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34. たまご巾着


油揚げを半分にカット

油揚げを半分にカット

油揚げを半分にカット

油揚げを半分にカット…





バグってるわけじゃないんだよ。

こういう単純作業って、つい黙々と死んだ目でこなしてしまうんだよね。


さて、何故こんなに油揚げを半分に切っているかといえば、本日のメニューに必要だからなのだ。


油抜きをした油揚げを半分に切って、中を開いたらそこに卵を割り入れる。

口部分をつまむように楊枝で閉じて、昆布出汁に醤油、砂糖、みりん。

今回は甘めにしたいからお砂糖多めです。

そしてくつくつ煮る。


甘めにしみしみ、シンプルイズベストなたまご巾着。

少し煮汁を多めにして、煮汁に浸しながら食べるのが当店流。


お好みで唐辛子をかけたり、山椒かけたり、かつお節ふったり…アレンジは人の数だけあるんだぜ?


開店前の春眠亭には、煮物の甘い香りが漂う。

醤油は正義だ。

塩分糖分色々論議されてるけれども、やっぱり美味しいんだもの。


お鍋の中には、たまごが入った黄金色の油揚げがきちんと整列してコトコト揺れながら煮られている。

家ではこの量は作らないから、絶景絶景。



「これがメインなわけじゃ無いけど、個人的にはこれだけでご飯食べられるわぁ…」

「顔がすごくゆるんでる」


自分だけだと思っていた空間に、突如別の声がすると驚く。

でも、『ここ』ではそんなのよくある話だから驚かなくなってきた。

またかと視線をご予約席に向けると、呆れたような表情カオでこちらを見ている浅漬けさんが居た。



「来たなら来たって言ってくださいよ」

「来たよ」

「ぐっ…」



可愛くない。

妖精くんを見習ってほしい。

いや、見た目的な意味でも浅漬けさんが妖精くんみたいな中身ならそれはそれで嫌だ。



「で?何でそんな緩んだ顔してたの」

「緩んだ顔って…。まぁ、確かにニヤついてたかもしれないけど」

「うん、すごいニヤニヤしてた」

「だって…!このお鍋絶景なんですよ!そりゃニヤニヤするわ!家じゃ絶対こんなたくさん作らないし!」

「…そっか」



自身で思っていたより勢いがあったようで、頬杖スタイルの浅漬けさんが若干身体を引いた。

返答も心なしか戸惑いが強いように見える。

この良さが分からないとは…。



「まだ味が染みてないから、もう少し待って」

「いや、別に…」

「いいえ、是非食べてみてほしいっす」

「……うん」



お玉で煮汁を掬って巾着にかけつつ、くつくつ。

そんな私を見てるのか、はたまた言いたい事があるのか、浅漬けさんから視線を感じる。



「どうしました?」

「何でいつも食べ物出してくれるの」









何でって…








「え、だって一番最初欲しがってきたのそっちですよ?」

「言い方」

「あ、すんませーん」



軽い謝罪を返すとふぅとため息をつかれた。

本当に“生きてる”みたい。



「せっかく出してくれても、食べるけど残るでしょ。前に自分でも言ってたじゃん」

「あー、はい」



『魂の方々にお食事出すと食べてる筈なのにそのまま現物残ってる問題』ですね。

なるほど、浅漬けさんの言いたいことがやっと分かった。



「つまり、結局現物残るのに、なんで出すのかっていう話?」

「そう」



そんなの簡単だ。



「ここが、ご飯を食べる場所だからですよ?」

「お金とか払ってないけど」

「うーん……まぁ、結局私が食べるので賄い的な?」

「そう、分かった」



それきり、頬杖をついた浅漬けさんは目を伏せて静かになった。

油揚げの巾着は時間が経つにつれ少しずつ色を濃くしている。


少しだけ深めの小鉢に、口部分を封じていた楊枝を抜いてからたまご巾着を入れる。さらに煮汁もかける。



「どうぞ。…まだ染みがあまいかもしれませんけど」



お箸と小さめのレンゲを小鉢とともにカウンター席へ。



「ありがとう、いただきます」

「はい、召し上がれ」



浅漬けさんの持つお箸が、器用に巾着を真ん中から割っていく。

白身は完全に火が通り、黄身は中心がまだトロリとしている。



「そういうものだと分かっていても、不思議だよな」

「え?」



小さく呟いた浅漬けさんの言葉の意味を聞く間もなく、たまご巾着は浅漬けさんの口に運ばれていく。

さらに少しだけ煮汁もレンゲにとり口に運ぶ。


浅漬けさん、ツウだな。

そう、煮汁はそのまま飲んでもらっても塩っぱくないように味を調整しているのだ。

なので意図を分かってもらえてちょっと嬉しい。



「うまいよ」

「ありがとうございます」



ふっと。

安心したように顔が綻んで、でも一瞬のことだった。

そんな浅漬けさんの表情は初めて見た。

なんだか良いことありそう、とかつい思ってしまう。



「多分、だけど」

「はい?」



浅漬けさんは珍しく言い淀むような前置きをして、しかも眉根を寄せている。

なんだい、どうしたんだい。



「こ…心を貰うんだと思う」




















え、どうしたの浅漬けさん。

ポエム?ポエマーなの?

あまりにも予想外の展開に、こちとら口の中乾いてカラカラだぜ!心なしか目も乾いてきてる気がする…!

ちょっと、大事故ですよぉぉぉぉぉ!

誰か!誰かぁぁぁ!





「俺らはきっと、供えてもらった気持ちを食べてるんだ、と思う。…食べてるって言うのはちょっと語弊があるけど」

「あ…そういう…」




あっぶない!

めちゃくちゃ動揺しちゃったけどそういう事ね!

『魂の方々にお食事出すと食べてる筈なのにそのまま現物残ってる問題』の件かぁ。



「まぁ、食べてるのに現物残るっていうのは解決しないけど、もしかしたら感覚を共有してるのかもな」

「感覚を、共有…」

「とにかく。それ以上は分からない。これも合ってるかも知らない」

「いやいや!ありがとうございました」

「ごちそうさま!」

「あっ…」



挨拶を言い捨ててスッと消えてしまった浅漬けさんは、やっぱポエマーっぽい発言が相当恥ずかしかったのではないかと思う。



「お粗末様でした」


空のご予約席に私も呟いて、やはり手をつけられていない状態のお料理を下げる。…あとで食べよう。




キモチを食べる、かぁ。不思議」



それはそれで少し気恥ずかしいような、

くすぐったいような。



「今日も、頑張ろう」



穏やかで優しく、ホッとできるご飯を、

春眠亭のお客様に出さないとね。


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