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「アイオロス・オーデンです。宜しくお願い致します」
翌日。
早ければ早いほど良いと思ったのか、時間にして10時ピッタリ。寸分狂わずに我が家に訪れた見事なオールバックの髪型の、如何にも出来る『執事です』と言った雰囲気の男性が丁寧で綺麗なお辞儀をする。
黒髪に薄い水色の瞳。色素が薄いのか真っ白な肌色。うーん羨ましい。身長は170ぐらいかな?この国の男性にしては普通からやや低め位かな?年齢もまだ若いのか10代後半って感じで、もしかしたら身長はまだまだ伸びるのかも知れない。
それにしても気分は「おぉ~」ってな感じです。
一緒に居たディラン兄さん、声に出して居たよね。
本物の執事(ニキ様の執事のグラシアさん以外)を初めて見たって言ってるし。
元男爵家次男とは言え、貧乏な実家のアレイ家では執事なんて居なかったもの。
そしてアイオロスさんを連れて来たユリア様に何食わぬ顔をし、ちゃっかり便乗して来たこの国の第二王子ユウナレスカ様。
「偶々出掛けて居たらブルックストン家の馬車が横を通って行ってな」
だから声を掛けたと。
うん、それダウトー!
素直に言いなさいレスカ様。
ユリア様のまごう事無きストーカーでしょストーカー。大方ユリア様の行動を逐一監視していたんでしょ。
「ぐ…」
黙り込んでソッポ向いても無駄ですよ。
綺麗な顔をしてチラってこっち窺っても駄目ですよ~。
反論しない辺り、分かり過ぎなんですよレスカ様は。
「む、むぐ、やるなレナ」
やるなって一体何をですか、勝負してるワケじゃないんですから。でも密偵を使ってストーキングしているのは知って居ますからね?
「何故わかった」
って真剣な顔して居ますけど、分かり過ぎるんですよ。
何せ、
「私が今日ユウナレスカ様がユリア様を追って来るって言ったからな」
ユウナレスカ様の近衛兵になったジーニアス兄さんがバラすからね。
「ジーニアス!バラすなと言っただろう!」
「誰にとは聞いておりません。ですからユリア様には内緒にして我が妹のレッティーナには話しました」
シレッとした顔で堂々と話す兄。
それで良いのかって思ったけど、まぁ大した事じゃないし良いんだろうなぁ。
流石にジーニアス兄さんもヤバイ事は話さないだろうし。
「それに我が君であるユウナレスカ様はほっとくと惚気炸裂しまくりで、一人身の私の身にもなって下さいよ」
「ならば何方か見繕えば良いだろう」
「簡単に言いますがね…」
ガックリと項垂れる兄さん。
ディラン兄さんがあーいっちゃったって言う顔をしてるよ。
「幾つか見合い話しが来たと聞いて居るぞ。良い娘は居ないのか?」
「…60過ぎの行き遅れと1歳未満の産まれたばかりの娘の見合いってどう思います?」
「ぶはっ」
あーはっはっはってレスカ様、お腹抱えて笑い出してる。
この姿って珍しい。学園だとあまり笑って居る姿等見た事無いのに。
ジーニアス兄さんが近衛兵になったけど、結構良い関係となっているのかな?意外と気安く話して居るし。それに今気が付いたけど、ジーニアス兄さんあまり敬語を使って居ないよね?
「笑い事じゃないですよ。他の見合い相手は高位貴族ばかりで権力を笠に着そうな輩とか、爵位を何とか得たい行商人の元に生まれた娘とかばかりでね。下手するとガルニエ家を乗っ取られそうで怖いですよ」
「成程、ジーニアスのガルニエ家は貴族の新参者だからな。しかし60過ぎって…ぶ、くくくくくっ」
「結婚が無理なら愛人で良いってしつこいんですよ」
更に凹むジーニアス兄さん。
レスカ様が「イケメンは辛いな」とか労わる様に話して居るけど、「あの人貴方も狙っている様ですよ」って話したら途端に「うげ」と。
「成人したら全力で逃げて下さい」って忠告してる辺り、凄い人がいるんだなぁ。
そしてユリア様、「あの方ね」って苦笑している辺り心当たりがあるんだろうね。
その少し離れた先では、先程紹介されたばかりのアイオロスさんがディラン兄さんと挨拶を交わした後、幾つかの書類を渡されて話し込んで居る。
「確りと分類をしていて見やすい書類ですね。これはディラン様が?」
「私とゲドの二人でですね。そうしないと見難いってジーニアスが五月蠅く言うからな」
肩を軽く竦めて見せるディラン兄さん。
ジーニアス兄さん、意外と細かい事苦手なんだよね。
書き物とか書類とか、騎士団に所属していたわりには計算とかはそうでもないんだけど、掃除とか苦手みたいだし(騎士団に所属している人は、文官以外書類仕事は苦手と言う人が多いと言う噂がある)。
やっぱり脳筋なのかも知れないなぁ~。
「…ん?」
視界の端で”“パーシャさん”が「うご」とか呻いた声が聞えた気がしたけど、気のセイかな。気のせいって思いたい。そして「うほーっ!色男三人ーっ」って声が。あの~それ言ったらユウナレスカ様の事は?え、知り合いだしどうでも良いし、中身ストーカーだし興味無い?むしろ無問題と。だからパーシャさんにとっては除外って?
