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25. ころんころんコロッケ


土曜日、13:45。


お昼のピークも終わり、ここからの時間は『もう締めちゃおうかな』と思うくらい持て余す。

ティータイムメニューとかないから、春眠亭コノオミセ


ちなみに本日の黒板は、


『メニューはこれだけ!

 本日の店主の気まぐれご飯


 ころんころんコロッケ定食

 ※ご飯大盛り、おかわり無料


 900円

 かわいい名前に反してボリューミー!』


小判型のコロッケではなく、団子型のコロッケである。

混ぜ込む挽肉と玉ねぎを濃い目の甘辛に煮て、蒸かし潰したじゃがいもと混ぜる。

ころんとした型に整えて、小麦粉たまごパン粉。

キツネ色になるまで上げたら完成。


付け合せはもちろん、シャキシャキ千切りキャベツ。

その横にミニオムレツ。

ミニオムレツは本当に簡単な代物で、卵をそのまま油をひいたフライパンへ入れたら、すぐ黄身を潰しつつ混ぜる。

チーズとケチャップを真ん中に落としたら手早くたたむだけ。

あまり玉子をフライパンの上で伸ばしすぎないのもポイント。

フライパンの接地面じゃない側が半熟の内にたたんでしまうのだ。


ころんとしたコロッケを7つのせたらメインのお皿は完成。


本日の汁物はお味噌汁。

でも、ちょっと変わり種(?)である。

人参の千切りのお味噌汁である。

仕上げにバターを投入。

お味噌汁にバターって意外と合う。

一気に洋風になるんだよね。

個人的には一味唐辛子をかけるのがオススメです。


今日のお客様方は、「ん?美味しいけど…なんか変わってる?」っていう反応をされてる方が多かった。



ちらりと時計を見ると14時になるところ。

今日もうお客様こないまま閉店時間になりそうだし…

材料もあと二〜三人分くらいしか残ってないし、早めに締めちゃうか。


暖簾しまおう。




カラカラカラ

引き戸を開けて外に出る。


「あっ…」


小さな声が聞こえて、その方向を向くと、高校生くらいの男の子がいた。


「こんにちは、お食事ですか?」


立ち位置からしても入り口に近いし、通りすがりだとしても念の為声を掛けておく。

営業活動大事。


「あの…」


声ちっちゃいな、少年。

人見知りかな?

斜めがけのスポーツメーカーのバッグに、日に焼けた180はありそうな長身。いかにも運動部っぽい。

一生懸命話そうとしてるので、彼の言葉を待つ。


「飯、まだ大丈夫ですか」

「もちろんですよ!どうぞー!」


暖簾しまおうとしてたのは秘密である。


「お好きな席にどうぞ!うち、メニューは一つだけなんですが、大丈夫ですか?」


四人掛けテーブル席に座った彼に声をかける。

物珍しそうにキョロキョロと店内を見回していたが、私の言葉にこちらを向いた。


「…大丈夫です。大盛りいいですか」

「はい!かしこまりました。少々お待ちください」



ジュワ〜っとコロッケを揚げ始める。

その間にも厨房から運動部っぽい少年を観察。

珍しくスマホとかいじらないで待っている。

今じゃ老若男女、揃って待ち時間はスマホいじってるのに。




「はい、お待たせしました」

「あっす……いただきます」

「はい、召し上がれ!」


ペコリと私に会釈してから食べ始める。

手が大きいせいか、彼が持つとお茶碗がすごく小さく見えてしまう。


「うま…」


小さな称賛の声を背に厨房に戻り、厨房の片付けをなるべく音を立てずに始める。


しかし…少年よ。何か悩みでもあるのかね。

『うまい』と言ってくれたのに、モソモソと。憂鬱さが彼を取り巻いているのが初対面の私でも分かる。




「なんだ…珍しくここが鬱々としてるな、出直すか」 


突然“ご予約席”に現れた浅漬けさんは、それだけ呟いて一瞬で消えた。

ねぇ!何しにきたの本当に!


しかし、やっぱりお悩み事があるのかな。

浅漬けさんが『鬱々と』と言うくらいなんだから、私の勘違いじゃないんだろう。

彼のご飯も進みが遅い。

うーん…年取ると、お節介になるよね。相手が求めているかは別として。



「お口に合いませんでしたか?」

「…えっ?!」


突然話しかけた私にびっくりしたのか、少し大きめな声量の『えっ』いただきましたー。


「あまりお箸が進んでないようにお見受けしたので…突然すみません」

「あっ…いえ、違くて…その…美味しいです…本当に」

「そうですか?なら良かったです」

「あ、はい…」


俯きがちで、ちっとも美味しそうに食べていない。

そもそも、心ここにあらずって感じに見える。

食事を作業にしたら損だよ少年。


「何かお悩み事でも?」

「え!」

「突然ごめんなさい。ずいぶん沈んでるように見えたから」

「……」


まぁ、いきなり入ったご飯屋さんで悩みなんて言わないわな。

分かってた!


「今日のコロッケは、お肉と玉ねぎを一度味を付けて煮てから、ふかしたじゃがいもと混ぜて、油で揚げてるんです。

…コロッケ作ったことある?」

「え?いえ…ないっす」

「そっか。コロッケってコンビニとかでもよく見る食べ物だけど、いざ作ろうとすると意外と手間がかかるんですよ」

「はぁ…」


何言ってんのこのおばさん、て感じ?

だよねぇ。


「私はご飯を食べてもらうことで商売をしているけど、せっかく来てくれたなら、お客様にはお腹を満たすだけでなく、ちょっとだけ幸せになって帰って欲しいんですよ」

「…“ちょっと”なんですか」

「そりゃ、この飽食の時代に、ご飯を食べて最上級の幸せ感じる人間が何人いると思います?ちょっとで良いんです。『あぁ、幸せ』程度の」

「……」

「コロッケ、さっきの私が伝えた工程を踏まえて、是非食べてみてもらえませんか?」


怪訝な顔をしながらも、

根が素直なのかコロッケを食べてくれる。





サクッ

「……甘い」



サクッ

「……うまい」


コロッケを食べてそのままの勢いで白米を食べる。

味噌汁を飲んで、ふーっと息を吐いた。







「あー…………………、




 …すげぇ美味い」

「ふふ、ありがとうございます」





「部活で仲間と喧嘩になったんすよ。すげーモヤモヤしてて」

「そうですか」

「もう少し、分かってくれてると思ってたから、腹立って」

「うんうん」


私にポツリポツリとこぼしながらも、先程とは違い、バクバクとご飯を食べ進める少年。


「おかわり!」

「はーい……どうぞ」

「あざっす」



結局、おかわりをした少年はモヤモヤを私に話して心なしかスッキリしたようだった。


相談?のってないけど。

ただ話聞いてただけなんだよね、私。


でも、ちゃんとご飯食べて、美味しいって言ってたから、

彼は大丈夫だと思う。








「あー…うまかったっす!また来ます!」

「ありがとうございました」

「あの!」

「はい?」


「…確かに、“ちょっと”だけ幸せになりました!

 じゃ!」


自分で言って恥ずかしかったのか、走って出ていってしまった。














「青いなぁ。眩しい」



歳を重ねると、青春は輝きすぎて眩しい。

でも、妙に心にグッとくるものだ。

頑張れ少年!

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