第二話
「今日から、この部署で働くことになりました、江戸川里都です」
高校を卒業した後、就職した私は、早くも就職したことを後悔した。
そもそも、どこに就職しようか迷い、そのときの思いつきでともちゃんに相談したのが間違いだった。
ともちゃんはいまだから大学進学するつもりだけど、一時は就職は進学どちらにしようか本気で悩んだようだ。
そのときにさまざまな就職先を探したんだけど、ひとつだけものすごく気に入った就職先があり、結局進学することになったけど、今でも忘れられないらしく、私にいくことを勧めてきた。
不幸なことに、私は希望の就職先もなかったから、ともちゃんにいわれるがまま面接を受けてきて、何の間違いか受かってしまった。
これで晴れて私も社会人だ、そのときはそう思ったのは否定しない。私は浮かれていた。浮かれていたのだ。
それで気分が高揚したまま、会社で挨拶をしたら、あいつと目があった。
な、な、なんであいつがいるの?
記憶にあるあいつよりも少しだけ老けたというか大人になったあいつが私をじっと見ていた。何を思っているのかさっぱり分からない。
かくいう私は頭が正常に働かなくなり、パニックに陥った。
そして、私の脳裏にはともちゃんのしたり顔。
と〜も〜ちゃ〜ん、私をたばかったなぁ〜。
先輩に仕事を教わったけど、どうも身にはいらなかった。
横目でちらちらあいつを見つつ、ともちゃんへの怒りを目の前のキーボードに向けた。
でも怒りとともに頭の中は後悔で一杯だ。
こんな会社入らなければよかった。
あいつになんか会わなければよかった。
それでも、その日はあいつに接触せずに何とか過ごすことができた。
自分の家に帰りながら、ともちゃんにすさんだ気分のまま、私は電話した。
「里都、どうかした?」
「どうかしたじゃないよ!ともちゃん、なんでお兄さんがいる会社を私に勧めたのよ!おかげで、三年間で治りきらなかった私の心の傷が、ぱっくりえぐれて大きくなったよ!!」
そう、私はまだあいつのことが好きだ。
いつか忘れることができる。そう思っても目を閉じれば、目を閉じればまぶたの裏側にはあいつの私に対する嫌悪を表した顔。
泣きたくなった。
どうして、いまだに私はあいつのこと想っているの?
もう、鳥の雛の刷り込みのようにあいつの存在は絶対であり、唯一となっていた。
物理的に離れていても、精神的にはあいつから離れられない。
今回の再会でその想いがより一層強くなったのを感じた。
いやだ、いやだ。
もう、嫌われたくないのに。もう、邪魔扱いされたくないのに。
私は寄生虫のようにあいつに依存して、永遠にともにいたい。そう心が叫んでいた。
「もう、兄貴とは何か話したのか?」
「今日は、顔を合わせないように頑張ったわよ」
というか、向こうが私に話しかけるようにするそぶりさえ見せなくて、私はショックを通り越して絶望しかけた。
もう、私は大事な弟をたぶらかす魔女でもなくて、単なる会社の同僚、いや、それ以下なんだ、そう背中が語っていたような気がした。
「も、もう、どうやって、これから、か、会社行けばいいの?」
感極まって、涙がとめどなく流れてきた。
化粧が落ちちゃう。でも、とめられなかった。
「泣いているの?里都」
「泣いてない!!泣いてなんかないわよ」
言葉とは裏腹に大粒のしずくが私の頬を遠慮なく濡らした。
電話越しでともちゃんが何か言っていたけど、自分のことで頭が一杯な私は携帯を耳にあてながら泣いた。
本当、これからどうしよう。
もう、会いたくないよ。
会いたい、会いたくない、会いたい、会いたくない。
何がなんだか分からなくなった。