第八十話 逃亡
どっちも逃亡している。まさにタイトルどおり。
またあいつがやってくる
荒木村重の説得に失敗した石田三吉と大谷平馬。
臨戦態勢に入った彼は背負っていた槍を構え、切っ先を二人へと向けた。
敵意を向けられた二人はこの事態を想定していなかったので戸惑い、無意識のうちに一歩後ろへ下がってしまう。
それだけ彼にどこかで最後は説得に応じて戻ってきてくれるという希望を抱いていたのだろう。
しかしそれを成せなかった。
ならば、二人はこの窮地を脱して無事姫路城へ帰還し、寧々子や半兵衛、秀吉たちに彼の裏切りをなんとしても知らせなければならない。
幸いなことに三吉と平馬は、彼を超えるか並列するほどの武力があるとも彼を相手に無事でいられるという思い上がった感情を抱くことはなかった。
きっと通常の武将や兵士ならば、この場で彼を見過ごすわけにはいかない、と考えて命を賭して彼を討とうと考えるだろうが、二人はなにぶん知将寄りの人間であり、戦闘にはあまり向いていない。
さらに相手は信長に一目置かれ、領地まで与えられた勇将とまで言われる武将。
力の差は歴然。
冷静に、そう判断するだけの思考は残っていた。
「平馬」
「三吉」
二人はお互いの名前を呼び合い、顔を見合わせて頷き合った。
すると、二人は素早く村重に背を向けて地を勢いよく蹴った。
行き先は、姫路城。
「ほう、向かってくることまではしなかったか。ならば、俺は早く戻り準備を整えるまで」
走り去っていく二人を見送って村重は槍を背負い直す。
二人と話すまでは多少の迷いがあったので摂津までの歩みが緩やかだったが、決意を固めた今はむしろ早く戻りたい心地だ。
「早く戻ろう」
村重もまた、二人が走り去った方角とは真逆の道へ走り去った。
「そう簡単に帰すわけにはいかないんだよねぇ~」
先程三吉と平馬と話した場所から少し進んだところで村重の前に立ちはだかる影が一つ。
辺りはすっかり暗くなってしまい、相手の容姿を確かめることが困難だが、少なくとも村重がこれまで会ったことのない人物であることだけは直感が確信を得ていた。
また、相手からは凄まじい殺意を感じる。
これだけ凄まじい殺意であれば、ここに来るまでに気付きそうなものだが、一切気付かなかった。
相手は相当な手練れだろう。
「何者だ? 誰からの命令で俺を足止めにきた?」
「これから地獄に行くヤツに答える義理はないねぇ~。でも一つだけ答えると、足止めをしに来たわけじゃないんだ」
雲がゆっくりと動き、隠れていた月が顔を見せる。
月明かりに照らされたことで相手の顔が見えるようになった。
輝く金髪と獲物を射るような鋭い目つき、派手な着物を纏った男だった。
村重には面識がないので分からないだろうが、服部半蔵である。
「あんたの首をもらいにきたんだ」
半蔵の言葉に村重は急ぎ、背負っている槍を持とうと手を伸ばすがその前に半蔵が至近距離まで一気に距離を詰めてきた。
(間に合わない!)
槍を出すことを諦め、相手の攻撃を避けることに全神経を集中する。
村重は半蔵から繰り出されてくる数多の攻撃をなんとか避け続けるが、どれもギリギリで一歩判断を誤れば間違いなく死ぬ。
「くっ」
「―――あんたはこのままここで生き永らえてもろくな人生を歩まない。諦めて絶望してここに首を置いていきな」
「何故どう確信を持った口ぶりで申すのだ。お主は占い師かなにかか」
「俺は見ての通り、忍びさ」
「し、忍びだと………」
村重の動揺した視線が半蔵の体あちこちに向けられる。
その気持ちは痛いほどわかる。
どう考えても忍びという人の装いではない。
しかしそんな動揺を抱えてなお彼はまだ半蔵の攻撃をかわし続けていた。
「はは~ん。さすがは武名名高い武将だ。簡単には殺されてくれないよな。しょうがないねぇ」
「!」
そういうと半蔵は、今度は一気に距離を離して下がる。
これを好機とばかりに背負っていた槍を持ち構える村重。
そのまま今度は村重から攻撃を仕掛ける。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
大きな雄たけびを上げながら半蔵へ一直線に突き進んでいく。
半蔵はそれを見ても怯むことはなく、むしろ受けるつもりでいるようだ。
何かの構えをとり、冷静に村重を見つめる。
―――キンッ。
金属のぶつかり合う音が、場に響き渡る。
交差した二人。
勝敗は――――。
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