12. 浅漬け
「やっぱり土曜日か日曜日か…」
とある暇な日曜日の昼下がり。
オープンからもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。
実は春眠亭、定休日の設定をしてないのです。
客入りを見て決めようかなーってフワーっと考えてたんだよね…
会社員時代に比べれば拘束時間は短いけど、ちゃんとしたおやすみがないってやっぱり厳しい。
こうして営業してみると、当初の想像より土日が暇なのである。
平日は働いている方が来てくれるのだが、土曜日、もっと言えば土曜日より更に日曜日が暇なのである。
店舗がファミリー層を呼び込めるほど広くないし、メニューが一つというのも土日のご家族連れが来にくい理由だと思う。
「こればっかりは、しょうがないのよねぇ…」
出来ない事は、やらない。
人を雇うほど余裕はないし、メニュー数を増やすだとかは無理だし現状するつもりもない。
お店の運営に関してはこのままの形で続けるつもりだけど…。
「よし。日曜日を定休日にしちゃいますかね」
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『来月より、
日曜日を定休日とさせていただきます。
春眠亭』
「これで良し、と」
数枚のA4用紙に手書きで書いて、適当な場所に置いておく。
営業中は店内にも掲示しておけば良いだろう。
あとは、口頭で案内すれば…。
「それでは、今日も張り切って仕込みしますかー!」
「ふっ」
「ん?」
今、鼻で笑ったような音がした。
とっさに“ご予約席”を見るが、特に異常なし。
「んー…?居るなら今日のご飯の味見出しますんで、そのうち出てきてくださいねー」
とりあえず、空の“ご予約席”に声だけかけておく。
さて、準備準備!
「本日の気まぐれご飯は、ふたごニラ玉丼でーす」
うちのニラ玉は他のニラ玉と違う。玉子でとじないのだ。
甘辛い味付けでニラを煮て、その上に玉子を割り落とす。
黄身を壊さないように煮るのがポイントね。
焼かない目玉焼きと思えば想像しやすいかな?
一般的なニラ玉は、ニラの玉子とじの意なので、玉子を溶いて使うらしい。
我が母が作るニラ玉が、世の中の一般的なニラ玉だとずっと勘違いして生きてきた私は、初めて一般的なニラ玉を見た時それがニラ玉だと分からなかったのは良い思い出だ。
「まずは、ニラを食べやすい大きさにカット!ひたすらカット!ランチタイムに向けてニラ祭りを開催致します」
あまり早く準備しても駄目なので、下準備だけ完璧にしておこう。
店内には、ニラの芳ばしい香りが漂う。
ニラって、美味しいよねぇ。にんにくみたいに食べた後が臭くならないのに、臭い。これが良い。
「メイン料理ににお肉を使っていない為、本日のお味噌汁は鶏つみれです。玉ねぎ、人参、長ネギも入ります。」
鶏つみれは食べやすく火が通りやすいよう小さめサイズ。
それをたくさん入れちゃうんだぜ!
「付け合わせは、メインの香りが強いので口直しに大根の浅漬け。塩昆布と山椒、唐辛子でピリリかつさっぱり目にします」
「それ食べたい」
「は」
いきなりかけられた声。“ご予約席”を見ると、頬杖をついた猫背の男性が座っていた。
「この前の…」
「それが食べたい」
「…浅漬けとはいえ、まだ味が馴染んでないデスヨ?」
「いい」
そうですかそうですか。
作ったばかりの浅漬けを小皿にうつし、お箸と一緒にカウンター席へ。
「どうぞ」
「…いただきます」
頬杖ついていた割に、いざ食事となると姿勢を正して食べている。少し意外だった。
「…うまい」
「ありがとうございます」
お褒めの言葉は嬉しいけど、それ一番手がかかってないやつー!
複雑な気持ちになるわ…
予想外のお客様がきても、手は止められない。
「“キラキラ”からいらしたんですか?」
「何それ」
この前の男の子がそう言ってたから聞いたのに、すごく怪訝な顔をされてしまった。
「この前きた子が、キラキラのところからきたって、そう言ってたので…」
「ふーん。まぁ、そんな様なものはあるね」
「あ、やっぱりあるんだ…ですか」
「別に、敬語使わなくていーよ。あんたに俺が“どう見えてるのか”は知らないけど、俺はもうそっち側のモノじゃないんだから」
「…なるほど?じゃあとりあえずは普通に話すね」
「うん」
どう見えてるも何も。
脱力系イケメンに見えております。
「…何で、このお店にいらっしゃったんですか?」
「特に理由はないけど」
「えーと…幽霊ですよね?」
「……」
すこし顔を顰めて考え込む脱力系イケメン。
ズバリ確信つき過ぎてしまったか?!
普通に話せるからついぃぃ!
「あの、すみません失礼な事言って」
「いや…説明が難しい。ただ、幽霊って言葉は当てはまらないな。……魂の方が妥当かな」
「あの…幽霊と魂って…何が違うんでしょうか」
「魂ってのは、あんたにも在るし、生命あるものみんなに在るでしょ。幽霊ってのは、うーん…なんか未練とかあって残ってるモノ、みたいな」
「…なるほど」
全然分からん。
いや、何となくなら分かるんだけど、日常からかけ離れた内容に、正直色々追い付かない。
咄嗟の理解力ってどこに行けば培えるのかな。
「分かんなくて良いよ、そのうち分かるんだから。どの道、肉体があるモノには必要ない知識だしね」
「そういうものですか…」
「そういうもんだよ。じゃ、これご馳走さま」
「え!」
まだ聞きたいことたくさんあったのに!
やたら哲学的な問答をしたあとで、脱力系イケメンは私の目の前で一瞬で消えたのだった。
全く手を付けた形跡のない浅漬けをカウンターに残して。
…このシステム本当に不思議だわ、確実に食べてたはずなのに。
「あぁぁぁ、すごいモヤモヤする〜!」




