バルク
闇であった。
一寸先さえも見えない闇。
そこにアモンはいた。
胡坐をかき困ったような顔をしている。
無理もないことであった。
ここには本当に闇以外何もないのだから。
ザケルとの決戦でクレバス下に落下したアモンは
気がつくとこの闇の中にいたのだ。
どこまでいっても果てはなかった。
地面も掴み所がないかのようにふわふわしている。
空間に大気を感じず風の音さえもないのだ。
クレバスの底でないのは明らかであった。
ここでは何もできない。
ゆえに考えるしかない。
アモンが考えることといえば戦いのことであった。
ここにくる経緯となったザケルとの一戦。
強い男であった。
すごい男であった。
あれだけの打ち合いであの男はただの一発も
まともに自分の拳を受けてはいない。
そんな相手など今まで出会ったことなどなかった。
本気を出せる相手など。
そう本気を出して負けたのだ。
戦い続けていればそういうこともある。
あの男に負けたのならそれは本望ともいえるだろう。
では、負けることが望みだったのだろうか?
否、それは結果であって望みではない。
では、俺の望みとは…?
アモンは目を瞑って考える。
自分が何を求め、何を欲していたのかを。
そして自分が何も求めてはいなかったことに気付く。
たしかにより強き相手との戦いを渇望してはいた。
しかしそれは強い衝動に突き動かされてのことであり
欲しているものとは違うだろうと考えたのだ。
それは理由にならないと。
だがそれを言うなら物を食べることにも、女を抱くことにも、
仕事をすることにも理由がないことになる。
すべては本能に根ざした行動。衝動を否定するなら
人には何も残らないのだ。
ここにはその衝動がない。
猛る肉の躍動も。募る思いも。
ジリつく恐怖も。深い悲しみも。至福の喜びも。
ここには何もないのだ。
衝動というメッキの剥がされた虚無の世界。
どうやらここはそういう場らしい。
恋しい。衝動が恋しい。
生命が生命であるがゆえの衝動が。
進化への焦がれが。破壊への欲望が。
安らぎが。温かさが。温もりが。
そう温もり、すべてが始まったあの日の闘技場。
そして傷つきすべてが終わろうとしていたあの日。
あの日、たしかに温もりに包まれていた。
やさしさで満たされていた。
思えば、あれこそ生命が望む究極の場所であったろう。
では何故今、俺はここいるのか。
何故、俺はここに存在しているのか。
何故俺は…
そこでアモンは考えるのをやめた。
辺りに人の気配を感じたのだ。
暗がりでよくは見えないが子供のような背丈の者たちに囲まれている。
アモンはかすかな体臭に紛れるフェロモンの匂いから
彼女らがすべて女であることを知る。
彼女らはアモンの体を勝手にペタペタと触り
何事かを吟味しているようだ。
アモンも苦い顔をしながらも彼女たちの好きにさせた。
特に敵意がないのなら動く必要もない。
しばらくして彼女たちは聞いたこともない言葉で何事かを相談し、
一人の者がアモンの前に進み出た。
そして手を腰の辺りでクロスさせた。
ここでアモンは目を丸くする。
アモンのよく知る構えであったのだ。
これは古のボディビルダーより伝わるバルクという発声法の型の一つ。
このまま手を左右に開き、肺から押し出される膨大なブレスとともに声を出すのだ。
パンプアップと併用することで身体機能を高めることを
目的とした発声法だが、これには儀礼的な意味合いもあった。
そのブレスは海を越え、山を越え数多の生命に届くという。
生命を賛辞し、喜びを奏でる愛の歌。
突如オリバアヤアのブレスとともに、辺りに響くビッグボイス。
そのあまりの声量に思わず目を閉じたアモンが
次に見たのは見渡す限りの砂原と広大な海であった。
アモンは地上へと戻ってきたのだ。
そして激しく脈動し出すアモンの筋肉。
衝動が戻ってきたのだ。
喜びが戻ってきたのだ。
生きとし生ける者の中に潜む生命賛歌の潮流。
それがアモンの中で一気に弾けた。
「オオオオオオオオオオリバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
アモンは歌った。
高らかに。
晴れやかに。
生命の歌を。
筋肉の喜びを。
それは海を越え、山を越え、遠くラーマ大陸のある
パレナの地にも届いたという。
荒神アモンの再誕であった。




