万奪還大作戦
第2章 万奪還大作戦
偉そうな男たちが立ち去った後に正気に戻った私は即座に街の人たちに聞き込みを開始した。万の乗せられた馬車がどこにいったのか突き止めるためだ。今日初めて会った相手だし巻き込まれただけなのでこのまま関わらなくてもいいのだが、万を見捨てるのに後味の悪さを感じ、偉そうな男に馬鹿にされた今となってはそれはできない相談だった。
「よう、幽霊屋敷の坊っちゃんじゃねぇか。」
私はこの街では(変人としてだが)割と顔を知られていて幽霊屋敷に住む男の子っぽい格好を好むお嬢ちゃんと認識されている。ただお嬢ちゃん呼びは私が怒るので皮肉も込めて坊っちゃんと呼ばれているのだ。
「馬車を見なかった?」
「馬車?さっき闇市の方から飛ばしてたやつか?」
「多分それ。」
「あー、何があったか知らんがあれに関わるのはやめた方がいいぞ?」
「……領主絡みだから?」
「そういうこった。」
この街は小さいながらも活気に溢れているがその割には領主の話題はきかない。何故なら領主はあまりよくない噂しか耳にしない人物で私腹を肥やすこと第一に求めているような絵にかいたような人物だからだ。街をよくしたいという理想がある訳ではなく今より稼げるから金を受け取って闇市を黙認し、通行税を安くすることで売買がしやすいようアピールし活気をよくすることで街の人たちからは倍の税を払わせる。なんというか外面よくして私腹肥やそうを地で行く人物だった。
金儲けのノウハウと勘の良さだけは一級品のためおいそれと文句もいえないが結局私腹肥やして何もしないのだから高い税を払わされる街の人たちからは評判が悪い。
「目の前で人が拐われたんだ。」
「なんだと!?ついにあのくそ領主人身売買まで手をつけたか。」
「その人をなんとしてでも助けたいんだ、どこにいったか知らない?」
「そういうことなら力を貸すぜ、あの馬車は確かに領主絡みだが領主のところでみたことは1度もない。それに領主のとこでいつも見かける馬車より質がよすぎる。そうすると考えられるのは1つ、隣街の王族も絡んでるってこった。」
「ありがと!」王族と聞いた段階で叫んで走り出す。
「坊っちゃん、ちょっと待ちな。」
「何かあるの?」
「よかったらこれに乗っていきな、無事に帰ってくれば金は取らねぇよ。」
「!?」
私は改めてお礼をいうとありがたくその提案に乗ることにしたのだった。
~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~
馬を借りて隣街にやってきた私は王族絡みの建物がないか調べてまわった。勿論王族のいるところや重要なところには衛兵がいるからあまり調べられないが万を拐った馬車がどこにあるか特定するのが目的だった。
それらしき馬車を見つけたのが数日、更に救出する準備に奔走していると万はひょっこり一人で帰って来た。
「……は?」
「おや?始ちゃんだ、どうしてこんなところに?」
「いやいやいや、目の前で拐われたから助けるためにここまで来たのに一人で戻って来るとかないでしょう……。」
「いやーごめんごめん。なんか王族のお嬢さんと俺が知り合いだったみたいで数日お邪魔してからお暇させてもらったよ。」
「あんな拐い方しといて客人……。僕はてっきり売られるか三枚下ろしにされてるかと……。」
「なんていうか始の想像も相当酷いね?」
「せっかく戦いに使えそうな武器とかも仕入れたのに……。」
「それでそんな盗賊みたいな格好を……なんていうかほんとごめんね?」
「いや、助かったのならそれでいいんですけれど」
「俺は万能の器だからね、簡単にやられることもないしさっきもいったけれどお嬢さんと知り合いだったみたいだから」
「簡単に拐われた癖に……」
「あはは、弱点なんだ。思い出すまでに時間かかるの」
「もし思い出していたら死角からの一撃も対処できるの……」
「まあね」
その無駄に得意気な顔が一人で戻ってきたことと合わさって尚更むかついてしまい、頭をべしっとはたいて手打ちとした。万は「痛いなあ」といいながらもなんだか嬉しそうでそれでも複雑な気分には変わりがなかったが。
万曰く拐ったあの偉そうな男が王族のお嬢さんの父に売り込んでスポンサーになってもらっていたらしく万を捕まえて万能の器を手にいれることが目的だったそう。万を捕まえて万能の器を手にいれようというところで件の王族のお嬢さんがやってきて父に猛抗議、この話はなかったことになりお嬢さんと数日お茶したりおいしいものを食べたりふかふかのベッドを堪能してから無事解放されたということらしい。
「いやー変な人に目をつけられちゃったよ」
「変な人で済ませる万はきっと大物になれるよ」
「やだなー既に俺は大物だよ?」
「その溢れる自信はどこから」
「万能の器からだね」
「はいはい」
「流されるとちょっと寂しいんだけど」
「それはそうとこれからどうするんです?」
「んー、またあの街にいっても捕まっちゃいそうだから別の街に行こうかな」
「別の街」
「始にもこれ以上迷惑かけるのもあれだし」
「別に迷惑とは思ってないけど」
