第六十一話 動き出す
戦場に似つかわしくない雰囲気回です(笑)
備中松山城に陣を構えた毛利軍は、堀と柵を何重に用意して現在尼子氏が籠る上月城を囲んだ。
これは秀吉が上月城攻めの際に用いた方法と同じものだ。
毛利が動いたと報せが入ってすぐ、秀吉は信長より援軍として送られた荒木村重と共に上月城救援のために出陣する。
秀吉たちは上月城から東側にある高倉山に陣を構えた。
陣の用意が整い、さっそく上月城にいる尼子氏を援護するために動き始めようとしたところで伝令が慌てた様子で陣中へ入ってきた。
「別所長治、離反! 播磨内の国人衆の一部もこれに同調し、一気に播磨内の三分の一ほどの者が毛利へと着いた模様!」
「なんじゃと!? わしも信長様もあやつにはこの中国征伐において期待していたというのになぜじゃ……」
「………状況が毛利にとって良すぎる。かなり前から調略の手が伸びていたのだろう」
動揺する秀吉に冷静に報告を受け取った男は荒木村重。
寧々子曰く、史実では今回の中国攻め中に別所長治に並んで織田を裏切る予定になっている摂津国を領土に持つ武将である。
伝令からの報せを受けてこのまま上月城攻めにのみ集中することが危険となった秀吉と村重。
例えうまく毛利をしのいで上月城を守れても、三木城は秀吉たちの背後にある城。
現在、秀吉たちは敵に挟まれている状況なのだ。
「秀吉様。このままでは危険です。今回は上月城を捨て、一度姫路城まで引くべきかと」
その場にいてそれまで静観していた小寺官兵衛が進言する。
官兵衛の言うことは正しいが、人情に厚い秀吉にとって仮にも味方である尼子氏を見捨てて撤退することは気が引ける。
どうにか上月城を守り、三木城からの攻撃をうまくかわす方法はないものかと思考を巡らせるがなにも浮かばない。
そこに二人の人物が陣中へ入ってきた。
竹中半兵衛と兵士へと扮装している寧々子である。
「秀吉様、一度姫路城へお戻りください。そして、秀吉様は三木城攻略へと専念し、上月城は僕へ一任ください」
「半兵衛! 何か策があるのか!?」
「手を打ったところです。実は別所長治はもっと早くに織田を離反するつもりでしたが、先手を打って同調勢力いくつかにこちらの再調略の手を入れさせていただきなんとか播磨内の三分の一程度に収められました。いやぁ、数か月間骨が折れましたよ」
「なんと!? ではこれでもまだ被害が少ない方だと言うのだな」
「ええ。肝心の別所長治自身の説得は不可能だと判断しましたので、どうしてもこの状況は出来上がる見込みでしたが、予想より七割の被害減です。姫路城へ撤退することも今なら余裕です。お戻りを」
「じゃが、半兵衛。お主はどうするのじゃ。ここに残るのか?」
「いえ。僕は少々小早川隆景に会いにいこうかと」
「「「なっ」」」
敵に挟み撃ちにされているこの状況より危険度が高すぎるその行動に秀吉と官兵衛と村重が驚きの声を上げる。
半兵衛の一歩後ろで控えている寧々子も「ですよねー」という表情で目を逸らしている。
秀吉と村重が危険だと半兵衛を制止する声を上げる前に官兵衛が半兵衛の前に進み出る。
官兵衛ならば止めてくれると期待して秀吉が事の成り行きを見守っていると。
「ならば私も行こう」
「なんでじゃ!!!!」
「元々小早川隆景という男には興味がありました故。それに危険度でいうなら私が宇喜多直家の元へ行った時の同じくらい。今度は私が友を心配する番です」
「ああ、まぁ、うん。そうじゃの。今回はそれ以上な気がせんでもないが……てかわし、軍師不在になっちゃうんだけど!?」
「大丈夫ですって、秀吉様。ちょっと行って帰ってくるだけです」
「そんな市場に買い物行くみたいな気軽さで言われてもな!?」
「というわけで、荒木殿、秀吉様をよろしくお頼み申し上げます」
「あいわかった」
「え? 村重殿? え? なに、村重殿調略済!? は、はかったなー!!」
ギャーギャーわめく秀吉を引きずって荒木村重が全軍へ姫路撤退を命ずる。
陣中に残った両兵衛、寧々子は陣内が静かになるまで何も言わずに待った。
「――それで? なぜ小早川隆景の元へ? 行くことは連絡しているのか?」
「いいや。具体的には行くんじゃなくて、来てもらう。なに、お土産用意していれば来るよ」
「お土産?」
「尼子氏の首さ」
正気の沙汰とは思えない発言に一瞬ギョッとする官兵衛だが、同時に冷静に思考が働いてしまい、半兵衛の意図が読めてしまった。
毛利の今回の目的は、要所である上月城奪還のほかに、長年の宿敵であった尼子氏の完全滅亡があるだろう。
このまま我々だけで上月城へ向かい、尼子へ謁見し、尼子を斬って城を制圧。
そして毛利へ「尼子氏の首が欲しければ小早川隆景一人で上月城へ入れ」とでも言い、彼を誘い出すのだろう。
これに相手が乗ってくれば、毛利の中枢たる人物と話し合いの機会が得られる。
乗らなければこの三人で毛利の大軍を相手にすることになるだろう。
なんにしても賭けである。
「そこまでして話したいことがあるのか?」
「具体的に何か話したいというわけではないんだ。ただ、会ってみたいんだ。 ――僕が死ぬ前に」
「……何を不吉なことを。お主はまだ若いではないか」
「若さだけではどうにもならないことがあるんだよ、官兵衛殿。とりあえず、無理やり作った危険な機会だけど、賭けてみたいんだ」
「――止めなかったのですか、おねねさま」
「止めたわよ。でも……半兵衛の体はあまり長くないことも知っているから早くにできるなら、できれば叶えてあげたくてね」
「ちょっとおねねさま、それ言うの反則」
半兵衛が寧々子の正直な発言を茶化すが、それを見て嘘ではないことを悟った官兵衛。
半兵衛は武将である以前に男性として比べても肌が白いし、細身なので実は病持ちであると言われても納得はできる。
しかし仲良くなったばかりの友が実は病人で余命幾ばく、であることに加え、今回危険な事をしようとしていることに頭を抱えだす官兵衛。
無意識なのか、無言でいろんな動きをしだして複雑な心境を表現する官兵衛に寧々子は思わず笑ってしまった。
「官兵衛殿はとても素直ですね。そういうところを見るとあまり軍師ぽくないです」
「心外ですね。私は何もしていませんよ?」
「気付いていないのが問題だよ、官兵衛殿。とりあえず上月城へ行こうー!」
「おー!」
「遠足ではないんだぞ……」
明らかに戦場とは程遠い空気感に官兵衛は目眩がした。
ちなみに、潜入捜査に同行していた服部半蔵は今なにをしているかというと少し離れた木の上から三人を眺めております。
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