宵闇の宴
僕の影を頭上の街灯が照らしている、無機質な光で。
ふと唐突に思い立って、深夜に少しばかり離れたところにあるコンビニへ行こうとしたのはいいが、コートを羽織っただけでは雪すら降り出しそうなこの気温から痩せ細って貧相なこの肉体を守ることは出来なかったようだ。
吐き出す息が真っ白に染まり、夜に溶けて消えていく。
辺りは普段にしては珍しく、人気が全くしない住宅街だ、もう少し時間が経てば陽の光を感じられる時刻だからというのもあるのだろうが。
ただ不思議なことに一切車すら通らない。いや、そんな時もあるか。なんて自分を納得させて疑問を解消する。
薄着で外へ来てしまった自分を恨みながら街並みを眺めてコンビニへ続く道へとゆっくり歩みを進める。
太陽と違って僕を優しく照らしてくれている月には温める力がないのが残念だ。
それにしてもあまりこの時間に出ることがないからか、日中とは違った住宅街の異様な雰囲気に飲み込まれる感覚がする。傍にあるアパートなんて人が住んでいるのは分かっているのに幽霊やお化けなんてものがいるかもしれない。
なんて二階の部屋の玄関の前に突っ立っている人影に対して、想像力を働かせていると気温とは違った寒気を感じる。
しかしその人影ははピクリともしていない。なぜ玄関の前で立ち尽くしているのだろう。
まぁ僕が考えることじゃないか、世の中には関わらない方がいいこともあるからな。なんて自分を納得させて目線を戻し、少しばかり足早に進む。
宵闇の静けさにスニーカーとコンクリートのセッションが響き渡る。耳をすませばコートやジーンズの擦れる音も。
普段から色々な音に晒されている現代社会に生きる一人の人間としてはこんな静けさも悪くないな。そう思ってさっき感じた寒気を忘れるかのようにこの状況へ浸っていく。
気温が心なしかさらに冷え込んだようでポケットへ突っ込んでいた手のひらがかじかみ出した頃、ようやく街灯以外の光が視界へと飛び込んでくる。
店内に入ると外で感じていた寒さはなくなり、心地よい温風が出迎えてくれる。
店員くらいしか居ないコンビニにこんなにも人がいないものかと驚きながらわざわざこんな深夜に出掛けた理由であるホットコーヒーを注文する。
このコンビニでは近頃流行りの自分で作るタイプらしく無愛想な店員に小声で渡された紙カップをセットしコーヒーメーカーを起動する。
独特の機械音がコーヒーを作り終えたことを確認するとセットしていたカップを取り出す。
そこには最近マイブームのさっぱりとした苦味が特徴的なコーヒーが湯気を出しながら注がれていた。
何も入れずブラックの状態で飲みたい僕は音楽とともに店を出るとふと、髪の毛に何か触れた気がして立ち止まり空を見上げる。
髪の毛に触れたものはそろそろ降るだろうとは思っていたが雪だった。
ふわふわと落ちてくる雪はホットコーヒーの湯気に触れると溶けて無くなる。
それを見ているとコンビニで温められた体温が下がってくるのを感じる。さっさと暖かいうちにコーヒーを味わおうと1口、体の芯から暖まり、吐き出す息も白さを増していく。
また長い帰り道を歩くのかと少し憂鬱になるがまぁ、それもいいかななんて思いながら。
街灯の輝きとぼやけたような雪の白、そして夜の吸い込むような深い黒が描くコントラスト、そしてそれを包み込むかのような月のふんわりとした明かり。その中を一人ゆっくりと歩いていく。