第七十九話 小姓の説得
二人は果たして説得が叶うのか……!
荒木村重を探して現状の本拠地・姫路城外へ出た石田三吉と大谷平馬。
あちこちを探し回ったのですでに日は傾いており、辺りは暗闇に包まれようとしていた。
二人が考えた、荒木村重はすでに裏切りを決意している、という可能性は見事に的中し、秀吉たちが今いる播磨国から摂津国につながる道方面に彼はいたのだ。
呼びかけると足を止めてくれたものの、こちらへ顔を向ける様子はない。
平馬が一歩踏み出しながら村重へ呼びかける。
「荒木殿! 考え直す気はありませんか! どうしても、この手しかないのでしょうか!」
しばしの沈黙。
村重の言葉を待たずに何かを言うのは憚られるような重い空気で包まれ、三吉は成り行きをじっと見守っている。
沈黙を貫いている村重は言葉を紡ぐ代わりに二人の方へ向き直った。
「………荒木殿、あなたはまだ迷っておられるのですね?」
平馬の言う通り、村重の瞳は揺らめいている。
まだ迷いが残っている証拠だ。
それもそうだろう。
今、どんな想いを抱いているにしろ、彼にとって信長は自分を認めて領地を預かる武将にまで育ててくれた、恩がある方なのだ。
しかしその恩ある人は、こうして裏切りを決意させてしまうくらいには彼を追い詰めるようなことをしている。
今の信長は、村重と仲良くしている本願寺や足利将軍を討ち倒し、さらには元同盟相手である毛利もついでに打ち倒せればいいと考えている。
恩人か、友人か。
彼が今突きつけられている選択肢。
そして、どちらを選んでもきっと彼の心にしこりは残るだろう。
「迷いがないわけ、ないっ! だがどうすればいい!? あの方は考えを改めることはないだろうましてや俺にそれができるとも思っていないし思うほど思い上がってなどいない! 若僧になにがわかるなにができる!?」
「それに答えられる答えを俺はまだ持ちません。あなたの言う通り、俺は未熟者です。ですが、今、流れは信長様にあります。今ここで信長様を裏切るのは悪手です」
「……今ではない、か。だがこのままじっと息をひそめていれば味方となる人は、信長様へ抗う人はどんどんこの国から減っていくだろう。その時、俺は一人であの人に抗える気がしない」
抗える気がしない、と言う村重の言葉に、もう半分彼の決意が固いことが読み取れる。
どうあっても信長の全てを受け止めることはできないのだと。
「全部受け入れる必要って、あるんですか」
それまで静観していた三吉がふいに割って入る。
三吉の言葉に一瞬村重は瞼をピクリと震わせて「なに?」と聞き返す。
「恩人だから、主君だから、すべてを受け入れなくちゃ、いけないんですか? 誰にだって欠点はあるし、それを万人が受け入れるわけじゃないですよね? 現に、信長様に仕える人だってみんながみんな、信長様の全てを受け入れているわけじゃない」
三吉は強い意志を秘めた瞳と口調で言葉を続ける。
「僕だって秀吉様の全部をいいだなんて思っていない。でも尊敬するところが多いからこそ、お仕えしている。それじゃ、ダメなんですか!?」
「お主は主を美化して見すぎだ。秀吉も信長様も、内に秘める残虐性はあまり見過ごせるものではない。すでに犠牲が払われすぎた。俺は、友人たちをそんな目に合わせたくない。できることならこのまま内緒で事が済めばよかったが、あの方が天下布武を成し遂げようとする限り、そうもいかぬ!」
三吉に負けじと村重は早口に、そして強く怒気を孕んだ口調になっていく。
だが、急に何かを悟ったかのようにすんと雰囲気が落ち着いた。
「―――そうか。俺は結局、あの方を認められずにいるのだな……心はとうに決まっていたのだ」
「荒木殿! どうか!」
「――いや、お前たちと話して確信を得た。俺は、織田軍には、いられない」
そう告げた村重の瞳に今度は迷いが一切なかった。
キッ、と二人を睨みつけ、背負っている槍に手を触れる。
戸惑う二人へ、彼は言い放った。
「お前たちもいずれ考えることになる。お前たちは俺より未来ある小姓だ。俺と同じく一武将として一目置かれ、領地を持ち、治めることになったとき。力を得て、人を見る目が変わった時、何を思うのか。本当についていくのがこの人で良かったのか」
「荒木殿………」
「俺はその問いに、間違えたと思った側の人間。その末路がどうなるのか、お前たちが見届けよ! 同じ道を辿る者として!」
そう言い終えると、彼は槍を大きく振りかぶって構えた。
荒木村重の説得ならず。
同時に、命の危険が発生してしまった三吉と平馬。
果たして二人は無事に切り抜けられるのか。
読了ありがとうございます。
ブクマ・ptよろしくお願いします!
次回、明日更新!