「ここでそれをいうと悪い万さんに連れ回されちゃうよ?」
そう悪戯っぽく万が笑う。私はそれにただにっこりと笑顔を返してみせる。
「……え?まさか本気じゃない、よね?」
「じゃなきゃ街を飛び出して救出に向かったりする訳ない。それに万は無防備なところもあるみたいだし仲間がいた方が安全でしょう?」
「あ、あはは。」乾いた笑って誤魔化す万だった。
~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~
万と一緒に冒険に出ることが決まり、改めて準備を進める私と万。
メローネを売ったことで大金が手元にあったので馬車を買う運びとなった。
「馬車なんて買って大丈夫?」
「問題ないさ、それに大金を持っていることを忘れて置いてきたりしそうだからね」
そう真面目な顔で忘れた時の話をされて私としては呆れるしかない。
「僕がいれば大丈夫なんじゃない?」
「どのみち二人旅の荷物となると馬を一頭買うか馬車を買うしかないと思うよ」
そういって荷物だけで小山を築いている一角をちらりと見る。そのほとんどは私がないと困ると我儘をいったせいで買ってもらったものだった。
「必要なものなんだからこれぐらいは当たり前じゃ?」
「旅人の基本はなるべく身軽に、現地調達だよ。荷物が多すぎるとまとめるのに時間がかかるし馬も疲れるからあまり長い距離を稼げなくなる、そうすると一番かさばる食料や水がその分多く必要になる」
「そんなこといっていたら際限なく荷物が増えていくことにならない?」
「そう、だから旅人は本当に必要最低限の荷物しか持ちたがらない。そうすれば食料と水も最低限用意すればいい訳だからな」
「けど馬車になったらこれぐらいは問題ないんだよね?」
「それはそうだけど」
「ならこの話はおしまいにしよ、次から気を付ければいいんだし」
私の言葉に今度は万が呆れる番だった。
~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~
冒険の準備も終わり街を出ようとしたとき、三度偉そうな男が現れた。
「小僧、また会ったな」
「なんで、王族からはもう万を追っていないんじゃ」
「王族のところからは、な。」そう偉そうな男はにやりと笑う。
「あの王族はいいパトロンだったんだがな、首になったから別のパトロンをみつけてきたって訳さ。」
「別のパトロン」
「禁じられた魂と器の主従逆転説、そしてその完成版とでもいうべき万能の器、さらに人の意のままに記憶や人格を操作する忘却魔法。」偉そうな男は歌うように口上を述べる。
「俺は魂と器の主従逆転説肯定派〈望〉だ。精々俺のためにモルモットになってもらうぞ、万能の器よ」
今度は偉そうな男、もとい望が一人だけのようだった。対する万は余裕の表情を崩さない。
「それだけ知っていてまだ俺をどうにかできると思っているのか」
「当然。この俺にできないことは何もないからな、いつか必ずお前のすべてをものにしてみせる」
「大した自信だよ、まったく。いつでも来なよ、相手しよう」
「ふっ、いつまでその態度が続くか見物だな」かくして望との対決が始まった。
望は徒手空拳で挑むつもりのようで拳を作って構えて見せている。万はそれに対して特に構える様子もなく自然体で立っているだけだった。
「構えないならこっちからいくぞ?」
「試合じゃないんだからいちいち確認とらなくていいと思うぞ?」
「それもそうか」望はひとつ頷くとまっすぐ万に突っ込むとその勢いのままに正拳突きと叩き込む。遠慮容赦のない一撃だった。
「本当に偉そうな態度に見合った実力だな」望の正拳突きを受け止めながら思わず呟く。
「当然、口だけの奴に負けるなんてまっぴらだからな」
「万能の器の俺は口だけじゃないだろう?」
「忘却魔法の弊害で思い出すまでに時間がかかるのは既に分析済みだ。現に前回の襲撃はスムーズにいった」
「万能の器がその対策をしてないと思ったか?」今まで防戦一方だった万が突然攻めに転じる。
「なに!?」
「それに俺には仲間がいるからな」その言葉と共に私は望のこめかみに短剣の柄を叩き込む。流石の望も対処できなかったようでそのまま意識を刈り取ることに成功したのだった。
「いやー危なかった、始の存在に気づかれていたら逆に返り討ちにあうところだった」
「僕のこと終始無視してたから余裕だったよ、プライド高いから多分格下には興味ないんじゃないかな」
「そうかもねぇ」
「それよりこの人どうする?」
「そうだな、せっかくだしちょっと悪戯とかしてみようか」
「悪戯」その提案に私も万もにんまりと笑い合った。
その後端正な顔に盛大に落書きされた望が道に転がっているのを街の人がみつけて、意識の戻った彼が怒り狂ったというがそれはまた別の機会に話すことにする。
~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~ ☆ ~
望を上手い具合に撃退してから私は万と順調な旅を続けていた。ただ万能の器たる万の生態に思わず突っ込みたくなってしまったことが幾つか発覚したのでそれをここに残しておく。
