第八十二話 後処理
竹中半兵衛は病人です。
忘れかけていますけどね。
荒木村重の裏切り報告を正式に聞いた竹中半兵衛と羽柴秀吉はその足で援軍・織田信忠の元へ向かった。
知らせを聞いた信忠はすぐに摂津へと向かうため、姫路城から出立する準備を始める。
準備が整い次第出るので挨拶はこれにて、と一言残して信忠は兄弟たちを連れて部屋を出た。
「こうなると三木城の支城攻略を早めに半分まで終えていたことは不幸中の幸いといえよう。あの策、平馬に提案したのはお主じゃな?」
「具体案は出していませんでしたよ。これは平馬に貸した課題のようなものでした。いい結果が出せない案だったら戻り次第修正するつもりでした」
「やれやれ恐ろしい軍師だ。こうなることが見えていたかのような先読みっぷりじゃ。最初から兵糧攻めでよかったわい」
まぁ実際知っていたし、情報の出どころはあなたの妻なんですがね。
などとはもちろん口に出さず心に秘めて半兵衛はニコニコと笑みを浮かべて謙遜するような返事をして受け流す。
さて、仕込んでおいた保険は無事に機能しているだろうか。
「秀吉様。先程皆がいた部屋に戻りましょう。もしかしたら吉報が届いているやもしれません」
「吉報?」
そうして少し前まで二人がいた、官兵衛や小姓二人、寧々子がいた部屋へと戻っていく。
戻ると、部屋の前の廊下でげっそりした三吉と、三吉ほどではないものの青い顔をした平馬、こっちを見てドヤ顔をしだす半兵衛、唯一普通の様子で二人を迎える官兵衛と兵士に変装した寧々子が待っていた。
「これは何事じゃ。 ―――うっ、なんか鉄のような匂いがするな」
「軍師殿、ちゃあんと仕事は果たしたぞ。俺っちの実力、認めてくれよな」
「言った通りの後処理までちゃんとやってきたんだろうな?」
「やったよ!!」
「そこの派手な傾奇者は半兵衛が雇った者か? わしに負けず劣らず派手好きじゃな」
「誰が誰に雇われだって? 俺っちが今回手助けにきたのはなぁ―――」
「このへっぽこ忍者はある人に借りているのですよ。今回一仕事やってもらうためにね」
兵士の正体が寧々子であることは秀吉だけが知らないので、あわてて続きを言わせまいと割り込んで自分が雇い主であるかのように振舞う。
秘密を洩らしそうになるとか、こいつ本当に忍者か。
やっぱりへっぽこ忍者だ。
「この桶に荒木村重の首が入っております」
「ええ!? 暗殺してきたのか!? なら解決ではないか!!」
「いえ、彼はこの城から出る時、誰にも告げずにひっそり消えようとしていたことから事前準備があったものと思います。
そうなると摂津にいる彼の家臣たちもそのつもりだということ。となれば、信忠様には残党の相手をしていただく必要がありますのでこのままでよいのです。予定どおり自分達が三木城を攻略します。
大丈夫、うちの腕のいい雑兵とへっぽこ忍者がいますので勝てます」
「雑兵いうな」
「へっぽこいうな」
寧々子と半蔵が声を揃えて半兵衛に抗議するが、半兵衛のニコニコした笑みに受け流される。
「まぁ兵糧攻めは時間をかけて行うものじゃし、荒木殿のことが心配ないのであればこちらとしては味方への被害も労力を減らすこともなくていいことずくめじゃの」
「ええ。ひとまずの窮地は去っております故、しばらくは三木城の監視をしつつこれまでの戦で疲弊した分を癒していくことに注力していきましょう」
話がまとまったので秀吉は城の勝手が分かる官兵衛を連れてそのまま部屋を出ていく。
残った人が寧々子、半蔵、三吉、平馬だけになるのを確認すると半兵衛は静かに倒れた。
「「半兵衛(様)!?!?」」
「軍師殿!?」
「アハハ。少し気を張りすぎました。本当にうまくいってよかった」
「数か月播磨を走り回り、上月城で仮にも敵の大物武将である小早川隆景と面会してダッシュでこっちまで戻ってほぼ休みなしで今日までいたものね。お疲れ様。薬は?」
