42-1. 鶏肉とブロッコリーの中華炒め
喪失感は意外と長続きしなかった。
私は冷たい人間なのかなと思ったりしたものの、目まぐるしい毎日の中で柔らかい思い出として飲み込めたのかもしれない。
私には分からない事がたくさんあって、でも物語の主人公や探偵でもない私は、その謎を解明するよりも毎日堅実に生きることの方を優先してしまうのだ。
もう聞こえることの無い可愛らしい声も、きっとその内忘れてしまう。
それがすごく薄情なことに思えて、深く息を吐き出した。
「今日はなに?」
「今日は、鶏肉とブロッコリーの中華炒めです」
「ふぅん」
突然現れる魂さんにも慣れた。
いきなり振られる会話にも慣れた。
スープのご婦人は滅多に遭遇しないし、今では浅漬けさんくらいだ。
下拵え中の鶏肉が入ったステンレスボウル。
一口大に切った鶏肉に、先程調理酒と塩コショウを馴染ませたからそろそろだ。
キッチンペーパーで水分をとってから別のボウルで片栗粉をまぶす。
「ちょっと喋っていいですか」
別に無言が苦痛になったからではない。
そもそもこんな荒唐無稽な話を他にできる人がいないのだ。
「なに」
相も変わらず頬杖をついて、特に私の話に興味も無さそうな浅漬けさんに聞いてもらおう。
「寂しいです。妖精君とあえなくなって。でも、その上で平気な自分が薄情に思えてちょっと嫌です」
「…そう」
しん…とした一瞬の静寂で『え?さすがにそれだけ?』って表情をしてしまったようで、それを見た浅漬けさんは眉を寄せた。
そしてため息とともに言う。
「“生きる”ってそういうことでしょ」
「え?」
「何もかも鮮明に全てを覚え続けていたら、生きていけないだろ」
「…まぁ」
「ふとした時に思い出すくらいがちょうど良いんだよ。ずっと覚えている、いつも思ってるなんてただの自己満足だ。…それで本人が救われるなら良いけどさ」
「そう…かもしれません」
「そもそもあんたは…」
「はい?」
その先を伝えるか迷う様に目を伏せて、頬杖をついた手をグッとこめかみ付近で握り締めた。
「…俺らに心を寄せすぎてる」
「え?」
「俺らは“魂”だ、“人間”じゃない。肉体がないものに心を寄せ過ぎるな」
「…それは難しい…ことですね」
「なぜ?」
「だって、こうしてお話出来てるのに。下手したらランチにくる常連さんよりお話してるのに、心を寄せるなって言う方が難しいというか。私からしたら魂さんたちは人間ですよ」
ーーふぅ…
返事の代わりにため息が聞こえた気がした。
そんな話をしながらもブロッコリーの芯の部分は厚めに皮を剥く。
この皮を剥くという作業性が一番面倒だと思うこともしばしば。
このあとはブロッコリーを炒める前に茹でて最低限の火を通しておかなくては。
あ、浅漬けさんには今日はこのメインを味見してもらおう。
「本来であれば、こうして会話する事も姿が見える事も無いんだ。それができる人間の方が圧倒的に少ない」
「あ…はい。私もこのお店で働く前まで魂さんたちが見えたりした事無かったです。この場所にそういう力がある…って訳じゃないですよね?」
自分でそう言いつつも、さすがにそれじゃお客様に魂さん達の姿がもれなく見えちゃうことになるか…と思い至る。
いくら“ご予約席”が特別な場所だとしても、それはまた別の問題な気がする。
「ああ。別にこの場所に力があるとかそういう問題じゃないよ、確かに出入口みたいな場所の一つではあるけど。多分…あんたとこの場所の波長が…合うんだろうな」
「なるほど?」
とは言いつつ分からん。
心の中で首を捻りつつも手は淡々と作業をすすめる。
ブロッコリーを茹でて一口サイズにしたので、次は鶏肉だ。
片栗粉をまぶしたものを油でさっと揚げていく。
サラダ油とごま油を混ぜて使います。
油の温度は低めに140℃で。
油を温め始めると、ふんわりとしたごま油の香りが漂う。
鶏肉を油の中に入れるとシュワーとした細かな気泡の音がした。
きつね色よりも淡い位の色で油から引き上げる。
この作業を下拵えした分繰り返す。
予熱でジワジワと中に火が通るように、保温のためアルミホイルで表面を覆っておく。
今回は衣をパリッとさせる必要がないのでね!
「もう少しで味見の分が出来上がるので、ちょっと待っててくださいね」
少しいつもと様子の違う浅漬けさんに、そう声を掛けるが俯いたままだ。
「…どうしました?」
手を止めて厨房からカウンターを覗き込む。
「俺たちが“食べて”も、無くならないのが答えだろ」
「え?」
「“人間”ではないんだ」
「あ…」
さっきの話の続きか。
「でも、以前に“心をもらってる”って言ってませんでした?」
「あぁ」
「それが魂さんたちの“食べる”って事なんだと思ってました」
「だからそれが、“人間の理から外れている”っていうことだろう」
「え」
「あんたはきっと…、いや、ちゃんと…、“食べたら無くなる”人間に対してうまい飯を出すほうが良いんだ」
「それは、どういう…」
「俺たちはいつか、“あんたにとって”突然いなくなる時がくるかもしれない」
「えっ」
「…その時がきたら、また不安に思ったり悲しく思ったりするのか?そもそもの理が違う存在に、そう心を寄せるものじゃない。
……辛くなるのは自分だろ」
パチンと頬を張られたような衝撃だった。
無意識に、人間であるような錯覚をしていたのかもしれない。
食事を出せば、食べる姿は見てるのにいつも盛り付けた状態がそのまま残る…。
それを見て、何度も何度も複雑な気持ちになったのに。
ーーーそれでも。
「“ふとした時に思い出すくらいがちょうど良い”んでしょう?」
「…」
「もし本当に、浅漬けさんにいきなり会えなくなったら心配しますし寂しく思うと思います。
でもきっとそれも、生きるのに精一杯な私は薄情だから、ずっと思ったりしません。…だから、きっと……大丈夫です」
「そうか」
「はい!便りのないのは良い便りとも言いますしね!」
「…そうか」
ふっと浅漬けさんは笑った。
それは一瞬だったけど。




