第三十六話 タイムリミットはいつ
ラッキータイム(個人的に)
普段感情乱さない人が時々乱すのはありですね。
天正七年、四月に中国攻め途中の羽柴軍陣中にて病に倒れ、二月後に「陣中で死ぬこそ武士の本望」という名言を残して戦場の陣中で亡くなった竹中半兵衛。
それが、寧々子が知る史実だ。
そして長篠の戦いが起きたのは天正三年。
つまり現在は天正三年。
半兵衛が病に倒れるのは四年後。
しかし、病とは日々の積み重ねである。
今からなにか異変が出ていてもおかしくはないし、なにもなくても今から気を遣えばもしかしたら防げるかもしれない。
だが、寧々子がいるこの戦国時代には寧々子が知る戦国時代と決定的に違う部分がある。
それは能力者の存在。
さらに半兵衛は、金ヶ崎撤退戦において一度秀吉のために寿命を捧げて未来を変えている。
もしかしたら病とは別になにか起きているのかもしれない。
焦燥感に駆られるように寧々子は走った。
脇目もふらずにただ、走った。
半兵衛に与えられている武家屋敷門前に着いて一度呼吸を整える。
乱れていた息をすぐに整え、深呼吸をしてキリっと前を向き、中へ取り次ぎをしようと一歩を踏み出す。
「なにかうちにご用ですか?」
「うわぁっ!?」
背後から気配もなく声をかけられて驚いて飛び上がってしまう。
急いで振り返ると半兵衛が一人で立っていた。
いつもどおりの落ち着いた表情を浮かべてはいるが、心なしか顔が青いような気がする。
「いや、特別な用があって来たというわけではないんだけど」
「そうなのですか? それでは戦や帰路の疲労もあるのでまた後日、こちらから参りますのでそのときでも良いでしょうか?」
半兵衛の返事に寧々子は目を丸くした。
いつもならこちらから訪れたら大体通してお茶くらいはするので、逆に寧々子の元へ半兵衛来るときに寧々子も必ず半兵衛にお茶くらいは出す。
確かに戦あとだし、帰還したばかりなので半兵衛が言った理由は、疑いようはない。
でも。
「半兵衛、屋敷に人の気配がない気がするけど、一人? 人手不足ならうちから女房回そうか?」
「いえ、息子が生まれてからは妻の方に人手を割いているので。戦中は実家へ戻って子育てするように言っていたので誰もいなくて不自然はありません。これは僕の意志です。お気遣いなく」
「……てことは今、一人だよね」
「…………」
しまった、と顔に返事が出る半兵衛に、寧々子が詰め寄った。
「半兵衛、もしかして人を避けているでしょう? 今日大谷殿と三吉が探していたけど会った?」
「いえ……」
「――やっぱり、もう」
体に異変が。
その続きが言葉になる前に、急に半兵衛が寧々子の手を引いた。
普段の半兵衛からは想像つかないほどの力強さで引かれてどこかに連れていかれる。
着いたのは屋敷の中にある半兵衛の部屋だった。
部屋に着くなり、半兵衛は寧々子を乱暴に畳の上に押し倒す。
「いたっ、半兵衛。急になにを――」
「僕はいつ死ぬんですか!! 答えてください!!」
ものすごい剣幕と強い怒気を含んだ声で自分の死の時を問われる。
見たことないくらい感情乱れる半兵衛を前につい涙目になってしまう。
「天正……七年……六月ですっ」
「天正七年……あと四年!? 僕はあと四年しかもたないと言うことですか……っ」
「は、半兵衛、もしかしてもう病を……」
「……っ」
悔しさと悲しさが入り混じった瞳が寧々子の視線から外れる。
それが答えだった。
寧々子の瞳もまた絶望に染まる。
この世界は寧々子の知る戦国時代と似て非なる。
歴史を変えることはできる。
でも、半兵衛の寿命に関して寧々子は金ヶ崎の戦において負い目がある。
あのとき、未来改変のために彼の命を削った。
あの術で具体的にどれだけの命が削られたのか、その一件がなければ半兵衛はどれだけ生きられたのか。
それが、分からない。
「――長篠の戦いが終わった直後から、これまでだるかっただけの体調に咳が加わった。きっと節目のようなものだったのでしょう、長篠は」
「咳……」
「あなたは僕を、竹中半兵衛という武将を好んでいると言っていましたね。どこまで詳しいですか? 病に罹ることや没する時が分かっているなら病の原因や治し方も分かるのでしょうか」
「それは……なんの病かは知っているけど、私は医療知識に乏しくて、治し方までは」
「――そう、ですよね」
そのまま力なく項垂れ、寧々子の上に覆いかぶさる半兵衛。
それに不覚にも興奮した寧々子は「フォォォォォォ」と声なき声をあげて埴輪のような表情になる。
しばらくそのまま固まっていると、耳元で「ごめんなさい」と小さく謝罪する声が聞こえた。
「――なんで謝るの」
「怯えていたでしょう。それに強く引っ張って連れてきてしまった。今も、主の妻であるというのにこんな……」
「そう思うならどいてもらえると」
「……どうせ死ぬなら死ぬ前に好き勝手やろうかと」
「自暴自棄になってる!? そういうのとは縁遠いかと思ってた!!」
「僕が自分の行動に一番驚いています。こんなに感情乱れたのは初めてというか、斎藤家に仕えているときでさえイラっとくることはあってもこんなに心がぐちゃぐちゃしたことはない。人は死を目前にすると、どうしようもなくなるのだなと冷静に見ている自分ともういいやと脱力してる自分と……ああめんどくさいな。もうなんかいろいろです」
「ええっ、そんな……うっ、急に体重全部がっ」
上に覆いかぶさるだけだった半兵衛がそのまま全体重を寧々子に乗せる。
お、重い。
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