60
「腹をくくるなら早々にしてしまった方が良いって訳で、ニキ」
「え」
ひょこっと壁側にあるカーテンの隙間からニキ様が居心地悪そうに姿を表した。途端、ジーニアス兄さんの機嫌が例えるなら、奈落の底へと真っ逆さまに急降下。
凄い、凄すぎるよ!一気に周辺の温度がマイナス10位下がった!
って兄さん冷気系統の魔力持ちだったっけ?身体強化魔法しか聞いたこと無かったんだけど。
「レナ、その、久し振り、だな」
「う、うん」
真っ直ぐ此方を見られてしまうと自分でも分かる程に顔に熱が集まる。多分真っ赤になっているんだろうな~と自覚。やがて耳にまで熱が集まって来てしまって困ってしまう。
どうでも良いけどレスカ様や、「たかが3日だろ?」って突っ込むな。
雰囲気台無しだから!
アドリエンヌ様、WAKUWAKUした顔で「オラわくわくしてきたぞ」って顔で見ないで欲しいんですけど。更に言うとユリアは涼しい顔をしているけど、座っているテーブルの下でレスカ様の足をギュギュッって感じで踏み付けているのを見掛けた。
…レスカ様や、多分他にも軽口言おうとしたね?
「あの、ジーニアス様」
ニキ様が兄に向かって名を呼ぶ。
あ、あの~出来るだけ機嫌を損ねない様にした方がいい、かも。嗚呼でももうこれ以上は下がらない気がするから今更かな。
「私の方が爵位が下だ」
兄さんや、それ言ったら駄目。
じとりと見ると涼しい顔をしている。
…よし、もっと眼力籠めてみるか。
じとー。
って、此方見てレスカ様口押さえた。
笑ってません?レスカ様。
あ、顔顰めたってことは…うん、ユリアナイス!どうせならモット踏んでもイイのよ!
ジーニアス兄さんや、いい加減此方を見ろ。
そしてアドリエンヌ様や、扇で顔を隠したのはいいけど肩が震えてるよ。隠しきれてないよ?笑いを堪えてるのは丸見えだからね。
「う、そうなんですけど」
「ニキ様が言いたいことは分っているつもりだ。で、レナ当人に許可を貰ったのか?」
「「え」」
思わずニキ様と私の声が上がる。
「…は?」
兄さんがキョトンとした顔をして此方を見てくる。
ん?許可ってどう言うこと?
「えってレナ、『婚約』の許可を取りに来たんじゃなかったのか?」
え、え、え?
いや、だって、えーーと、そうなの?
あれ、でも私ってニキ様に結婚…嗚呼でもその前に婚約しなくちゃいけないのかな?
「ジーニアス様、その、俺、いや私はレナに結婚を申し込みました。答えはまだ頂いておりません」
あ。
一気に空気が凍った。
さっきよりも気温が低下した様に、ピリピリとした空気が辺りに漂う。
勿論発生源は兄であるジーニアス。
蟀谷がピクピクしていて、目がっ!普段優しげな色を讃えている濃い翠色の瞳の奥が苛立ったようにキツく歪められてニキ様を睨み付ける。蛇に睨まれたカエルの心境が分かる!いや、鬼神に睨まれたカエルかも知れない………
「首、貸せ」
「兄さん!?」
兄さん何だか空気が剣呑過ぎて怖いっ!って、さっきのアドリエンヌ様とは違った雰囲気で肩震えてない!?これってもしかしてかなり不味い!?
「叩き切ってくれるっ」
護身用の腰に差し込んである剣の柄に手を掛けた瞬間、パシンッとユリアが手に持っていた扇でその手を弾く。おおお、ユリアってば判断早い!そして有難う!恩にきります!
そしてレスカ様や、何呑気に「おお、やるな」って感じでユリアを見ているんですか。まさかユリアに惚れ直して居ないでしょうね?って、この人ならやりかねんか……
「ご乱心お察し致しますが、この場ではお止め下さいませジーニアス様」
「ユリア様…」
「この事に関しては幾らレナのお兄様とは言え、レナ達当人に任せなさいませ」
「ですがレナはまだ子供で」
「あら、貴族では13歳と言えばもう嫁ぐ事も許されますのよ?」
今こっそりと此方にのみ聞こえるように小さな声で、「白い結婚が普通ですが、望むなら普通に結婚出来ますわ」とか聞こえた気がするけど。
ユリア?と思って見ると、扇で口元を隠しているが明らかに好奇心に満ちた目付き。
面白がってませんかユリアー?