「未成年だし、ユリア様しか見て無いじゃないですか~。おまけに怖いし。幾ら見た目が良くてもそんな人は煩悩対象外ですっ」
えーと、煩悩って。
一体何の話をしているのやら…。
「レナ、こいつ絞めていいか?」
いや、その人連れて来たのレスカ様だから。
と言うか絞めていいかって聞かれたの私なのに、ジーニアス兄さん思いっきり頷いて居るし。兄さん結構パーシャさんの扱い慣れて来た?
ん?先日寝姿を覗きに来たり、着替えを覗きに来たから思いっきりやってくれって?
…パーシャさん、貴方…
「そうだな。今後の教育の為に絞めておくか」
「ギャース!」
ドタドタと逃げ去って行くパーシャさんを追い掛けるレスカ様、更にそれを見て笑っているユリア様。え、何この状況。
それに覗きってパーシャさん…
女性としての何かを失っていない?
そしてディラン兄さん。
ポンポンとジーニアス兄さんの肩を叩いて、「お前もやられたか…」って何だか哀愁漂ってるよ!
レスカ様の普段とは違う子供っぽい予想外の行動に驚いていると、
「レスカはね、昔からメイドのパーシャにはあのような行動にでるんですの。仲が宜しいでしょう?」
うふふ、と笑うユリア様に「馬鹿ですからね~パーシャは」と部屋の隅に控えつつ、呆れているヴェロニカさん。
「パーシャはユウナレスカ様が幼い時から仕えて居る数少ない使用人の一人なのですよ、ですから気安いのでしょうね」
あ~成程納得。
でも意外とユウナレスカ様も子供っぽい所があるんだなぁ。
「ふふ、レスカは普段は第二王子として無理してでも気を張ってるけど、最近はレナちゃん達の前では気張らなくて肩の力を抜いて居て、とても楽しそうですわ」
見て居る私も何だか楽しいですわって言って、ニコニコと笑うユリア様。
うん、良い笑顔だ。
それにしても気張るって、王国の第二王子って大変なんだろうなぁ。
それを言ったらレスカ様の兄で王太子のガーフィールド様もか。
私ならきっとやれないだろうな。
「あら、レナちゃんってば他人事じゃないですわよ。何せガーフィールド様に言い寄られていらっしゃるでしょう?」
うぐ。
それは確かにそうだけど、うう~ん。
実感無いんだよなぁ。
今の所カードを添えた花を渡されて、短い時間でほんの少ししか会って話して居ないし。
しかも会うのはガルニエ家限定。
そんな状態ではまだ良く分からないよ。
「よし、捕まえた!」
とか言ってレスカ様が嬉しそうに子供っぽく笑いつつ、服の襟元を掴んで気絶して居るパーシャさんを廊下でズルズルと引き摺って来る辺り…
血、廊下に引き摺ってオリマセンカ?
パーシャさんの靴すり減りますよ?
