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32. カジキの照り焼き


カッカッカッ……

黒板にチョークを滑らす音と、文字の書き初めのカツンとチョークと黒板の当たる音。

大人になって聞くことが無くなった音なのに、今では毎日聞いている。



「…よし、できた」



『メニューはこれだけ!

 店主の気まぐれご飯


 カジキの照り焼き

 肉じゃが小鉢

 ご飯、お味噌汁付

 ※ご飯大盛り、おかわり無料

 900円


 ほっこり美味しいごはんです』



「よいしょ…」


黒板を前に出して、暖簾を下げて。


「みくこちゃん、がんばれ〜」


“ご予約席”からは、妖精君の可愛い声援を受けつつ。


「うん!頑張るよー!!」


本日も、テンション上げていきましょう。




***********




カラカラカラ


本日も店舗の引き戸は軽やかな音を立てて来客を知らせてくれる。



「いらっしゃいませー」

「大盛りで」

「はーい、お好きな席どうぞ〜」



本日はカジキの照り焼きである。

鰤の照り焼きしたいところだけど、鰤って最近高いんだよね。

カジキは淡白な味だから、こっくりした味の照り焼きにも合う素晴らしいお魚である。

食感が鰤よりしっかりしてるから、まぁ食べごたえ的にもカジキで良いってことにしよう。


うちの照り焼きは、本当に王道。

酒、醤油、みりん、はちみつです。

焼いたカジキにお酒を入れて、ジュワーっとアルコール飛ばしてから醤油みりんはちみつ投入!ふつふつ煮立たせて、焦げるの焦げないの?ってとこまで攻めるんですよ。

濃い飴色で若干とろみがつくとこで止めるのがポイントです。

これがご飯に合う。

日本人大好きな甘辛味。


小鉢の肉じゃがは、昆布出汁ベースです。

白滝、牛肉、人参、じゃがいも、玉ねぎ。彩りにさやいんげん。

さやいんげんは茹でて別にしておく。

くつくつと朝から煮込んだ味がしみしみの肉じゃが。

照り焼きと同じ調味料を使っているのに、不思議と味が違うんだよね。

料理って奥が深い。


お味噌汁は、豆腐と大葉。

大葉の香りがさっぱりとしてるから、今日のしっかり目の味付けのお口直しにもなる一品。




時折お客様の会話から、「こういうの久しぶり」とか、「家庭の味だよなぁ」だとか聞こえる。

確かに、家庭の味なのは間違いない。なんて言っても田中家の味である。




「店長さん、おかわりお願いします」

「はーい」


こういう日は本当におかわりするお客様が多い。

流石に学習した私は、ランチのピークに合わせてちゃんと多めに用意してあります。


「お待たせしました」


あ、この人もよく来てくれる人。

50代くらいの男性である。

いつもYシャツにスラックスだし、近くでお仕事されてるのかな?


「あぁ、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」


毎日来てくれたって良いんだぜ!

心の中で勧誘しつつ、笑顔で挨拶する。


「ここのお店を若い女性が一人でやってるなんてすごいですね」

「とんでもないです、皆様にきていただいてるお蔭です」

「頑張って下さい」

「ありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します」


目上の人だとつい、前の仕事をしてた時みたいな話し方になってしまう。

向こうもにこにこと話しかけてくれたら、つい。


お食事の邪魔にならないようにテーブルを離れて、たまった食器を洗いつつ、店内にも目を配る。

営業にも慣れてきたものだ。


そんな私をにこにこと妖精君は見つめてくる。

彼は私が店内や厨房で動いているのを見るのが楽しいらしく、最近では営業時間内に来てはにこにこと他のお客様に混じってカウンター席についている。

ちなみに、飽きたらいつの間にか居なくなってる事が多く、私もそこまで気にしていない。

子供とは、飽きやすいものですから。



***********



カラカラカラ


「いらっしゃい ませー」


一瞬間が空いてしまった。

私の声にペコリと頭を小さく下げたのは、いつぞやのコロッケ少年。

そうだ、部活仲間と喧嘩して落ち込んでた少年。

すごく青春している少年である。


……と、いうか学校は?



「お好きな席にどうぞ〜」



声をかけつつもちらりと腕時計を見る。

現在13時25分。

今日は平日だし、やっぱり学校…あるよね?

ちなみにお店は、すこし落ち着いてきている。

やっぱり12〜13時が一番ピークなのである。


「大盛りかな?」

「あっ、はい」

「お待ちくださーい」


明らかにお一人様外食に慣れてない様子なので、こちらから声をかけつつテキパキと用意する。

厨房から様子を見るが、大きな身体を縮こませて座っている。

……そんなにお店狭くないぜ、普通に座ってくれよ少年。



「はーい、お待たせしました」


トンッと少年の前に本日のご飯をだすと、小さく「あざっす」と聞こえた。

礼儀正しい少年である。


そうしている間に、遅めお昼で仕事に戻ると思われる人々のお帰りピークがまた起こり、お会計を捌く。

これが終わると、終わりモードになるんだよねえ。

皆様に心を込めてありがとうございますを言って、午後のお仕事へと送り出す。


この時少しだけ、

『フォォォォ!……俺のパワーを…送っておいたぜ』

的な寸劇をお客様の背中を見ながら妄想してしまう。

いい大人になっても頭の中でアホな妄想するのはやめられないものである。

でも、これが心の余裕ってやつだと思う。

前の会社の時は全くそんな余裕無かったし。あはは。






さてさて、ちょっと気になる少年に、聞いてみようかな。



「今日は学校は?」

「あー…午後は授業ないんです今日」

「そうなの?」

「はい」

「そっか、じゃあゆっくり食べて下さいね。おかわりもできるからね」



ならば、ヨシ。

いや、正直学校サボったって良いけどもね、そういうのも必要な時ってあるだろうからさ。

でも、大人としては子供が目の前に居たらちょっとは気になるもので。

まぁ、相手からしたら鬱陶しいだけとは分かってるんだけどさ。

私も若い頃はそう思ってた側だし。

若いうちは色んな経験をすれば良いし、大人になったら不思議とわかることって言うのが結構あるものだ。

あのとき何でそう言われたのか、とか。

うるさいうざいって思っていた事を、理解出来るようになる。


ただ、大人になってもそれが分からない人は、

“分からない事が分からない”人種だからきっとその先も分かることはないだろうと思う。

こればっかりは難しい問題なので、そういうタイプの人間とは個人的には関わりたくない。

面倒くさい。



ちらりと少年に視線を投げると、黙々と、ガツガツと勢いよくご飯を食べている。

今日は若者向けのメニューではないからちょっと心配だったけど、嫌いでは無さそうだから良かった。


今日は以前に来たときと違い、元気そうだし、あの後喧嘩した部活仲間とも仲直りできたみたいかな。

良かった。




「おかわりお願いします!」




元気よく告げられた言葉に、くすりと笑みがこぼれる。


「はーい」

「はーい」


私の返事を真似するように妖精君が続く。

さらにほっこりして、より笑顔になってしまう。


あ、もちろん少年には妖精君の声は聞こえていないけれど。




たくさん食べて、頑張れ少年。

おかわりのご飯を運びながら思う。

今日も春眠亭は平和である、と。

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