26-1. 冷や汁
暑い。
まだ梅雨入り前なのに暑い。
ムワッて暑い。
何なの?!
日に焼けちゃうでしょうが!!
さて、夏になる前に早くも暑さに負けそうな私、今日のメニューはあまりここらへんでは馴染みのないものにしようと思います。
『メニューはこれだけ!
本日の店主の気まぐれご飯
ちらし寿司
冷や汁
ねばねば冷奴
900円
最近暑いから!』
さて、冷や汁です。
お馴染みの地域の方は『何を今更』と思うかもしれませんが、私は全く馴染みのないお料理でした。
大人になるまで存在は知っていても食べたことは無い、あえて食べなくても…くらいの感じで。
ご縁とも言うべきか、会社員時代に東京の味噌汁専門店で初めて口にしたのです。
その衝撃ったら…!
実はちょっと…小馬鹿にしてたんですよね。
『どうせお味噌汁が冷たいだけでしょ』って。
違うんだよ!全然違う!冷や汁は“冷や汁”って料理なんだよ!!
“冷たくなったお味噌汁”じゃないんだよ!
具材は魚?ときゅうりと茗荷だけだったけど、さっぱりとしつつもお出汁の深い味わいを感じられる…。
こんなにシンプルな料理なのに、それに反した素晴らしい味。
まぁ、そんな感じで非常に感動した当時の私は、『冷や汁 作り方 簡単』で検索しました。
検索に『簡単』ってつけるのは、ほら…性格だから。
面倒なことしたくないタイプだからね、面倒だと二度と作らなくなるんだよ。続けるための効率化っていうか……、
美味しければ良いでしょうが!!
そして家でも定期的に作るくらいになりました。
煮干しとごまをフライパンで煎って、すり鉢でゴリゴリ…ゴリゴリ…すごく潰します。
あ、煮干しは“いりこ”とも言うよね。ちなみに頭と内臓は取っておきましょう。…何でかって?
検索した時に書いてあったから!!
深くは追求しない、それが私。美味しくなればそれで良いのだ。
そしてお味噌。
何かね、特にこだわり無いのでいつも使ってる合わせ味噌です。
すごく潰したやつと味噌を混ぜーの、それをフライパンで焦げ目をつけーの。
これで冷や汁の半分は完成したと言っても過言ではない!…気がする!
具材のきゅうりは薄く輪切りにして、塩もみしておく。
茗荷も縦にスライス。
大葉も細く切っておく。
今日は氷も多めに用意が必要だったので、それも用意済!
あとはミネラルウォーターでお味噌を溶いて、ランチタイムまで冷やしておく。
「念の為試食しよう、そうしよう」
お椀に少しだけ入れて、少しだから氷も一粒。
くるりとかき混ぜたら口をつける。
「うううまー!我ながら!我ながら!簡単なのにお出汁の味!」
「あっ、じゃあ私もほしいわぁ」
もう驚かないもんね。
スッとカウンター席を見ると、
「スープのご婦人…」
「スープのご婦人?」
ついあだ名を呟いてしまい、相手もオウム返しに首をひねる。
「あ、いえ、そう心の中で呼んでたので」
「そうなの。別に良いけど、私もそれ欲しいの」
スープのご婦人の目線は冷や汁に一直線。
「あ、今用意しますね」
「ありがとう」
******
「これ美味しいわー。変わってる」
スープのご婦人にお気に召したようで、にこにこと感想を伝えてくれている。
「ありがとうございます。冷や汁っていうんです」
「へぇ、そうなのね」
「そういえば、ゆきこちゃんはお元気かしら?ここのところ会ってないのよねぇ」
誰それ。
「“ゆきこちゃん”て方は存じ上げないですが…」
「あら?ここでお店やってるのよ?」
「……ゆきえさんではなく?」
オーナーのお名前が“雪江”さんだ。
ニアミスなお名前なので間違いかな?
「違うわ、ゆきこちゃんよ」
「うーん…“ゆきこ”さんて方はやっぱり知らないです」
「そうなの?………もしかして、結構時が経ってるのかしら」
スープのご婦人は思案するように顎に手を置いて呟いている。
「以前は“ゆきこさん”がここで働いてたんですか?」
「そうよー!ゆきこちゃんも貴方みたいにお話できたら、楽しかったわぁ。ちょっと顔出さない間にいなくなっちゃってたのねぇ」
「仲良しだったんですね」
「えぇ、色んなお話をしたわ。私が名前を覚えてるのはゆきこちゃんだけだもの」
「そうなんですね、じゃあ、ここの大家さん(オーナー)にゆきこさんのこと今度聞いておきましょうか?」
「うーん…いいわぁ別に」
「えっ、そうなんですか?」
「だって、ご縁があればまた巡り会うもの」
うふふ、と少女のように笑って、
「ご馳走さまー」と消えてしまった。
相変わらず去り際も突然である。
“ゆきこさん”と、オーナーの名前が似ているので、こっそりオーナーのお母様なのではないかと思ってしまった訳だけど、
『ちょっと顔出さない間に』ってスープのご婦人が言ってたし、さすがにそれはないかな。
『ちょっと』って言ってたし。
……さすがに、ないよね?
やっぱり個人的に気になるので、機会があればオーナーに聞いてみよう。
…うん、そうしよう。