「もう!王子!誰が掃除すると思っているんですか!」
ってヴェロニカさんやユイさんが文句を言って叱って居て、それを「ははははは」と笑っているレスカ様。
…うわ~、ほんっと益々珍しい光景だ。
学校の食堂でこっそり覗いて居た時でもこんなに年相応に子供っぽく、楽しそうなレスカ様等見た事無いよ。勿論ユリア様の事以外でね。
「久し振りにこんなに笑ったな、やはりこのガルニエ家は気が休まる」
相変わらず鼻血を噴き出して居たパーシャさんを引き摺っていたレスカ様は今もクスクスと笑いつつ、ご機嫌な状態で我が家のリビングで優雅に紅茶を飲んでいらっしゃる。
あれからユリア様が連れて来た、我が家の新しい執事のアイオロスさんは早速兄さん達と共に仕事の事やら家の案内やらを受けて居り、今ここのリビングには居ない。
「ユウナレスカ様は相変わらず酷いです~!」
そして先程鼻血を披露したパーシャさんは何時の間にか復帰し、レスカ様達や私の給仕に付いて居る。
因みに何時もの様に増血剤を飲んでから来たそうだ。
…もしかして鼻血を噴いて居るの、増血剤のせいだったりしないよね?血多過ぎたりしたりしない?
「まぁそう言うな。城だと小さな子供の時ならいざ知らず、ここ数年は人の目があって中々羽根を伸ばす事も出来なかったからな」
ククククッと人が悪い笑みを浮かべて笑っているよ、この人。
何と言うか意外だな、こう言った笑みも浮かべるんだ。
乙女ゲームだけだとしかめっ面ばかりして居たけど、好感度が上がればそれはそれは素晴らしい笑顔が多くはなる。だけどこんな子供っぽい笑顔を浮かべる場面なんて出て来た事は無いんだよね。
「最近は心労が祟っておりますの?」
「あーいや、まぁ…」
おや、ユリア様がとても心配そうだ。
そのユリア様の顔を見て少し照れた様な顔で困った様な顔をして、何故か此方を見て来る。
どうせならユリア様のご尊顔を見詰めて居て下さいよレスカ様。私このまま傍観・鑑賞しておりますので、って駄目?
ってそう言う場合じゃないのか。
何だか真剣な顔付きだし。
「此方に来る時ユリアから話を聞いた。我が兄が迷惑を掛けて居るようだな」
あ、それか。
迷惑…確かに迷惑か。
「それに『友達申込書』って子供か。全くあの兄は」
呆れた様に呟くレスカ様。
確かに『友達申込書』っていい大人が書面にする行為じゃないよね。子供もしない様な気がするけど。何か事情があるのかも知れないけど、手紙を見た瞬間目が点になったもの。
それに連日は来ないけど、二、三日に一度と結構頻繁に訪問して来るし。この国の王太子って意外と暇なのかしら?
「兎に角レナ」
「はい?」
「今は全力で兄から逃げろ」
「え」
「いいか、忠告だ。兄からは一定以上深く関わるな」
「えっと、それは」
「そうだな、一先ず年内は接近を控えろ」
「レスカ、それではレナちゃんには分かりませんわ」
「む…だが説明をして良いものかどうか」
「そうね…」
何だか悩みまくって居るレスカ様とユリア様。
一体如何言う事なんだろう。何か王宮で良からぬ事でもあると言うのかな。
「レナ、そろそろ学園の新学期が始まる」
「はい」
今年の学園の新学期は先日のスタンピードの影響で二週間程遅れて居る。
フォーカス様も来た時に話して居たが、学園の門等諸々の部分が破壊されており、急ピッチで学園の復旧作業を行っているのだそうだ。
特に学園の下水道や彼方此方の部分等が使えなくなっており、その中に厨房も含まれている。お陰で私達は現在臨時休業中だったりする。一部の厨房のおば様達は復旧作業に駆り出されていたりするのだけど、私は怪我をしていて入院して居た為に「確りと休養を取りなさい」という事でお休み中だ。
今はもう身体は治ったのだけど、どうせなら新学期から勤め始めた方が良いだろうと学園側から言われてしまったので、現在はガルニエ家の屋敷の事やら庭の事やらをこなしつつ…
兄達から強制的に付けられた『家庭教師』に扱かれております、ハイ。
ちなみにその家庭教師さんに兄であるジーニアス兄さんも共に扱かれております。
理由は…ダ・ン・ス。
当然田舎貧乏男爵家出身である私達二人はガシィッと肩を掴まれ、「貴族の当主として、そして貴族の令嬢として社交界に出るのですから、これぐらいは紳士淑女として出来なくてはなりません!」と。
そんな理由で今の所最低一時間、毎日レッスンです。
先生は毎日来ないので自主練習なのですが、何故かサボると先生には直ぐバレル。何でも足の筋肉とか見ると分かるのだとか。うん、実に恐ろしい人だ…。
おっと、今はその話では無かった。
「恐らくだが新学期に『アレス』は来ない」
「…え」




