7. 未知との遭遇(?)
人間というものは、本当に驚いた時には咄嗟に大きな声なんか出ない。
それはまさに今だ。
さすがにね、いくら楽天家の私でも見てみぬふりが出来ないレベルってものがある訳で。
その日はのんびりとした客入りで、はっきり言えば暇だった。
閉店時間の15時まで開けてはいたけれど、12〜13時の一般的なお昼休み時間が過ぎると、食器をゆっくり洗ってもなお時間が余るくらいには暇な日。
食材が余ってしまうなと確信して、営業後に食べられるよう珍しく自分の賄いを作ってしまったくらいだ。
14時過ぎにいらした、お店のご近所にお住まいだというご夫婦が最後のお客様だった。
大変ありがたい事に、「また来るね」とお言葉をいただいて私はご機嫌だった。
「ありがとうございました!またのご来店お待ちしております」
清々しい気持ちで入り口までご夫婦をお見送りし、ついでに暖簾をおろした。
開けたままだった引き戸から店内を見るまでは、私はご機嫌だったのだ。
例の“ご予約席”に、子供の姿を見つけるまでは。
先程帰ったご夫婦は間違いなく二人だった。
お子様は連れて居なかった。
今度は見間違えなんかじゃない。
癖でまた目をギュッと瞑ってしまったが、今回は目を開いてもまだ見える。
カウンター席の椅子に膝立ちになり、厨房を覗き込んでいる様に見える。小学校低学年くらいだろうか…短い髪の毛の男の子だ。
一生懸命手を伸ばして、厨房から何かを取ろうとしている?
あ、取った。
小さな手には茶色い物体が掴まれている。
そしてそのまま口元に持っていった、食べた…様に見えた。
子供特有のふくふくとした頬が動いているのだから。
それは賄いの…
「私の、生姜焼き…」
呆然とその様子を見つめていた私だが、思わず呟いてしまった。
その瞬間、私の声が聞こえたのか、子供はビクッとした様子で振り返った。
目も合った。絶対合った。
そして、
消えたのだった。
シンとした店内。
チュッチュッと鳥の声が聞こえる。
店の前の道路を車が走る。
今見た出来事を処理しきれない私は、暫くしてようやく暖簾を手に持ったままだったことに気付いた。
「……とりあえず…片付けるか」
暖簾をしまい、ご夫婦が食べ終わった食器を回収しつつ厨房へ。
あの子が手を伸ばして、確実に口に運んでモグモグしてた賄いの生姜焼きは、私が作って盛り付けた形を全く崩さないまま、そこに在った。
「…そうだよねぇ、ラップかけたんだもんなぁ」
自分用に少し雑に作った生姜焼き。
肉をタレに漬け込まず、お肉を甘めのタレとフライパンの上で絡ませてから火を止めて、擦り下ろし生姜を加えるだけ。
カウンター席から死角になるように厨房のカウンター席側に寄せ、ラップをかけた状態で置いておいたのだ。
でも、あの子は手でお肉を掴んで食べていた様に見えた。
「何だったの…生姜焼きの妖精か何かか?」
分からない。
分からないけどちょっと可愛かった。
不思議過ぎて何が何だか全然分からないけど、妙に可笑しくてフフッと笑ってしまう。
「いただきまーす」
賄い食べて、後片付けしつつ考えれば良いか。
封印されしなんちゃらとか、災いをよぶなんちゃらとか、
そう言った類のものには全く見えなかった訳だし。
むしろハッキリクッキリ見えすぎて恐怖感が無い。
外も明るい時間帯だし、心霊現象と言うにはあっさりし過ぎていた。
「おいしー。さすが私」
生姜焼きの妖精(仮)がつまみ食いした賄いは、相変わらずの自分の味で白米と合う。
「そんな食べたかったなら、つまみ食いなんかしないで言ってくれたら良かったのに……なんてね」
やっぱり見えちゃ駄目な感じな存在だったんたろうか、あの子。
いや、見ちゃったけど。
そもそも、春眠亭オープン初日に見た猫背な男の人も、視覚の勘違いではなかったのでは…?
「えー…?」
だとしたら、どう考えても“ご予約席”に何かある。
験担ぎだなんてオーナーは言っていたけど、こんな出来事があればそう考えてしまうのは避けられない。
「オーナーに聞いてみよう…ってか、オーナー絶対何か知ってる。知らない訳ないよね」
とはいえ、本日はオーナーの居酒屋さんはお休み。
昨日の春眠亭閉店後オーナーが来て、
「何だか疲れちゃったから、明日は私の方のお店休むから〜」
って仰ってた。…気ままな不定休って良いよね。
今日はこの後オーナーが来ることはないし、また明日にでも確認してみようかな。そうだ。確認ついでにオーナーの居酒屋さんで何か食べて帰ろう。
「うん、そうしよう。 …ご馳走さまでした」
明日の予定を立てつつ賄いを完食。
使った食器を厨房へ持っていき、後片付けを始めた。
あの子がまた現れるということもなく、その日の春眠亭は終了したのだった。




