消し去りたい勘違い・妻 ③
ある日、仲睦まじいかは別として、一つの家族がごく普通の会話をしていた。
その会話は、体調の悪い妻を夫が珍しく気遣う所から始まる。
「……どうしたの? 大分、顔色が悪いけど……風邪でもひいた?」
夫はテーブルで両腕に顔をうずめて、ふせっている妻の肩に手をおき、声をかける。
「……何よ、それ……? どうしてあなたって、いつもそうなの……?」
せっかくの夫の気遣いも、今の妻にはとっては余計に疲労感を覚えてしまう。
「ひどいなあ、人がこんなに心配しているのに……」
「どこが心配しているのよ……。大体なんなの……? 『おおいた、顔色わるいけど……風邪でもひいた?』って。おおいたって誰よ……?」
夫は妻を笑わせれば元気になるとでも思ったのか、隠しバイオレンスアンサーを炸裂させていた。
「うーん、面白いと思ったんだけどなぁ? 難し過ぎたかなぁ?」
「あ……あなたが思っているほど、ゲホッゲホッ! 周りは面白いとは思って無いからね………?」
咳き込みながらも、妻はいつもの一言を言い放つ。
「まあ、テーブルで寝ていても辛いだけだから、風邪薬を飲んで、もう部屋で休んだら? 後は俺がやっておくから」
夫はそう言うと、風邪薬の入った瓶を妻に差し出す。
「……ありがとう、あなた」
妻は夫から瓶を受け取ると、何を気にしているのか中味をじっと見つめる。その事を気にかけた夫が妻に語りかける。
「どうしたの? 早く、薬飲んだら?」
「またなのよねー……」
「……何が?」
瓶の中には四錠の風邪薬が入っていた。妻はその風邪薬を自分が服用する分、三錠を手の平に出すと「ほら!」と言いながら、残った風邪薬の入った瓶を夫の前に見せる。
「この風邪薬、130錠入りなんだけど、最後必ず一錠余るのよねー、何でかしら?」
「……え? どういう事?」
夫は、妻が何を言っているか分からない、という様子だった。
「……どういう事って、だから、130錠入りで毎回三錠飲むじゃない? すると、いつも1錠余るのよ。変じゃない?」
「……いや、別に変じゃないけど……」
妻の疑問が夫には伝わらず、その事が妻の神経を苛立たせる。
「どうしてよ! こういうのって全部無くなるようになっているものでしょ!!」
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」
このままでは話が噛み合わない。そう思った夫は、噛み砕くように、妻に言葉を伝える。
「いいかい? この風邪薬は三錠ずつ飲む訳だよね?」
「そうだけど……?」
納得がいかないまま、話を聞く妻。だが、夫は話を続ける。
「じゃあ、3の10倍は幾つだい?」
「30でしょ?」
「うん、そうだね。じゃあ、30の4倍は?」
「120よ。馬鹿にしてるの!?」
妻はおちょくられているのかと思い、声が大きくなる。
それでも夫は妻をなだめ、話を続ける。
「……してないよ。それじゃあさ、その120に三錠の3日分、9錠を足したら、幾つになる?」
「そんなの、12…………っ!!」
その時、全てを悟った妻は顔を赤面させ、耳まで赤くさせると両腕で顔をうずめて、テーブルに伏せた。
「いやー、必ず1錠余るって解ってもらえて良かった」
夫のその何気無い一言は、妻に追い討ちをかける。
「何よ! どうせ私は単純な計算も出来ないわよ!! 悪かったわね!!」
「そんな事ないよ。人間、強く思い込むと、見えるものも見えなくなっちゃうからね」
妻を慰めようと夫は声をかけるが、それは傷口に塩を塗るようなものだった。
そして、最後に夫はこう言った。
「もしかして、誰か知らない人が家の中に入って、風邪薬を1錠仕込んでいったと思った?」
「やめてーーーー!!!!」
この小説は、実話を家族会話風に再現しました。
……………駄目じゃん。