そして更に面白がって居るらしいアドリエンヌ様。さっきから「うわ、まじか。やべー悶えるっ」とか、等々呟き出したよこの人。
「そう、ですか…」
「まぁそうだな、ジーニアス。この話は当人同士に任せよ、幾ら肉親とは言え口出しするな」
思いっきり納得してないと言う風に見詰めてくる兄さんに苦笑してしまう。
「ま、当人同士の話が終わったらどうとでも調理すればいい」
って、レスカ様―!
此方も明らかに面白がってませんかー!?
投げ捨ててませんかー!?
口元歪んでるの見えてるからね!
そして明らかにニキ様調理対象ですよね!?しかもボコボコにする方向のっ!
「フ。それもそうですねレスカ様」
って兄さん、ジーニアス兄さん何?何を納得しているの!?
ニキ様一気に顔を青褪めさせてるしー!?
「どうでも良いがジーニアス、昨晩みたいにニキを訓練と称していじめ抜くのは今後禁止するからな?明らかにヤリ過ぎだ」
ゲッて顔をする兄さん。
って、何をしてるの!
「私ニキ様達が連日モニカ様と組んで侵入者を追っているって聞いていたけど、ジーニアス兄さんの【訓練】があったから、ニキ様達に、ううん、ニキ様に『会えなかった』って言うんじゃないでしょうね!?ね?に・い・さ・ん?」
思いっきり睨みつけると、先程までの怒りの雰囲気は何処へやら。
一気に圧迫していた空気が緩み、途端顔面蒼白になる我が兄ジーニアス。
恐縮してたって駄目ですからねー!
ニキ様からの手紙も嬉しかったけど、本当は出来たら少しでも、5分でも良いから会いたかったんですから!兄さんのばかー!
「やばい、レナ怒らせた。帰宅したら飯抜きが……」
何それ、実家に居た時の兄さんに対してのお仕置きだから。って、ソレが怖いんかいっ!私は寧ろさっきまでの鬼神並の雰囲気のが鬼気迫って居て怖かったんだけど?!兄さんの怖いの基準がよく分からないよ。
「え、レナってジーニアス様より強い…」
ニキ様待て。その認識違うからっ!
一先ず帰宅したら「お仕置き」と兄さんに言いつけ、すっかり青白くなった顔付きの兄さんに呆れてしまった。
* * *
背後から時折視線を感じて振り向くと、心配そうな兄の顔。
「全く…」
「まぁそう怒るなレナ」
「でも兄さんってば過保護過ぎるんですよ」
ジーニアス兄さんのこの異様な程の過保護な状態は、兄さんと私達姉妹の生い立ちのせいだとは理解している。だけど最近特に私とオルブロンに執着気味な気がする。
逆に長女のシドニー姉さんに対しては苦手意識が強いらしく、あまり接触しようとはしない。
その事に関してはシドニー姉さんも悪いから仕方がないと思うけど、こうも過保護な状態が続くと呆れ果ててしまう。
…デュシー姉さんの件が一段落したからだろうな、とは思っては居るんだけど。いい加減私達ではなく、そろそろ自身の事も考えて欲しいと思う。
実家の父親がアレだから、父親代わりな状態だし特に感情的に来るものがあるのも知れない。
でもね、父性に似た感情はどうせならデュシー姉さんとその娘であるティナちゃんへとむけて欲しいと思う。私には少し重荷になって居るしね。
「それだけ心配なのだろう」
「もう」
今私達二人、私とニキ様は先程居た場所から離れた場所、パーティー会場から離れた庭先へと出ている。
あれから数分もしないうちにバーネット様とモニカ様両名が会場入りし、簡単な挨拶の後に婚約発表。そして各人々の挨拶合戦が始まり、此方もガルニエ家の一員としてジーニアス兄さんに付いて少し挨拶をしてから会場を出て来た。
その際、レスカ様は苛立った様子で居たのでおや?と思ったら、隣国の王子であるアレクサ様をジト目で見詰めていた。…何かあったのかな?
