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17. きゅうり

朝の仕込みをしようと家を出たら、近所のおじいちゃんから、きゅうりを貰った。


「○☓〜§※¶から、ほうっちまうんでもってけぇ」

「…もらっていいの?ありがとう」

「おう」


野菜いきなり貰うのは、田舎あるあるである。

よっぽど訛りの強い地方なわけじゃないのに、何を言ってるのか聞き取れない。特にお年を召した方。

これも田舎あるあるである。

…前半なんて言ってたんだろうか。

まぁ、くれるっていうからもらう。

ありがとうおじいちゃん。


さて、大きくて売り物にならない程形がイビツなきゅうり達がたくさんである。

これは、予定を変更してアレを作ろうと思う。



*******



カラカラカラ


「おはよう我が城!」


シンとした店内で、大声あげてる変な人が来ましたよっと。

こういう時に“ご予約席”の人が居てほしいぜ。


店内の清掃を済ませたら、本日の準備だ!

さて、本日はこのいただいたきゅうりを付け合せにしようと思う。

きゅうりたちを洗って、水気を切って。


「はい、まずはきゅうりを拍子木切りしまーす」


とはいえ、曲がりくねったきゅうりなので綺麗な拍子木切りにはならないんだけどね!

でも美味しそうだ。やっぱりなんでも見た目じゃないのだよ。

ひたすらきゅうりを切って、こんもりとザルに積み上がったら、ここからが本番です。


「あたためた中華鍋にごま油をいれて、きゅうり投入!」


きゅうりのもつ水気でジュワーッと元気の良い音がする。

ごま油の香りが店内に広がる。

きゅうりは焦げないようにかき混ぜながら、鮮やかな緑色から黄緑っぽいような若干茶色っぽいような色になるまで炒める。


「そしてここにぃぃぃ!穀・物・酢!」


きゅうりが隠れるくらいにたっぷりと酢を投入。

とたんに空気が酸っぱくなる。

焦げないようにかき混ぜる手は止めないぜ!


「そして、お醤油、みりん、多めのお砂糖!」


いや、大さじいくつとかね、分からないわけですよ。

とにかくお砂糖は多め。これポイントね。


お砂糖が入って焦げやすいので、固まらないようにさらによくかき混ぜます。

小皿に少し汁をとって味を見る。


「お砂糖もう少しだな…」


さらにお砂糖を加え炒める(煮てるような感じだけど)。

そして、仕上げに鷹の爪。

パラパラと入れて、中華鍋の中で馴染ませて終了。

冷ましておけばランチタイムにちょうど良いだろう。


「よし、出来上がり!和風ピクルス!」


田中家はいつもきゅうりをたくさんお裾分けでいただくと、これを作るのだ。

多少日持ちもするし、なによりご飯に合う。

味は甘酸っぱい。でもおかずに出来る甘酸っぱさなんだよねぇ。

家だと冷やして食べるんだー。


「……むりだ」


小さい声にふと“ご予約席”を見ると、いつぞやの猫背の浅漬けさんがいた。


「おはようございます。どうしました?」

「……なんできゅうりを炒めるんだ。きゅうりを炒める意味が分からない」


心なしか以前見たときよりも更に猫背になってる気がする。

あれかな、きゅうりは生でサラダとかスティックとかで食べたい人なのか。


「きゅうりを炒めちゃ駄目なんて決まりないですからね」

「信じられない…むりだ…」


あー…生理的に受け付けないってやつ?

酢豚にパイナップルとかもだめな人多いよね。

私は、それはそれでイケる派。


「あー…じゃあ、ただのきゅうりスティックどうぞ」


拍子木切りしたきゅうりを載せたお皿にマヨネーズをすこし絞って“ご予約席”に出す。

ちなみに、“ご予約席”に出したお料理は、皆さんがお食事された後に私が食べてます。だって手付かずで残ってるからもったいない。


「きゅうりスティック…」

「だって、まだ炒めたやつしか作ってないですし」

「…いただきます」

「はい」


静かにきゅうりスティックを食べる猫背の浅漬けさん。

シュール…!


「あ、皆さんに出した料理って、食べてるのに手付かずなのは何ででしょうか?」


この前のミルクスープのご婦人にした質問を浅漬けさんにもしてみる。


「そんなことは知らない」

「アッ、ハイ」


瞬殺。やっぱりミステリーはミステリーのままなのか。


「あの…」

「なに」

「ここにくるポイントって、閉じてる時があったりするって聞いて」

「あぁ」

「しかも誰かがきてる時は、後から来れないってきいたんだけど…」

「そうだね」


くぅぅ、何この手探り感…!

全然情報もらえませんけど!


仕込みの手を止めずに話しかけるも、あまりにも手応えがなくて心が折れそうだ。


「なんで定員一人なのかなぁーって」


アハハーと笑いながら問いかければ、きゅうり片手に呆れたような顔をされた。


「…君は、一人掛けの椅子に二人で座る?」

「え、だよ狭い」


どんなバカップルだって話でしょ、それ。


「そういうこと」

「どういうこと?」


いまいちわからず聞き返す。


「“ここ”は、一人席なの。狭いだろ?“そういうもん”なの」

「えー、じゃあ“ここ”以外だと何人も来れる場所があるってこと?」

「むしろ“ここ”が珍しいんだよ。大抵の場所なんか、何人だろうが行き来自由だし」

「へぇー…」


「…さっきの、食べる」

「え?」

「炒めたきゅうり!」

「え、でも無理だって…」

「いいから!」


あー、はい。

食べるんですね、了解っす。

小皿に少しよそって出す。


「どうぞ」

「…くっ」

「いや、無理に食べなくても…」

「いただきます」

「あっ、召し上がれ…」


シャクッ…


不思議だ。“食べてない”のに、食べてる音がする。


「こっち見んな」

「あっ、すみませーん」


塩である。非常に塩対応な浅漬けさんである。

浅漬けだけに、さっぱりってか。あはは。

…ごめん。

そんな馬鹿な事考えてるけど、ちゃんと仕込みはしてるんだからね。

今日は鶏肉メインだからね!

鶏もも肉の下ごしらえは丁寧に。

筋切りや、黄色い脂部分の除去等しっかり。

隠し包丁も入れておく。火の通りが良くなるからね!


「ごちそうさま」

「あっ、はーい。お粗末様でした」

「……悪くなかった」


何がだ、あっ、きゅうりか。


「それなら良かった」

「あぁ。またな」

「はい、また」



スッと姿が見えなくなり、生のきゅうりと、和風ピクルスがカウンター席に残された。

どっちも、きゅうり。

そのままでも美味しいし、マヨネーズつけても美味しい。

炒めて手を加えても、美味しい。

どう料理するかは、その人次第って事だ。

それって、



「人生と似てるね」


きゅうりが、じゃなくて、

料理は、人生と似てる。


みんな違う味で、それぞれ好みは違えども、それぞれ美味しい。

誰かにとって好きじゃない味も、他の誰かにとっては好きな味だったりする。

それぞれ認め合って、共存してけばいいのだ。



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