にとって、唯一無二の目的は『ドリンクバーで元を取ること』であって、ドリンクバーを楽しむことにはまるで興味がない。友人とのお喋りも、ドリンクバーのお供みたいなものだ。
――狂気。
「まだだ……もっとだ……もっと飲まなければ……」
どちらかというとスマートな体型をしている鈴木だったが、腹の辺りだけ異常なほど膨らんでいる。そこにはドリンクというロマンが詰まっているのだ。
「おい、よせ、鈴木! もう100杯は飲んでるだろ! もう元は取れてるはずだ」
「まだだ……まだまだ……」
元を取るという目標目的は既に達成されていると思う。しかし、そこで終わりではない。次なる目標は極限までドリンクを飲み続けること。彼は死がちらつくまで、その歩みを止めない――。
「やめろ、鈴木! それ以上飲んだら――」
「俺は止まらない。進み続けるんだああああああ――っ!」
しかし、鈴木は口から胃に溜まったドリンクを、テーブルと椅子と地面に吐き散らして意識を失った。びしゃびしゃと散った液体を、店員さんが片付ける。僕たちは申し訳なさそうな顔をして謝った。
僕が呼んだ救急車がすぐにやってきて、鈴木を病院へと連れていった。僕たちは恥ずかしさや気まずさなどから、その後、そのファミレス店舗に行くことはなかった。
鈴木は『ドリンクバーで元を取ろうとして救急車に運ばれた男』として、我が校屈指の有名人となった。といっても、もちろん悪い意味でだが……。
その後、鈴木は救急車で運ばれた経験を反省――せずに、懲りずに今度はケーキバイキングに挑んで、やはりゲロって救急車で病院に運ばれたのだった。
人間、そう簡単には反省しないものなんだな、と僕はショートケーキを食べながらしみじみと思った。今度は何に挑むんだろう、とのんきに思いながら会計をしに向かった。もちろん、ケーキバイキング代は後に取り立てるつもりだ。