「ちゃんと飲んでいますよ。おかげで薬を得る前よりかは体が楽ですが、さすがに疲れたようです。いろいろ考えて気をまわして張っていたら睡眠時間が削れてしまっていたことも原因でしょう」
「薬を得て安心していたけれど、よくよく考えればあなたの死期は来年だったわよね。歴史改変で全体的に事件の進行度が私の知るものより早まっているわ。万が一、あなたの死が変えられないものになっていればそれが早まる可能性もあるのよね」
「できれば変わっていてほしいですがね。夢見が全然働いてくれないので先読みができないんですよ。あなたの知識だけが今の僕の頼りですね」
「それだけに頼っちゃ軍師としてはダメでしょう。私の知識もそのうち……」
そこで寧々子は言葉を切る。
眉間に皺を寄せて何かを考え込むが、言葉にすることはなかった。
一瞬の沈黙が訪れたのを好機ととらえた三吉が手を上げながら半兵衛に問う。
「あの、さっき軽口で言っていた半蔵さんに頼んだ後処理ってなんですか?」
「軽口……ああ、首見る前の。難しい話ではありません。申し訳ないですが、僕の中では説得が失敗したときのことばかり考えていたのでね」
倒れ込んでいた半兵衛はゆっくりと上半身を起こして三吉へと向き直る。
「寧々子殿の話では、彼の家臣や身内は彼の味方で荒木殿が織田との戦途中で摂津から逃げ出した後も彼らは主のために戦ったと聞きました。
ならば荒木殿のみを討ち取ってもこの件は終わらない。であれば、当初の歴史どおり彼の家臣及び一族を討つしかありません。そしてこの件で寧々子殿の言う史実では織田は有利に事を運んでいたとか。ならば荒木殿の死をどう生かすかが課題。さて、二人ならどうしますか?」
急に問題形式で問われてギョッとする二人だが、すぐに考え込む。
「―――誤解を与えあう?」
「平馬、正解です。織田軍には彼の裏切りだけを伝え、彼の生死は言わない。そうすれば摂津へと兵が派遣されます。
逆に荒木軍には、彼の首のない死体を送りました。これにより荒木軍は織田から手を出したと思いこみ、元々の予定のまま織田を裏切って正々堂々と仇討ちと称して戦を始めるでしょう。あとはそのまま見守っていればこちらの勝利。
我々はすでにそのつもりであった彼を止め、説得を試みたが失敗したので討ち取ったという筋書きです。実際説得活動はしましたしね」
失敗を主として考えていたとはいえ、二人の行動さえも利用した半兵衛に三吉はゾッとした。
しかし平馬は対照的に冷静だった。
まさに軍師の卵である。
「勉強になります」
「ふふ。こんなことをそう言えてしまう君は素質がありますね。片方は僕に思うところありありでしょうけれども、これが戦国時代なんですよ。君はもう少し、友人や姉君を見るといいですね」
「………はい」
気落ちした三吉に、半兵衛は一瞬目を細めるが、すぐに目を閉じて元の表情に戻す。
「寧々子殿、僕は相当疲れましたので部屋で休みたいです」
「なら俺っちが運んでやるよ~」
「なんであなたなんですか。あなたは三木城の監視でもしててください」
「あんた姫に大の男運ばせる気かよ!」
「はいはい、二人についていきますよ。三吉と平馬ももう休んで。しばらく大きな行動はしないと思うから」
そうして賑やかな三人もまた部屋を出て行った。
残る二人もゆっくりと立ち上がる。
「俺たちも休もうか」
「―――平馬」
「成果を期待されていなかったのに行動を利用されたことが腹立たしいか? だがそれが半兵衛様の仕事であり、この時代において必要な思考だ。そして俺もまた身につけなくてはと思うものだ」
「そう……だね」
「………お前はきっと前世のままであれば幸せに生きられたかもしれないな」
平馬の何気ないこの言葉が、三吉の胸に深く突き刺さった。
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