ユリアはユリアでレスカ様の横で挨拶に来る貴族の方々に淡く微笑んで居たけど、時折目線をレスカ様とアレクサ様に向け、表面には出して居なかったけど少しだけ口角が微々たるモノで下がり、それを自分でも自覚していたらしく扇で隠して悩んでいる風だった。
無理にとは言わないけど、後で話してくれないかなぁ…
そしてアドリエンヌ様だけど、数名の男性方に輪になるように傅かれていた。勿論「求婚」的な意味で。
わ~リアルモテモテ…
ちょっと見逆ハーレム?とか思ってしまったけど、アドリエンヌ様当人は物凄く迷惑そうな顔をしていたけどね。
昼日中なので日差しが刺していて夏から秋へと季節が移り変わった事を感じる。
そして先程同様にチラチラと頻りに気にしている兄、ジーニアスの視線も背後から突き刺す。
「何ていうか」
「ね?過保護超えてるでしょう?」
「かもな」
ククッと笑うニキ様。
歯が薄っすらと見えて、その表情に目が一瞬離せなくなる。
「これは結婚したら大変だな」
「ぅ…」
「いや、その前段階が大変なのかな。つまり今、か」
何だろ、ニキ様が意地悪そうに笑っている。
でも楽しそうだ。
「レナ」
「はい」
「緋色のドレスとても似合っている。綺麗だよ、レナ」
「あ、有難う御座います」
「俺の勘違いでないなら、俺の瞳の色だよな」
「…はい」
「そうか、レナ有難う。とても嬉しい」
「…」
ううううう、恥ずかしい。
と言うかニキ様、分かっているなら聞かないで欲しい。でも聞いて置きたいって言うのも分かる。分かるけど、わかるんだけど、その、とても恥ずかしいっ。
すっと差し出されるニキ様の片手。
その手に無意識に手を重ねると、確りと握って来る。
何時もなら強引に手を繋いで来るのに、今日はゆったりと添えているだけ。その手に少し寂しいな、と思っていると、
「ほら、誰かさんが今だに見てるからな」
「にぃさ~ん…」
ビシバシとニキ様に向ける兄さんの殺気にジト目で睨みつけると、途端にトボけたように明後日の方向を向く兄。そしてツボに入ったのか、肩を揺るわせて笑うニキ様。
そんな兄に呆れたような眼差しで見詰めるユリアとレスカ様、更に苦笑しているアドリエンヌ様。
…ん?アドリエンヌ様兄さん見る時ちょっと頬染めている辺り、これは兄さんいい物件かも知れませんよ!?と思っておく。ただアドリエンヌ様エライ男性にモテモテみたいだから、どうなるか微妙だけど。
意外と兄さんヘタレな部分あるからなぁ…
その癖妙なストーカーには追われる事があるから全くモテナイ訳ではないのだけど、変に頑固者だし。
「少し歩こうか」
奥まで行かなければ大丈夫。そう言われて先日の事を思い出すが、今はニキ様と一緒だし大丈夫だろうとついて行くことにした。
↓
↓
領民A「お、Gよ手に持っているのは手紙かの?」
領民G「おお、Aか。そうなんじゃ、オルブロンちゃんから領民の皆に当てての手紙じゃ」
領民B「そりゃ早く読みたいの。何て書いてあったのじゃ?」
領民G「オルブロンちゃん、何とガルニエ家の養女になるそうじゃ。めでたいのぅ」
領民A「ガルニエ家かの?貴族かの?それとも商家かの?」
領民G「なんと、ジーニアスちゃんがお貴族様になってのー、ガルニエ家の当主になったそうじゃ。そこでオルブロンちゃんが養女になるそうじゃぞ」
領民AB「「おおおおおお、そりゃめでたいの!」」
領民G「レッティーナちゃんだけでなく、オルブロンちゃんまで。ジーニアスちゃんは良い子じゃの」
領民A「そうじゃの、良い子じゃ良い子じゃ」
領民B「ジーニアスちゃん、小さい時は女の子みたいな顔して美少女かと儂ら思っておったのに、すっかり良い子に育ったの」
領民G「おまけに次男のディラン様までジーニアスちゃんの補佐に付いとるらしいの」
領民A「おお、ディラン様迄か。ガルニエ家は安泰じゃの」
領民B「そうじゃそうじゃ。後はジーニアスちゃんが嫁を貰って跡取りを得れば安心出来るのぉ」
領民AG「「はははは、そうじゃの」」
領民B「ジーニアスちゃんには頑張って貰いたいものじゃのぅ」
領民A「そうじゃの~だがジーニアスちゃんじゃからの~」
領民G「大方レッティーナちゃん達にシスコンぶり発動して中々いい嫁っ子が来ないかもの」
領民B「困ったもんじゃの、ジーニアスちゃんは」
領民ABG「「「ははははは」」」
ジーニアス「(何だか寒気がするんだが…)」




