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3. オーナー


「え…」

溢れた声は驚きのあまりカッサカサに掠れていた。


だっておかしい。

お客様が居るわけがない。最後のお客様は帰ったんだから。

そもそもその席は空けておく約束なのだから、そこに人がいる訳がないのだ。

…でも人が視える。

カウンター席に座ってこちらに背を向けている、男性だ。

細身の…少し猫背な…


思わず目をギュッと瞑る。

会社員時代から、目が疲れた時によくしてしまう私の癖の一つだ。

こうすると少し冷静になれる気がするし、目の疲れもとれる気がするし、何なら肩こりも和らぐような気がする。






いやいやいや!

お客様放置とかやばくないか私!

すっと存在感消してランチ出されるの待ってたかもしれないじゃん!

ハッと最悪な可能性を思いつき、目を開けると同時に足をさらに一歩踏み出し声をかけようと………


「あれ?」


誰も居なかった。


狭い店舗をぐるりと見回す。

誰も居ない。


「びっ…くりしたー…。初日に大失敗したかと思った」


どうやら何やら視覚が勘違いを起こしたらしい。

まぁたまにあるよね、看板とかが人に見えたりする事。


何はともあれ、後片付けだ。

食器を洗って、コンロ周りの掃除、店内清掃してそれから…

やることはたくさんあるし、時間は限られている。

まずはきっちり初日を終わらせるぞー。








******



カラカラカラ


「お疲れ様、初日はどうだった?」


店舗の引き戸を開ける音がして厨房から顔を出してみると、オーナーだった。


「あっ、お世話になります!初日は意外と好調でした!

すみません、もう終わるので…」


片手に布巾を持ちつつオーナーに挨拶をすると、オーナーは目尻を下げて微笑んだ。


「そんな丁寧にお掃除してくれてありがとう。時間は大丈夫よ、ちょっと気になって早めに来ちゃっただけなの」


無事に初日が終ったなら良かった、と微笑みながら店舗をくるりと見回したオーナーは、“ご予約席”のところで視線が止まった。


「あ!お約束通りそこのお席は確保してあるんですよ!」


「まぁ、ありがとう。素敵なプレートね。これ、このまま夜の時間もお借りして良いかしら?」


「どうぞどうぞー!素人作品なんで雑な作りですが、それでも良ければお使いください」


「あら?美久子さんが作ったの?器用ねぇ」


話はしつつもオーナーにお茶を出し、掃除の手は止めない。

こちらのオーナー、立花タチバナ 雪江ユキエさん。

御年推定70歳くらい?

レディにお年を聞くわけにも行かず、特に知らなくても問題ないからそのまま聞いてない訳だけど、本当に素敵な女性なのだ。

物腰柔らかく、お年は召してらしているが纏っている雰囲気で“お年寄り”と表現することが憚られる。

居酒屋というより、小料理屋って感じの方なのだけど、

オーナー曰く、

『お料理よりもお酒が好きなの。だから居酒屋よ』

との事。

そのへんのこだわりは御本人にしか分からないところである。


「そういえば、聞こう聞こうと思って忘れてたんですけど…なんであの席は空けておかないといけないんですか?」


掃除も終わり、中腰の姿勢に疲れた私は腰を伸ばしつつずっと気になっていた事を聞いてみた。


「そうねぇ…験担ゲンカツぎみたいなものね。

今までは私のお店だったけど、他の方も使うのであれば一緒に験を担いで欲しかったのよ」


「なるほど…商売には大切なことですもんね」


そういうものかと思ってしまえばそれまでだ。

雑談しつつふと腕時計を見ると、17:31だった。


「え!こんな時間?!ごめんなさい、開店準備大丈夫ですか?」


「大丈夫よ〜。こちらこそ引き止めちゃってごめんなさいね」


そこからは大急ぎで余った食材を冷蔵庫から出しまとめた。


「バタバタしてすみません!では失礼致します!」


「慌てないで大丈夫なのに〜、お疲れ様〜」


カラカラカラ!

すこし大き目の引き戸の音を残して、春眠亭の初日は幕を閉じたのだった。








「何か飲むかしら?」


私が店を出て引き戸を閉じた後に、オーナーの大き目の独り言が聞こえたけれど、両手に荷物を抱えつつ隣の駐車場に歩き出した私は、みんなも結構独り言言うんだなぁ、程度にしか思わなかったし、車に乗って歌を口ずさんだらそんな事さえも記憶の隅に追いやってしまうのだった。



明日のメニューはあれにしよう。

それよりもまずは帰ったらお風呂に入ろう。

パックもしちゃおう、スキンケアは大事だからね!

眼精疲労もあるのかもしれないから、温かくなるアイマスクもドラッグストアで買って帰ろうかな。

あ、それなら腰に貼る湿布も…




田中美久子、明日も頑張ります!



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