マンモス
それは周到とはほど遠い計画であった。
一人がデモ後方で乱闘騒ぎを起こし、
多くの人間の気がそちらに向いている間に手榴弾で
壇上の組合長を暗殺するというたった数人での無謀極まりない計画。
結果、暗殺は失敗し暗殺未遂犯の女兵士は
その場で捕らえられ激しい暴行を加えられていた。
おとり役の女将校もついに力尽き、男たちにいいように攻め上げられている。
そこに現れた巨躯の男アモン。
アモンは激しく殴られ失神している女兵士を抱え上げ、
肩に乗せると、女将校の下へと歩いていった。
その間、職人組合の者たちはアモンに対して何もしなかった。
いや、できなかったのだ。
通常であればこれだけのことをしでかした主犯格の者を
どこの誰ともわからない者にたやすく引き渡すわけがない。
しかし、アモンの持つ尋常ならざる獣性が男たちに背筋が凍るような畏怖を与え
その行動を妨げるという行動をとらせなかったのだ。
息も絶え絶えの女将校の下へ歩いていったアモンは
彼女も保護しようと手を伸ばした。
しかし、最後の力を振り絞ってその手を払った女将校は
右手を引き、腰を沈め構えた。
アモンに対して乾坤一滴の一撃を放とうというのだ。
ここでアモンは露骨に困惑の表情を浮かべる。
アモンの苦手としていることの中に手加減というものがある。
岩をも砕くその強大すぎる力を完全に
コントロールすることができていないのだ。
ゆえに以前、駅前で複数の女子高生たちに囲まれた時も
何もできずに彼女たちの余興に付き合う他なかったことがある。
もし、少しでも強引な力加減でその場を押し切ろうものなら、
たちまち多くの怪我人が出ていたであろう。
それがまだ年端もいかない女たちであればなおさらだった。
だが彼女は屈強な女軍人であり、大男さえもなぎ倒す特異な体の持ち主。
しかし疲労困憊なのは見るまでもない。
アモンが躊躇うのも無理は無かった。
攻撃されれば対応せざるをえないからだ。
そんなアモンの懸念をよそに女将校は、渾身の一撃をアモンへと放つ。
疲労しているとはいえ、全身の10割が白筋という
脅威の俊発特化型の体躯から放たれた剛拳である。
通常の男であれば喰らえば即、昏倒、即死レベルの危険な拳。
それをアモンは片手で受けた。
できるだけ、やわらかく、そしてソフトに。
だがしかし、たったそれだけの動作で、拳を放った女将校の
腕の筋は切れ、さらに大胸筋が破断した。
アモンの荒神のような力に腕が耐えられなかったのだ。
断末魔のような悲鳴をあげ、うつ伏せに突っ伏す女将校。
破断した大胸筋が乳房を押し上げ、倍以上に膨らむ。
アモンは彼女を跨いだ。追撃するためではなく、
他の男たちから保護するためだ。
そして辺りを見回す。
話では暗殺計画の首謀者は3人。
その3人と彼女たちの標的となっている者たちを保護することが
今回アモンの受けた依頼内容である。
ゆえに3人目を探しているのだ。一人だけ逃げたのかもしれないが
まだ何か計画しているのかもしれない。
直後、デモ会場の前方で怒号と悲鳴が上がった。
何と、会場内に、巨大なマンモスが乱入してきたのだ。
見るとその背中に一人の女軍人が乗っていた。
どうやらこれが彼女たちの奥の手というものであるらしい。
逃げ惑う群衆。
アモンは、二人を地面にやさしく寝かせると上着をかけ
その場を離れた。
そしてゆっくりと件のマンモスの元へ向かう。
古代種マンモス。
400万年前頃から生息していたと思われる巨大な像。
現在でも大氷海を越えた氷の大地に数百頭ぐらいの規模で
生息している。その体重20トン。体高9メートル。
古にはティラノサウルスさえなぎ倒したと言われる巨体は圧巻の一言であり
まさに地上最強といえた。
そんなマンモスの前まで行き、アモンは困惑の表情を浮かべる。
何と、先刻の女将校に向けたものとまったく同じ表情である。
つまり、この体重20トンの化け物を前にしても
手加減の必要を感じているということだ。
アモンは、突進してきたマンモスの頭に、拳をやさしく振り下ろした。
直後、地響きを立てて地面に崩れ落ちるマンモス。
脇には、気絶したマンモス乗りの女兵士を抱えていた。
今回の騒動での死亡者数0人、0匹。
アモンの規格外の力があったからこそなせた
まさに奇跡のような数字である。




