英雄小話05 : 秩序の城
英雄機関本部最上階。
円卓状に配置された重厚な会議室。
耐爆ガラスの向こうには、復興途中の都市が広がっている。
歪にそびえる高層建築群と、未だ手つかずの瓦礫地帯。
その隙間を縫うように整えられた新しい街並みが、世界が完全には癒えていない現実を静かに語っていた。
すでに数名が席についていた。
真紅のフルフェイスヘルメットを被ったまま、足を組み、だらしなく椅子に沈み込む男。
第一支部長――MSDマン。
その正面。
背筋をまっすぐ伸ばし、微動だにせず座る女性。
銀髪ショートが陽光を受けて淡く輝き、氷の刃のような鋭さを思わせる。
第二支部長――マエル・シュヴァリエ。
腕を組み、椅子にもたれかかるように座る巨漢。
筋骨隆々の身体と、抑える気すらない荒々しい空気。
第三支部長――ギョーム・ラヴォワイエ。
その隣には、モノクル越しに静かに場を見渡す初老の女性。
泰然自若とした佇まいは、この場の空気そのものを掌握しているかのようだった。
第四支部長――ンジンガ・アム・トゥワナ。
そして、まだ若さの残る精悍な男。
姿勢は正しく、軍人のような緊張感を漂わせている。
第五支部長――マーカス・レヴィン。
最後に、白いスーツを軽く着崩し、余裕の笑みを浮かべる優男。
第七支部長――サーダナ・カマド。
(第六支部長は欠席)
⸻
「全員揃ったようだな」
ンジンガの低く落ち着いた声が響く。
それだけで、会議室の空気は自然と引き締まった。
「定例報告に入る。各管轄エリアのヴィラン組織の状況を」
真っ先にギョームが鼻を鳴らし、豪快に笑う。
「ウチのエリアで本部に名前挙げられてた連中はよ、俺様が残らず潰した」
太い指で円卓を叩く。
「よえーよえー。拍子抜けだぜ」
マーカスは軽く手を上げ、苦笑混じりに肩をすくめる。
「私のところは、そもそもヴィランに組織的な活動などさせていませんね」
「動きが見えた時点で潰す。それだけです」
サーダナが楽しそうに頷いた。
「同感だよ、マーカス君」
「我々第七支部は効率主義だからね」
「組織を作らせてから叩くなんて、回りくどいことはしないさ」
その瞬間。
「てめぇら……」
ギョームが机を叩き、立ち上がりかける。
「喧嘩売ってんのか!?」
筋肉が盛り上がり、椅子が悲鳴を上げる。
だが――
「ギョーム」
氷のように冷たい声。
マエルだった。
「落ち着きなさい。ここは戦場ではないわ」
鋭い視線が突き刺さる。
ギョームは舌打ちしながら腰を下ろす。
「……ちっ」
「で?」
「お前のとこはどうなんだよ、氷女」
マエルは眉一つ動かさず答える。
「私のエリアでは、改造人間型ヴィランによる犯罪が前月比で急増しています」
「英雄因子の闇流通が活発化している兆候も確認済みです」
サーダナが大げさに目を見開いた。
「それは大変だ、麗しの姫」
「もしよろしければこの後、私がお力をお貸ししましょうか?」
パチリ、とウインク。
「結構です、ミスター」
マエルは視線すら向けずに言い放つ。
「奥様をお大事に」
「……手厳しいなぁ」
サーダナは苦笑する。
マエルは続けた。
「また、前月問題として報告した子どもの連続誘拐事件は解決しました」
ンジンガが静かに頷く。
「よくやった」
「引き続き警戒を続けてくれ」
「承知しました」
ンジンガの視線が円卓の端へ移る。
「――では、第一支部は?」
「あん?」
MSDマンが気怠そうに顔を上げる。
「ウチか?」
「えーっとなぁ……」
突然、指を一本立てた。
「まず一つ」
「最近力つけてきてる組織がある」
「クライシスゲート」
一瞬、空気が張り詰める。
だが本人は気にも留めず、次の指を立てる。
「それとは別に、違法因子の売買ルートが二つ」
「あと、小規模だけどクソしぶといギャングが一つ」
「それから――」
三本、四本、五本。
指が次々に立っていく。
「えーっと……あ、そうだ」
「生きたまま人間バラす殺人鬼が一人いる」
沈黙。
会議室の空気が凍りついた。
だが――
MSDマンは満足そうに指を眺める。
「……今んとこ五つだな」
円卓を囲む全員の視線が、じっとりと突き刺さった。
ギョームがぽつりと呟く。
「……多すぎねぇか?」
マーカスも引きつった笑顔で続ける。
「それ、もう“治安維持できてない”のでは……?」
サーダナは額を押さえた。
「普通さ、報告って“ありません”って言うものなんだけどなぁ……」
だが当の本人はケラケラ笑う。
「何言ってんだよ」
「ちゃんと把握してるだろ?」
「これから潰す予定ってだけだ」
マエルが冷たい声で刺す。
「……他支部は“潰し終えている”のよ」
「第一支部だけが、これからなの」
「あぁ?」
MSDマンは首をかしげる。
「そうとも言うな」
「まとめて相手した方が燃えるだろ?」
さらに指を折り直す。
「まあ、正確にはまだ増えそうだけどな」
「六つ目ができそうな気配もある」
完全にアウトな発言だった。
ンジンガが深くため息をつく。
「第一支部……相変わらずだな」
ギョームが腹を抱えて笑う。
「色物支部って言われる理由がよく分かるぜ」
「戦場そのものじゃねぇか」
「うるせぇな」
MSDマンは肩をすくめる。
「世界が悪ぃんだよ」
「俺のとこに厄介なのが集まるだけだ」
マエルは静かに睨む。
「それを誇るように報告する神経が理解できないわ」
「誇ってねぇよ」
「ただ数えてるだけだ」
そのあまりの開き直りに、情けなさが限界を越え、会議室には思わず笑いが漏れた。
ンジンガも口元を押さえながら、穏やかに締めくくる。
「――それでも問題ない、という結論で良いか。第一支部長、MSDマン?」
指を立てたまま答える。
「問題ねぇよ」
「次までには五つのうち一つか二つは片付けとくわ、ババア」
「全部解決しなさい、馬鹿者!!」
マエルの鋭いツッコミが会議室に響いた。
⸻
「ま、結論としては」
マーカスが場をまとめる。
「現状維持ですね」
「支部間の均衡は崩さない」
「第一支部も潰さない」
「第二支部の戦果には引き続き期待」
「異議は?」
「ねぇよ」
ギョームが即答。
「賛成」
サーダナが軽く手を挙げる。
「問題ありません」
マエルも静かに頷く。
ンジンガが締めくくった。
「では、次回まで各自の管轄を守れ」
「この世界の秩序は、我々が支えている」
その言葉に、誰も反論しなかった。
次回予告
第二支部の氷の女傑――マエル・シュヴァリエ。
刀身のない、虚ろな剣を握り、彼女は祈る。
許されよ。許されよ。
罪深き悪人どもに、永遠の赦しと安息を。
それは、彼女の心に立てかけられた司法の剣。
人を斬らず、肉を斬らず。
音はなく、慈悲もない。
ただ――
幽かな救いを与えんがために走る、白の刃
英雄小話06 : 正義の剣




