表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/47

10. キラキラ


「おはようございます。…居ます?」


本日は朝から決意を固めて出社(?)しました。

“ご予約席”にむかってとにかく話しかけてみよう、と。

まぁ…第一声は、空の席に向かって話すという奇行に終わり、私の決意虚しくただの独り言になった訳です。


不思議と『怖い』より『わくわく』の感情が大きく、いざ出てきたら何をしようかなんて考えてもいないけど、また見えたら見えた時に考えれば良い。

…でもできれば、お客様がいない時に出てきてね!


「今日の気まぐれご飯は、王道の焼き肉定食です」


“ご予約席”に話しかける内容は、とりあえず手を動かしながら本日の献立である。


「ちなみに、うちの焼き肉定食はギュウの薄切り肉を使います」


いやいや…完全に変な人だ。私。

つい発してしまう独り言と違い、敢えて虚空に話しかけるっていざやるとなると結構辛い。


さて、何故薄切り肉を使うのかは、見た目の問題だったりする。

火の通りが良く味が絡みやすい薄切り肉は、見た目のボリュームに欠ける。でも、逆に盛り付け次第では厚切り肉位テンション上がるものにもなり得る…と、個人的に思うのデス。


「今日の一番のポイントは、焼き肉のタレです。まず、玉ねぎと人参をすごくたくさん擦り下ろします」


シャッシャッシャッシャッ

シャッシャッシャッシャッ

シャッシャッシャッシャッ


ツライ…冷やして置いたけど玉ねぎで目が痛い。

そして面倒くさい。

電動のものを買おうと考えはしたんだけど、そこまで大規模に営業する訳じゃないしと、うちのおろし器は元祖のおろし金である。

右手が痛いよ〜…絶対筋肉痛になるやつ。


「擦り下ろしたこれらをフライパンにどーん。さらに擦り下ろしにんにく、生姜もどーん。お醤油みりんはちみつすりごま豆板醤甜麺醤どーんします」

「煮詰めてタレは完成です」

「本日は長ネギとわかめのお味噌汁です」

「付け合わせはレタスとポテトサラダです」

「今日はポテサラ君の日…」


もはや“話しかける”ではなく大きな独り言になってしまっている中、ふと思った。

生姜焼き妖精(仮)がつまみ食い(?)をしてたなら、もしかしたら食べにくるんじゃない?…ほら、お供え的な。

…ないよねー。自分の考えに、即座にそんな単純な訳ないかと否定。

分かっているのに、試してしまうのはしょうがない。











「…味見したいひとー」

「はーい!」



……来ちゃった。

しかも結構食い気味に反応してたし。




「どうぞ…」

「わーい!いただきます!」


小さめのお皿に少量のお肉とポテトサラダを添えて、フォークも一緒に出す。

だって……良いお返事のあとわくわくした顔で待ってるんだもの。

返事はないと思ってだけど、こっちから言い出した事だし出さないわけにはいかないよね。


この子は多分、先日の生姜焼き妖精(仮)だ。

あの時は小学校低学年くらいかなと思ったけど、こうして見るともっと小さいかもしれない。

幼稚園年長さんか小学一年生くらい?

嬉しそうに焼き肉とポテトサラダを食べている。


「どうかな?」

「おいしいよ。おねえさんおりょうりじょうずだね」

「ありがとう」


とにかく可愛い。

そして良い子である。


いきなり現れたけど、体が透けている訳でもなく、足が無いわけでも、白い服着てるわけでもない。

こうして見ると普通の子過ぎて分からない。

不思議過ぎる。


「どうやってここまできたのかな?」

「んーと、キラキラのとこにはいってきたよ」


どこそれ。全然分からん。


「この前も来てくれてたよね?」

「…おねえさんのごはんたべたかったの。こっそりたべてごめんなさい」

「っ全然!怒ってないよ!本当に!」

「よかった〜」


すごく良い子!そして可愛い!(2回目)


「その…キラキラの所から入ると、このお店なの?」

「そうだよ。キラキラのとこはいっぱいあってわかんなくなるけど、ここのキラキラはおぼえたんだ!」

「そうなんだ、覚えてくれてありがとう」


何言ってるの全然分からないけど、とにかくすごく癒やされる。


「おねえさん」

「ん?どうしたの?」

「ありがとう、ごちそうさまでした」

「はい、どういたしまして」



「すごくおいしかった」

そう言ってニッコリ笑って、その子はまた、ふわりと消えたのだった。


カウンター席に置いた、少しの焼き肉とポテトサラダは確かにあの子が私の目の前で食べていたのに、少しも減っていなかった。

ただ、時間経過とともに冷めた料理がそこに置かれていただけだった。それを見て、やはり“生きて”いるのではないのだなと確信を持ってしまった。

でも、美味しそうに食べてくれていた。

大きなお口を開けて、あのふくふくとした頬を膨らませて。

その顔を見たいが為に、私はご飯を作っているだ。


今日の営業も、頑張ろう。










「キラキラからまた来てね」


シンとした店内に響いた私の声は、清々しくも妙に寂しげに響いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