第二十五話 影なる男の陰なつぶやき
湿っぽいね。(いろんな意味で)
寧々子の知る歴史では長篠の戦いで岡崎城に援軍要請に出向いた奥平貞昌の家臣・鳥居強右衛門は、帰還途中で武田軍に捕縛されたことで死ぬはずだった。
しかし家康に頼み、服部半蔵の手を借りたことで、見事に長篠城へと鳥居を生きて送ることに成功した。
送ることには成功したが。
「……っくしゅ!」
寧々子はずぶ濡れであった。
鳥居が長篠城へ入るところまでは確認した後、半蔵に担がれて崖から飛び降りることとなり、豊川へ落ちたようだ。
鼻水をすすっていると、後ろから頭に布が被せられ、わしゃわしゃと頭をもみくちゃにされる。
「うわっ!? なに!?」
「そのまんまじゃ風邪ひいちまうぜ、お嬢ちゃん」
「あなたも一緒に川に落ちたのになんでこんなに渇いた手ぬぐい持ってるのよ!?」
「手下にあらかじめ用意させてたからだな! 俺ってば天才忍者! 気遣いのできるいい男!」
後半の余計な一言がなければ、素直にここまで考えていたのかと感心しただろうに残念だ。
チラッと周りを見ると、少し距離が離れた場所に着替えやタオルらしき布を両手に持って待機している忍びが二名いた。
距離を空ける気遣いまでするとは、ほんとにできる部下だ。
「任務はこなしたし、家康ちんとこ戻るってことでいいかい?」
「それで大丈夫」
「設楽原で合流する手筈になってっからそこを目指すよぉ~」
「設楽原……いよいよか」
設楽原はまさに長篠の戦いの大舞台と言える戦場だ。
織田・徳川連合軍と武田軍の主力同士、馬防柵や鉄砲隊、武田の騎馬隊がぶつかりあった場所である。
「未来を知っているというのは本当なんだ」
「知っているのに疑ってたの?」
「疑うのも忍びの役目さ。主を守るために必要なことだよ。特に家康ちんはポヤポヤした感じに見えるだろう? 芯は強いけど時々ポヤポヤ部分が強めにでるから俺は逆に常に鋭くいないとね」
「チャラチャラしてるのにチャラいままじゃいられないのね」
「そゆこと~。あ、着替えあの子が持ってるから受け取ってあそこの影で着替えるといいよん。死角になってるからなにかあってもすぐにはバレない」
「それじゃお言葉に甘えて」
寧々子は半蔵に言われた通り着替えを受け取り、いい具合に寧々子自身を隠してくれる草と木が集まっているところで着替えた。
着替えから戻るといつのまにか半蔵が一匹の馬を連れており、それに二人で乗って設楽原へ向かった。
「この馬、さっき乗ってきた子?」
「そそ。ここに連れてくるようにあらかじめ頼んでいたんだよ~」
ほんとに仕事はできるんだよなぁ、と複雑な気持ちを小声で吐露する寧々子であった。
翌日の午後。
寧々子と半蔵が設楽原に着くとまだ織田・徳川本隊は到着していなかったが、準備するための部隊がいくつかおり、馬防柵の設置と台地の斜面を削っている作業に取り掛かっていた。
「柵がいっぱい並んでる。あの柵は鉄砲隊を守るためのものかねぇ?」
「鉄砲隊を守る要素が全くないわけではありませんが、実際は対騎馬隊用です」
「騎馬隊? ……あぁ、よくよく見たらトゲトゲしたものがついてるなぁ。なるほどね~。斜面を削ってるのは堀を深くするためってとこか。これなら確かに馬にはきついってもんだね~。あまり見ない布陣だけど、これもお嬢ちゃんの差し金?」
「少し半兵衛に入れ知恵はしましたが、堀のことは言っていないのでこれは信長様の策だと思います」
「はぁ~ん。ほぼ見ない形の防御陣、鉄砲が主な一手。まさに新時代到来って感じだわ」
そう言うと半蔵は目を細めて準備を進めている味方軍を見つめながら黙り込んでしまう。
半蔵が言った新時代到来。
鉄砲は使い方さえ分かれば誰でも使えるので、訓練や技術が必要な刀や槍、弓に比べれば女子供でも扱える。
南蛮から渡来して以降、織田家だけが使用していたわけではないが、織田信長が鉄砲によって戦に変化を与えたのは事実と言っていいだろう。
その変化を与える大きなきっかけこそ、まさにこの長篠の戦いなのだ。
「時代の変化をこうして肌で感じるとさ~……」
「……?」
「自分みたいな影の存在っていつまで使えるんだろうって考えちゃうよね」
そう言った半蔵の顔は、寧々子がよく見ていたチャラチャラしたものではなく、少し寂し気な表情を浮かべていた。
読了ありがとうございます。
ブクマ・ptよろしくお願いします!
次回! 織田・徳川連合軍本隊、到着!




