第二十一話 見知らぬ将とはいえ
鳥居の回前に。
書きながらおもいましたが、慣れるって結構やばくね。
いや、慣れても嫌なものはいやだよなぁ。
長篠城主・奥平貞昌の家臣である鳥居強右衛門が援軍要請のために岡崎城へ着く三日前のことだった。
織田信長率いる織田軍本隊はここ、岡崎城にて徳川家康率いる徳川軍本隊と待ち合わせとなっていた。
家康はすでに岡崎城へ入城しており、盟友の到着を待っている。
戦支度を進める徳川軍を天守から眺める家康。
その家康の数歩後ろで控えている女性が一人。
「ずっと外を眺めていますね、家康殿。信長様はまだ到着しないと思いますよ」
「分かっていますとも。それとは関係なしに、外をこうしてぼーっと眺めるのが私は結構好きなんです」
「すぐそこでは味方が武田と戦っていると言うのに呑気なお方ですね」
家康のそばに控えていたのは寧々子だった。
先日半兵衛が用意した転移装置で一足先に家康へ合流していたのだ。
全ての事情を知る家康は寧々子を歓迎した。
寧々子は夫・羽柴秀吉に内緒で戦へ参加しており、今は居城である長浜城にいることになっているので無論これもお忍び。
家康へ先に合流した理由は、寧々子がこの戦絡みのエピソードを一つ思い出し、半兵衛に頼み込んで先に行かせてもらったのだ。
「それで、寧々子殿が思い出したと言うこれから起きる出来事というのは長篠城からの援軍要請について、ですか?」
「はい。家康様は一度辿ったというならばご存じなのでしょう?」
「それは奥平貞昌の家臣の、命を懸けた伝令のことでしょうか? 無論ですとも」
「……助けようとはなさらないのですか?」
「あれがあって長篠城は二日もたせることができましたから、無理に変える必要もないかと」
家康がさらりと命を一つ見捨てる発言をしたことに寧々子は顔をしかめる。
だが、この時代的にはこういう判断をすることも時には必要なことも知っているので無理に責めたりはしない。
それでも寧々子は犠牲が少ない方がいいのではないかと思い、こうして馳せ参じたのだ。
かつて、信長は絶世の美女と言われていた妹・お市の方を嫁がせ、信用をしていた義弟の裏切りを受け、義弟を討ち、一族を滅亡へと導いた。
姫が三人残っているのでまだ実質、滅び切っていない。
しかしこの一件で、あまり人にその素振りを見せはしないが、信長は少なからず心にダメージを負っていた。
信じていた者からの裏切りを受けたのだから当然といえば当然。
それを、浅井の城・小谷城攻めの際に信長から垣間見た寧々子。
強く生き残るために人の命を奪わなければならないこの時代、命を奪うことの覚悟と奪われる可能性を常に問われる。
寧々子は戦の回数を重ねて初陣に比べれば殺し合うことにも慣れた。
――慣れてしまった。
殺すことも殺されることも時代が時代故、仕方ないと割り切っていたところがあった。
また、自分は今最後まで寿命を全うする人に転生したので、死なないだろうという思い上がりもあった。
どんなに後に大物となる人物であっても、過激とされる人物であっても、人として生を受けた以上、人の心はどこかに在るのだ。
どんな人も、人を殺さなくて済むのならその方がいいのだ。
大事な部分も思い出した寧々子は、そこで長篠の戦いにおける鳥居のエピソードを思い出してすぐに行動して今に至る。
「援軍が確実に来るという報せと少しでも早くその援軍が着きさえすれば長篠城は持つはずです」
絶対に鳥居を助けるという意志を見せる寧々子に、家康は困ったような表情をする。
「寧々子殿を一人で行かせるわけにもいかないのですよ? いくらこれまでいろんな死線をくぐるような戦を経験し、小規模な軍相手であればある程度翻弄できるあなたでも今回は相手が悪い。ただの武力勝負は武田が圧倒的に上です」
「そうだと思います。だから私がするのは戦ではないです。今回の最初のミッションは鳥居強右衛門を送り届けることであり、戦うことではない」
「このあたりの地理に詳しいわけでもなし、どうやって武田の包囲網をくぐるのですか」
「そこで頼みがあります」
真剣な声と表情を向けた寧々子はそのまま綺麗に土下座をする。
家康はそれにギョッとして「頭を上げてください」と慌てる。
「あなたの時代では土下座は安いかもしれませんが、この時代では安くないですよ? そこまでする頼みとはなんですか」
「服部半蔵を貸してください!」
一拍の間。
「いいですよ」
「そうですよね……家康様を陰から守る大事な存在ですし……え? 今いいって言いました?」
「ええ。武田との戦には忠勝や康政を連れていきますし、長年近侍をしている元忠もいますから私の守りは問題ないでしょう」
「ありがとうございます!」
「道案内と護衛を命じておけばよいですか?」
「はい! 感謝します。武田に仕えている真田家に優秀な忍びがいるはずなので忍びには忍びをと」
「ああ! そういえば。優秀な忍びが絡むなら寧々子殿、今回ばかりは無事ではすまないかもしれませんよ」
警告するように険しい表情で告げる家康に、寧々子は神妙に頷く。
「大丈夫とは言い切りません。でも死にません。私はまだやらなければならないことがあるので」
「……強く、生きる意志があるのならきっと大丈夫でしょう。思いが強い、というのは時に恐ろしい力を発揮しますからね」
そうつぶやく家康の表情には陰りがあった。
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次回、鳥居を送り届けることはできるのか!?(予定)