それは食事の時のことだった。
「万って左利きだったっけ?」
「ん?ああ、俺ってどっち利きなんだろう?」
「質問に質問で返されてもわからないよ」
「そりゃあそうだよね」
「ちなみに昨日は左じゃなくて右で食べてた」
「まじか」大袈裟に驚いてみせる万。
「僕も両利きだけどご飯は右で食べてる」
「なるほど、どっち利きか忘れて右でも左でも食べているのか俺。道理でどっち使っても違和感ないと思った」
「幾ら忘れっぽいっていっても忘れすぎじゃ」
「いやー、我ながら困ったもんだ」
「いやいや、自分のことなのに他人事のフリしない」
「いやだって言われるまで多分一生気づかなかったと思うぞ?」そういって笑ってみせる万。万には驚きこそすれ発見以上の興味はないようだった。
万の生態の謎はこれだけではない。
「万ってその格好でねるの?」
「うん、そうだよ?」
「そんな格好でねれるの……?」
「むしろこの格好じゃないと落ち着かない」そう真顔で答える万。
「そうなんだ」そういって満足そうにねようとする万は、どっからどうみても羊のような格好をしていた。なんていうか真似はしたくないけれどちょっと触ってみたいようなふわふわ加減だった。そもそも荷物のどこに格納していたんだろう。万が寝ようとする時にどこからともなく現れて万が起きるといつの間にかなくなっている。旅の間何度も羊のようなものを探してみたけれどそれを見つけることにはいつも失敗するのだった。
万の生態の謎をもうひとつ挙げておこう。
それは旅の時間のほとんどを1冊の本を繰り返し読んでいることだ。本のタイトルも読めないし気になるから読んでみたいといっても「始にはまだ早いよ」と笑って取り合わなかったことから万能の器か忘却魔法になんらかの関係があって万にとって欠かすことのできないものなんだろうと思うことにした。羊のようなものと併せていつか解明してみたい謎だがかなり時間がかかるだろうとも思うから気長に調査していく所存である。
他にも気になるところがあるのだがそれもまた別の機会のために残しておくことにする。
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万と旅をはじめて1ヶ月ほどが経った。その間追手に襲われることもなく、順調といっていい旅だった。ただ勿論何事もなかった訳ではなく万曰く「何者かから追われている」とのことだった。
「どうやって追われているってわかるの?」
「万能の器だからね」
「またそれか」私は半眼で疑わしい旨をアピールする。
「ほんとだってばー」
「はいはい、先にいくよ」
「最近始が冷たくなったなあ」
「そんなことないよ」
「最初の頃は万能の器だからねっていうとすごいっていってくれたのに」
「なんでもかんでも万能の器だからっていわれていればこうなるよ」
「だって万能の器だからとしか説明できないことが多いんだよ」
「それで追手がもし本当に追って来ているとして何かやるの?」
「うーん、そうだなあ。望だと面倒だから捕獲しよっか」
「捕獲」
「うん、先に捕獲した方が疲れないし」
「疲れないのが理由なの……」
「まあね」かくして追手捕獲大作戦がはじまったのだった。
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万は通り道の途中に罠をしかけた。単純に腰ぐらいまではまるぐらいの落とし穴を掘ってわからないように切れ目の入った板を乗せてその上に砂をかけて巧妙にカムフラージュした。ほぼ万の手によるものだがわずか10分ほどで罠をⅠから作ってしまったのが職人のような技巧を感じさせた。
「こんなもんかな?」
「こういう仕事の早さは素直に見習いたいものですね」
「いやーそれほどでもー」
「罠の前に立っているとばれちゃうので隠れますよ」
「もうちょっと褒めてくれると完璧なんだけどなあ」
「はいはい」私たちが隠れてしばらく経ってから現れたのは、予想していた通り望だった。
「やっぱり望だったね」
「そうみたいだね」
「このまま予定」通り?」
「うん、このままいこう」
「わかった」望は警戒せずまっすぐ進んできてあと少しで罠にかかるというとき、
「追い付いたわよ!私の万さんに手を出すなんて100年早いわよ!」そういって突如望を後ろから蹴り飛ばした存在。それが万を助けた噂の王族の娘〈遥〉だった。
余談だが蹴り飛ばされた望はそのまま見事に落とし穴にはまってもがいており、遥も「あら?」といった様子で可愛らしく首を傾げてみせていた。
「数日振りだね、遥さん」
「あら?万さん!?あらやだ私ったらあられもない姿をみせてしまって」
「いやいや、父君を豪快にはたいて怯えられていたあの様子からお転婆なのは察しがついていたよお嬢さん」
「お恥ずかしいかぎりですわ、私ったらいつも力加減を間違えてしまって」そういって恥じ入ってみせる遥だが体格が万より少しいい望が3mも蹴り飛ばされて落とし穴に落ちるというのははたして力加減の問題で済ませてしまっていいのだろうかという疑問を私はとても提唱したい。