マダム
パレナ領内の、とある鉱山にアモンとその巨躯の男はいた。
巨躯の男の名はナザレ。パレナの政をつかさどる魔道士会の長にして
実質的なパレナの王であった。
巨大なメモリー鉱石と向き合うようにナザレは書類を持っている。
書類は若い男たちの履歴書のようだった。
それを見ながらおもむろに口を開く。
「ザケル中佐とギー少佐…そして他にも数名。これが先刻のテロの
お仲間というわけだな。ふむ。ご苦労だったねライドーくん」
ナザレは脇にいた秘書風の女に書類を渡した。
そこでライドーはこういった。
「これがメモリー鉱石ですか。すごいな」
メモリー鉱。
近年発見された旧文明の知識が蓄積された鉱物。
ここから抽出される情報や道具により人類の生活レベルは
飛躍的な進歩を遂げていた。
「ああ、これが人類に多大な恩恵を与えてくれる夢の鉱石だよ。
…そして災厄の元でもある」
ナザレはそういってため息をついた。
災厄。
抽出作業の際に、図らずも現出してしまうアク。
そしてそこから生じる魔獣のことを憂いているのだ。
現在、世界各国で被害が続出している魔獣騒ぎ。
そのすべてがメモリー鉱の抽出作業の際に発生する人災であったのだ。
さらにナザレの憂いは隣国ロリューの不安定化にもあった。
皇帝の権威失墜によりコントロールの効かなくなった軍隊は、
パレナ領内でも度々問題行動を起こしていたからだ。
「わかった。この者らについては私の方で動向を調べさせてみよう。
内政干渉なぞしたくはないが、火の粉がこちらに飛んでくるようでは
対処しないわけにもいかんからな」
「ところで…」
「聞いたぞ。たしか、アモンとかいったか?
中々おもしろい男だそうじゃないか?」
ナザレは先刻の憂い声とは打って変わって、嬉々とした笑みを浮かべながら
ライドーにそう尋ねた。ライドーは戸惑いながらもこう返した。
「え、ええまあ。あの男アモンの戦闘能力は計り知れません。
スタジアムで見せた脅威のスピード。魔獣をも素手で圧倒するパワー。
恐らく世界中を巡ったとしてもあれほどの男はいないのではないでしょうかね?
どれも技術だとか、搦め手だとかが、空しくなるほどの筋肉による蹂躙劇でした」
「彼の強さは まさに世界最強。といっても過言ではないのかと、はい」
ライドーは饒舌に語りだした。普段はこれほど熱くものを語る男では
ないのだが、その魔神が如し強さを見るにつけ、大ファンとなっていた
アモンのこととなると舌が回り出して止まらなくなるのだ。
それを見て秘書風の女がクスリと笑った。
何がおかしいのかとライドーが問うと女はこういった。
「すみませんライドー様。ライドー様があまりに
その程度の男のことで熱くなるものですから…」
「なん…だと?」
ライドーは驚愕の表情を浮かべ、そういった。
アモンの実力がその程度とはこれいかに。
まったく女の言っている意味がわからなかったのだ。
「それでは、ナザレ様…少し遊んでみてもよろしいですか?」
秘書風の女はナザレにそういった。ナザレは困惑の表情を浮かべたが
やがて、やれやれとでもいう風に薄く笑い首を縦に振った。
女はそれを受け、近くにあったメモリー鉱石の欠けらを
取るとそれを壁に目掛けて思い切り投げつけた。
「ばッ!バカッ!!やめっ!!」
ライドーは悲鳴のような声をあげてそういった。
メモリー鉱は強い圧力を加えることで、中のコアといわれる
部位が物質化する性質を持っている。その際に出る黒い霧アクが件の
魔獣の元であり、絶対に外に出してはならない災厄であることを
知っていたのだ。
鉱石より現出する黒い霧。それはしだいにまとまっていき、
数秒後、巨大な体躯を持つ牛頭の巨人に変貌していた。
「おっ…おお…」
狼狽するライドー。
脇にいたナザレが心配せずに見ておくようにと
笑いながら言った。
奇声を張り上げながら襲い掛かってくる魔獣。
秘書風の女も同時に前に出て、突きを放つ。
鼻、人中、咽喉、心臓、水月、金的。
人の正中線にある急所を一呼吸で突いていた。
そのスピード、技術たるや人の領域ではなく、その上、突きの威力で
魔獣の突進は完全に止められていたのだ。
パワーも人のそれではない。
その脅威の連打で魔獣は地に倒れ、沈黙した。
「はああっ!!!!?」
再び驚きの声を上げるライドー。
個体差があるとはいえ、あのアモンが3発かかってやっと倒した魔獣を
一瞬で倒してのけたのだ。驚く以外になかった。
「人型の魔獣にも、人と同じ箇所に急所が存在しています。
そこを正確に突いたまでのこと。まあ、少し強めに押さないと
いけませんから、ちょっと体が火照っちゃいますけどね」
そういって女は服を脱いだ。
大きめの胸がふるりと露出する。
「ところで…どうでしたか?ライドーさん。
…私がそのアモンさんより劣って見えました?」
驚きで声もでないライドー。
しかし、一つ唾を飲むとゆっくりと女にこう聞いた。
「あんた…何者だ?」
それを聞き、女はこう答える。
「私はキュラ。ただの女ですわ♪」




