第三話
「里都!!」
公衆の面前で、泣きっ面惜しみなく公開していた私は、突如後ろから名を呼ばれ、振り向いたとたん目を見開いた。
あいつだ。
あいつが私のことを里都ってよんだ。
そんなこと初めてだ。
昔はおいとか、魔女とか、おれの敵とか、私のことを絶対認めないと主張するかのように私をよぶ。
それが悲しくて、私も対抗するかのようにあいつの名前をいつしか言わなくなった。
昔は、たけちゃんって言っていたのに・・・。
あいつは私の泣き顔を見て、走るスピードを上げた。
まるで闘牛のようで、突進してくるように見えて、怖くなった私は目をつぶった。
来る!!
「え?」
予想した衝撃はいつまで経っても来ず、代わりに暖かい何かに強く抱きしめられていた。
あいつの腕だ。
なんで。なんで。
私のことを抱きしめるの?
私なんか無関心なんでしょ。興味ないんでしょ。
なのに、なんで大事なものを包み込んでいるかのように、私を優しく抱きしめるの?
「ど、どうし、て」
私が腹のそこから搾り出すように言っても、あいつは何の反応も示さない。
だた、私をもっと力強く抱きしめただけだった。
でも、それが強すぎてだんだん痛くなってきた。
「痛いよ、痛いって。離して」
あいつは身じろぎする私を抱きしめる腕をすこしだけ緩め、私の方を見てきた。
真っ直ぐに私を見つめてくる瞳が恐くなって、私は目をそらそうとしたけど、あいつに顎をつかまれ無理やり目を合わせられた。
涙でマスカラが流れて、パンダになった目を見られたくなかった。
羞恥で顔がほてってくる私をあいつは無表情のまま何も言ってこない。
「あの、どうしたの?」
肩身が狭くなるような沈黙に先に耐え切れなくなった私は、おそるおそると聞いた。
「・・・なんで泣いてた?」
やっと口を開いたと思ったら、私を脅すつもりなのかとつい勘違いしてしまいそうなほどの低い声。
でも、そんな声を聞いても、私の体は久しぶりに出会えた懐かしい音で歓喜に震えた。今でも、私はこいつにとらわれているんだ。
「なんで泣いていたんだ?」
いつまで経っても目を見開いたまま何も言ってこない私に業を煮やしたのか、あいつは眉間にしわを寄せて、さらに言い募った。
これ以上黙っていられない。
あいつの私に訴えるような強い視線がこれ以上私の口をつぐむのを不可能にする。
「・・・あんたに会ったから」
「は?なんでお前は俺に会っただけで泣いたんだ?」
訳が分からないと語っているかのように、ますます目つきを厳しくて私に尋ねたけど、私はなんていえばいいか分からなかった。
あんたのこと好きだから。
いや、それじゃあ直接的すぎる。私から告白されてもこいつはうれしくないだろう。
じゃあ、久しぶりでうれしかったから。
説得力に欠ける言葉だな。さらに言い募られ、ついつい想いを告げてしまうのが関の山。
ここは思い切って反対のことを言えばいいのかな。
あんたのことが大嫌いだからとか・・・。
「おい、どうして、好きと大嫌いが反対のことなんだよ。普通単に嫌いって言えばいいだろう」
「へ?な、な、なんで考えていることが・・・」
「馬鹿か?お前口にはっきりと出してたぞ」
穴があったら入りたいとはこのことをさすだろう。
私の顔はかつてないほど赤くなっていて、今なら顔面で目玉焼きが作れそうな気がする。
「は、離してよ」
もう、これ以上こいつに抱きしめられるのは嫌だった。恥をさらすのを最小限にとどめるほうがのちのちの精神衛生上いいだろう。
あいつの腕の中から少しでも早く抜け出そうと暴れたけど、思う以上に力が強くて、脱出することができない。
逆にさらにこいつとくっつくはめになってしまった。
こいつは、いまだ逆らう私をしばらく目を細めて見ていたが、突然、私の首に自分の唇を押し付けてきた。
「うひゃ!?」
驚きで体が固まった私にこいつはそのままささやいた。
吐く息を直接肌で感じ、少しこそばゆい。
「お前はずっと俺のそばにいればいいんだよ。一生俺から離れるな」
「へ?」
なんて言った?
「いいか、二度も言わない。俺は・・・俺は・・・」
「俺は?」
「お前を・・・愛してる」
ずっと私の首にはりついたままだから、どんな表情をしているか、見ることができなかったけど、いきなり肌に放射されていた熱が増したことに気づいた。
「・・・照れてる?」
「な、何で俺が照れなくちゃいけないんだ!!」
がばっと顔を上げたこいつは案の定赤面していた。
こんなかわいい姿を見れるなんて。
私は思わずくすくす笑ってしまった。
「ねぇ、もう一度言ってくれる?」
「に、二度と言うものか!!」
ふてくされている態度はやっぱり幼くみえ、私はいつしか声に出して笑っていた。
発作がしばらくしておさまると、まだ顔の赤いあいつにしがみついて、小さく耳元でささやく。
ただ一言。
「私も愛してる」
まだまだ続きます。