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30. マキネッタ


「こんばんはー」

「あら、いらっしゃいませ」

「ご飯と肉豆腐お願いします」

「はい、お待ちくださいね」


19:00過ぎ。

居酒屋桔梗である。

今日は母が会社の食事会があるとの事だったので、良い機会だったから『ゆきこちゃん』のことを聞きに桔梗で晩ごはんにする事にした。


どうやら桔梗は、おかずの種類がかなり少ないようなので、今日も肉豆腐を注文。美味しいから何度食べても良い。


「はーい、どうぞ〜」

「ありがとうございます」


桔梗は暇そうである。

ぐるりと店内を見渡すが、四人掛け席に一人おじいさんが居るだけだ。

日本酒と、漬物、肉豆腐がテーブルに載っている。


…これならオーナーに話かけていても大丈夫そうかな。


「オーナー」

「なにかしら?」

「このお店って、オーナーがおいくつくらいの時にお母様から引き継いだんですか?」

「…そうねぇ、私が50歳くらいの時かしら…?引き継ぐと言っても、母と私で一緒にやってた時期もあるから、私が一人でここをやり出したのがかれこれ25年くらいね」


…てことは、オーナーって最低でも75歳にはなってらっしゃるって事?

さいきんの70代って若いよねぇ。一昔前の70代って、こう言っては何だけどもっとヨボヨボだった気がする。


「そうなんですね、お母様と一緒にやってたなんて素敵ですね」

「ふふ、そうねぇ。あの頃は母に頼り切りな部分があったから、一人で始めた時は苦労したわ」

「分かります。一人でやるって想像より大変ですよね」

「そうなのよ〜」





********






一人でお店を切り盛りする大変さから話が脱線して盛り上がってしまった。

冷めてしまったが、相変わらず肉豆腐美味しい。



「雪江ちゃん、おかわりちょうだい」

「はーい」


渋い掠れた声は、一人で来ていたおじいさんだ。


「シゲさん、お米は食べなくて良いの?」

「良いんだよ」

「そぉ?ちゃんと食べないと体に悪いわよぉ?」


私はカウンター席なので、四人席には背中を向けて座っている。

ただ、店内に他に音がないのでやたらと人の会話が聞こえてしまうのだ。

別に聞き耳立ててるわけじゃないんだからね!



「ふっ…ゆきこさんと同じ事言うよなぁ」

「あー、そうかしら?」

「やっぱり親子だよ、年取って益々似るもんだ」

「毎回その話して〜」



…おじいさんグッジョブ。

やっぱり“ゆきこちゃん”は雪江さんのお母様だ。



穏やかに思い出ばなしに興じているお二人を邪魔しないように、そろそろお暇しましょうかね。



「ごちそうさまでした」

「あら?もう良いの?」

「はい、しっかりいただきました。美味しかったです」

「そう、良かったわ」



お会計を済ませて外に出た。

さて、珈琲でも飲みに行っちゃおうかな。






*******







「いらっしゃいませー」

「こんばんは」


見たことある店員さんに会釈をしつつ、店内へ。

端っこの落ち着ける席をとってから、注文カウンターへ向かう。

カフェ店長さんは…居ないみたいだ。


「エスプレッソお願いします」

「はい、こちらはお席にお持ちします」

「はい」



一人掛けソファに沈み込み、スーッと鼻から息を吸い込む。

珈琲豆の匂いが充満しているこのお店は、心が落ち着く。

アロマ効果みたいな?



「お待たせいたしました」

「ありがとうございます」


少し待って席に届けられたのは、お馴染みのエスプレッソ。

通常の珈琲よりもカップがだいぶ小さい。

ただ、味も香りも濃厚なので、普通のカップに並々入れられてもくどい。計算されてるんだよねぇ。

直火式エスプレッソを出すこのお店は、小さいカップにエスプレッソを入れて出してくれるのに加え、マキネッタに入ったままの二杯目も出してくれる。

あ、マキネッタって直火式エスプレッソメーカーの事っす。

前にカフェ店長が聞いてないのに説明してくれて、名前の響きが可愛いから覚えている。マキネッタ。



小さなカップの小さな取っ手をつまむように持ち、一口。

あ〜染みる。

鼻を抜ける香りと、深い味わい。

この純粋な苦味が良いんだよ。

美味しい〜。




さて、珈琲飲んで現実逃避していたいけど、分かった事を整理しよう。

“ゆきこちゃん”はやっぱり予想通りオーナーのお母様だった。

しかも、スープのご婦人曰く『視える人』だった。

オーナーが一人でお店をやり出したのが約25年前。

それ以前はオーナーとお母様二人でやっていた時期もあった。

おそらくオーナーが一緒にやる前はお母様が一人でやっていたはず。

…スープのご婦人、『ちょっと来ないうちに』って言ってたけど、少なくとも25年間来てなかったんじゃないの…?

魂さんたちと時間の流れが違うって言っても、随分違うけど!



まぁ、スープのご婦人は別に“ゆきこちゃん”の行方を知りたがってた訳でもないし、私の知りたい欲求は満たされたしもういいか。

だって、オーナーが恐らく75歳、オーナーのお母様は結構なお年だろうし、もしくはもう……。

だったらスープのご婦人の言っていた通り、『ご縁があればまた会える』って事にしておこう。


エスプレッソを飲み干し、二杯目。

マキネッタを傾けて小さなカップに注ぐ。


「あー……美味しい」



仕事終わりのビールも良いけど、

仕事終わりの美味しい珈琲も負けないくらい良い。



今日もお疲れ様でした、私。


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