第三十五話 ひびが入った鏡
微妙な時間に更新!
新章突入です!
長篠の戦いが終わり、岡崎城での宴会も終えて織田・徳川軍はそれぞれの領地へと戻っていった。
秀吉も近江の居城・長浜城へと帰還していた。
「ただいま戻ったぞー!! ねねはおるかー!」
「おねねさまでしたら天守にて政務をされておりますよ」
「そうか。今から行くぞ!」
寧々子に仕える女房が、城内へ入って慌ただしく走り出しそうな秀吉の欲しい情報を提供してそれを阻止する。
これも寧々子の采配である。
秀吉は真っ先に天守へと駆けていき、天守の扉を勢いよく開けた。
「ねねー! 会いたかったぞー!」
「あらおかえりなさい、あなた。ご無事で何よりです」
「あ~ 戦が長くて疲れた~。休ませておくれ」
言うなり秀吉は人目をはばからずに寧々子の膝を枕にしてごろりと寝転がる。
なっ、と小さく声をあげて戸惑う寧々子に周りの家臣たちは微笑ましい光景をみるような優しい目で二人を見つめていた。
そして音もなくそっと天守を去っていく。
空気を読める家臣たちだ。
「あなたの代わりに政務を励んでいるというのに邪魔をするなんて悪い城主様ですね?」
「いいではないかー! 長く大きな戦が終わったのじゃ。ひと時の休息くらい」
「やれやれ。仕方ありませんね」
呆れて嘆息しながらも寧々子は膝の上にある秀吉の頭を優しく撫でた。
ちなみに共に岡崎城にいたはずなのになぜこんな万全の状態で長浜城にいるかというと、ワープのおかげである。
ワープが機能できるとわかったとき、半兵衛がいくつか量産したのだ。
試作第一号めである一個は半兵衛が常に、量産したうちの二個目は居城の寧々子の自室に、三個目は三吉が一応持っている。
これだけ羅針盤が手に入るのも織田軍に所属していて南蛮のものが手に入れやすい環境であるからだ。
信長さまさまである。
家康と半蔵に挨拶を終えた夜のうちに長浜城へワープし、寧々子のふりをしていた妹・やや姫と交代し、すぐさま城内や領内の現状報告を聞いて秀吉帰還時に違和感を与えないように準備を整えた。
「……なぁ、ねね。わしはやっぱり、何があってもおぬしのそばがいいなぁ」
「何をいきなり。前はあれだけ浮気していたくせに」
「ぐっ。そのことは突いてくれるな。わしは悔い改めたのじゃ。戦でわしが亡くなり、ねねに辛い思いをさせる可能性はいくらでもあるが、ねねがいなくなることは一度も考えたことがなかったのじゃ」
「それが戦国乱世の常ですから仕方ないのかもしれません。でも、女とて一人の人間なのです。私はすごく大きな勢力や臣の家出身というわけではないので旦那を殺して家を出るということはありませんが、私自身に意志はあるのですよ?」
「そうじゃな。わしは、いや、乱世の男はそれに気付きにくいのじゃろう。女は道具でありがち故に。もっと大事に、せんといかんな」
しみじみとそう語る秀吉の言葉を受けて寧々子はわりと内心驚愕していた。
これ、もしやこのままだと浮気性ルート消滅するのでは?
戯れであんなことを画策したが、意外にも深く刺さっている様子。
「じゃが! せめて綺麗な女子をみてニヤニヤすることくらいは許せ!」
やっぱ、ねぇか。
さっきまでイイ感じのムードだったのに最後の一言で台無しだ。
寧々子は黙って立ち上がって「さーて忙しい忙しい」と言いながら天守を去ろうとすると、秀吉に足を掴まれて泣きながら引き留められた。
秀吉から解放されてちゃんと政務に励もうと城内をウロウロしていると、前方から見覚えのある二人が歩いてきた。
「あら、大谷殿。三吉。ごくろうさま。旦那様が帰還したからまた迷惑をかけるわね」
「おねねさま。秀吉様が帰ってきたというのにまだ政務をされているのですか?」
「ええ。今日くらいは休ませてあげようかと」
「お優しいですね、さすがは良妻賢母とみなの模範であられるおねねさまだ」
「まぁ、褒めるのがお上手ね、大谷殿は。こういうところを見習うといいわよ、三吉」
「余計なお世話です」
そういえば、我が弟と対面するのもかなり久し振りだ。
しばらく見ないと少し背が伸びたかも? というような些細な変化にもなんとなく気が付ける。
「おねねさま、秀吉様が帰還したなら竹中様も共に戻っているはずですよね? ちょっと仕事で相談したきことがあるのですが姿を見かけられたりしませんでしたか?」
「半兵衛? そういえば見ていないわね。見かけたら大谷殿が探していたことは伝えるわ」
「ありがとうございます。それでは僕たちはこれで」
そこで二人と別れ、寧々子は再び政務に戻る。
しばらく城内をうろついて一通り仕事を終えた後に寧々子は自室で腰を落ち着けていた。
その頃には日はすっかり傾いていた。
「ふぅ疲れた~。 ……そういえば、半兵衛を一日中見かけなかったな。いつも戦のあと一度は顔を見せていたはずなんだけど……あれ」
寧々子は化粧箱の上に置いてあった鏡にひびが入っていることに気付いた。
「あれ、鏡にひびが……ちょっと前に自分で買ったやつを割ってしまったばかりなのになぁ。これ、確か前の奴割れた瞬間に立ち合ってしまった半兵衛に気休めとしてもらったものだっけ……あれ」
そういえば、今、何年だ?
長篠の戦いが終わった。天正三年だ。
本能寺の変はいつだったか。
このあとある大きな戦は……。
「あれ、もしかして、これ、やばめなんじゃ……」
そういえば、いつから半兵衛に会っていない?
設楽原で共闘して、勝利の知らせの後羽柴隊にいたところは見ている。
岡崎城に戻った後、私は女房としてうろついて、何も言わずに先に長浜城へワープで戻っているから、そもそも岡崎城でも会っていないんだ。
「半兵衛を……探さなきゃ」
寧々子は部屋着のまま急いで半兵衛に与えられている武家屋敷へと駆けて行った。
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