4. ポテトサラダ
無事に初日を終えた春眠亭は、特にトラブルもなくあれから営業を続けている。
オープンから今日で10日経ったなんて信じられないくらいあっという間だった。
初日の人入りが一番多かったように思うけれど、閑古鳥が鳴くこともなく、ランチタイムは例の“ご予約席”を除いて満席になるのが2巡する程度だ。
この10日間、ふと思い出すのは初日に見た“ご予約席”の人の幻覚(?)だ。
あれ以来そんな視覚の勘違いは起きてないのだけど、やっぱりどう考えても見間違えるものが無いから不思議でしょうがない。
焦げ茶色のカウンターと椅子が、どうやってあんな鮮明な、猫背な男性の後ろ姿に見えたのか。
考えれば考える程分からない。
答えがでないものだから、その都度まぁいっかー!と思考をポイ捨てして終わる訳だけど。
さてそんな中、一番の出来事と言えば春眠亭の常連客が出来たかもしれない事。
『かもしれない』のは、まだオープンから10日しか経ってないからなんだけど、飽きもせず連日顔を出す方を常連と言わずなんと言おうか。
その方は、初日に来店してくれたサラリーマン軍団の一人だ。
ゴロゴロタイプのポテサラに抵抗を示していたから覚えている。
真っ先にお皿からポテサラを排除し、嫌いな物は先に片付けるタイプかなと思っていたのは記憶に新しい。
オープン2日目には顔を見なかったけど、3日目からは皆勤賞の彼。名前は勿論知らないから、勝手に『ポテサラ君』と心の中で名付けている。
そのポテサラ君は来店して席に着くなり必ず私に向かって問いかける言葉がある。
ーそう、まさに今のように。
「今日、ポテトサラダついてますか」
「申し訳ありません。今日の付け合せはじゃがいもではないんですが…」
「……そうですか。でもランチください。大盛りで」
「ありがとうございます。ご用意しますのでお待ちください」
そんなあからさまにシュンとしないでよぅ…。
まだ20代半ば位にしか見えないポテサラ君は、必ずポテトサラダが付いているかどうか聞き、付いてないと少し口角と眉毛が下がる。
最初はゴロゴロポテトサラダが好きじゃないから聞いてくるのかなと思っていたけど、あいにく私はゴロゴロ派。
そこは敢えて空気を読まずにゴロゴロタイプを付け合せにした日、その日も来店してくれたポテサラ君。
いつもの問いに『ついてます』と私が答えた瞬間の瞳の煌めき(かどうかは知らない)。
あ、この子ゴロゴロポテサラにハマったんだなと納得。
当店はメニューが一つのみ、付け合せもメインに合わせた気まぐれチョイスな訳だけど、ポテサラは確かに頻度が高い。
それはポテサラ君の為ではなくて、
ただ単に私がポテトサラダを好きだからっていうのと、味付けもマヨネーズだけじゃ無く幅広くいけるからだ。
じゃがいもの可能性たるや無限大である!
と、まぁ脳内じゃがいも談義はここまでにして。
そんなこと考えつつも手はしっかり動かしている、私エライ。
誰も褒めてくれないから自分で褒めるんだよ、良いんだそれで。
本日の付け合せは、ポテサラ君に言った通りじゃがいもではない。
ただ、『ポテトサラダ』ではある。
本日の付け合せは、『スイートポテトサラダ』である。
ええ、さつまいもっすわ。
甘いお芋をサラダやおかずにするのは生理的に受け付けない!派の方もいらっしゃるとは思うけど、ここは我が城。
店主の気まぐれご飯を出すお店なのだ。
お客様のお好みそれぞれに合わせる事は出来なくても、まずは自分が美味しいと思うものを出す。
お客様にはとりあえず一口は食べてみて欲しいし、それでも駄目だったらごめんなさいだ。
さつまいもを蒸し、ゴロゴロにカット。
細切りベーコンを炒めたら余分な脂はとっておく。
ギトギトしちゃうからね。
マヨネーズを油代わりにさつまいもを炒めつつ形が残るように少しだけ潰す。
そこへ先程のベーコンを投入!
ベーコンの塩味があるから塩は少なめ、ガーリックパウダー少々、粗挽き胡椒は提供前にガリガリっとね。
これってサラダなの?いや違うでしょ?
ポテトサラダの定義って一体何なの?!
そんな疑問はどうだって良いじゃないか!
サラダって思えばサラダよ!
いや、サラダは厳しいかな…まぁ、“付け合せ”ってことで。
ポテサラ君のお眼鏡に叶うかどうかは分からないけど、本日の付け合せはこの子なものでね…。
受けて見よ!ポテサラ君!
この黄金のポテトサラダ(仮)を!!!
あ、さすがにポテトサラダがメインじゃないからね。
外の黒板にポテトサラダの表記だけで喜んでくれるのは恐らくポテサラ君だけだ。
散々ポテトサラダについて脳内騒がしかったわけですが、
本日の表の黒板はこうだ。
『メニューはこれだけ!
本日の店主の気まぐれご飯
大小ゴロゴロミートボールパスタ(トマト)
※パスタ大盛り無料※
オニオンスープ付
900円
白シャツの方はご注意下さい』
トマトソースって案外飛び散りますよね、っていう。