英雄小話04 : I'm HERO(後編)
即座にアジト内は騒然となり、
“侵入者殲滅戦”へと切り替わる。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!助けてぇぇぇ!!」
滂沱の涙を流しながら、イグアナは必死に走り回る。
銃弾が壁を穿ち、床を砕く。
影に飛び込み、転がり込み、なんとか弾幕を避ける。
「吾輩、不運すぎるぅぅ!!」
半泣きで叫ぶ。
「それもこれも支部長のせいだぁぁ!!
チクショー!!死んだら化けて出てやるぞぉぉ!!」
情けない絶叫のおかげで、位置は完璧に筒抜けだった。
逃げ回るだけの様子に、ヴィランたちも次第に理解し始める。眼前のイグアナ男が弱いことに。
「情けねぇ声だなぁ」
銃を構えたまま、顔中ピアスだらけの男がニタニタ笑う。
「死んだら化けるって?ヒヒヒ……
お前ホントにヒーローかよ?」
取り巻きたちも笑い声をあげる。
「上からの命令か?
可哀想だから、化けて出る準備、手伝ってやるよ」
「早く出てこいよー」
「出てこねぇなら手榴弾ぶち込むぞー」
「五つ数えるからなー」
影の中で、イグアナは震えながらも歯を食いしばった。
「……待て」
「あぁ?」
声のトーンを無理やり低くする。
「一つ言っておく」
精一杯の凄みを込めて。
「吾輩をただの可愛いだけの弱いヒーローだと誤解しているなら……それは大間違いだ」
一瞬の沈黙。
「吾輩は英雄機関所属のプロヒーロー。
当然、英雄因子も保有している」
「吾輩の能力はBマイナス――
『ノーズソルトフラッシュ』」
「触れたものすべてを塩の柱に変える……殺人光線だ!」
ざわり、と。
取り巻きの何人かに動揺が走る気配。
イグアナは影の中で小さくガッツポーズした。
(効いた……!)
だが。
リーダー格の男は無表情で言った。
「……手榴弾、ぶち込め」
「えっ」
次の瞬間。
轟音。
爆風が影を吹き飛ばす。
「なんでじゃああああああ!!!」
万歳したまま、煤だらけになって転がり出るイグアナ。
背中がじんわり黒く焦げていた。
ーー*ーー
工場の天井付近。
鋼鉄の梁に沿って張り巡らされたキャットウォークの上で、
MSDマンはヤンキー座りのまま、楽しそうに階下を見下ろしていた。
火花が散り、銃声と怒号が交錯する。
その中心で、グリーンイグアナが必死に逃げ回っている。
隣に立つのは、顔の半分を刺青に覆われたスキンヘッドの男。
腕を組み、つまらなそうに言った。
「……よろしいのですか。加勢しなくて。
あの男、このままでは死にますよ」
「あぁ?
何もわかんねぇなら黙って見てろ」
低く返すMSDマン。
男は視線を戦場に固定したまま、淡々と続ける。
「分かりますよ。我々は」
「弱者を蹂躙する術に長けている。
それは単なる嗜好ではない。生存戦略です」
「言葉、表情、発汗、動き。
恐怖の匂いを嗅ぎ取る力こそが、我々を生かしてきた」
「相手が自分を恐れているか。
ひいては――弱者かどうかを、我々は見抜く」
MSDマンは鼻で笑った。
「なんか、つまんねー話だな」
「つまらなくはありませんよ」
男は静かに言う。
「あなた方ヒーローは殺人を合法化され、
英雄因子という強大な力を与えられている」
「我々ヴィランとは違う。
より効率的に、より確実に悪を成さねば、
明日の朝日すら保証されないのです」
MSDマンは舌打ちする。
「ケッ……」
男は気にも留めず、さらに分析を続けた。
「あのイグアナ男の英雄因子。
能力が説明通りかどうかは別として――」
「Bマイナスというのは嘘ですね」
「纏うオーラ出力から見て、良くてCマイナス。
実際はDイコール程度でしょう」
「へぇ……なるほどな」
MSDマンは楽しそうに笑った。
「すげぇじゃねぇか。そこだけは当たりだ」
「アイツの英雄因子は最低ランクのDイコールだ」
「当たった物を塩の柱に変える、なんて聞こえはいいがよ」
「溜めは長ぇ、速度は遅ぇ。
当たったところで効果が出るまで二十分以上、連続照射が必要だ」
ケラケラと笑いながら、平然と部下の能力を暴露する。
刺青の男は、少し怪訝そうにMSDマンを見た。
「……彼が死んだら、次はあなたの番です」
「あなたは私が、直々に葬って差し上げましょう」
「あぁん?」
MSDマンは肩をすくめる。
「勘弁してくれよ」
フルフェイスヘルメットの奥で、
口角が邪悪に吊り上がった気配がした。
「それじゃあ、いつまで経っても――」
「俺の番が来ねぇじゃねぇか!」
ーー*ーー
鈍い衝撃音が響いた。
ヴィランの一人が、きりもみ回転しながら宙を舞い、壁へと叩きつけられる。
その中心。
涙をぼろぼろ流しながら、正拳突きの姿勢で固まるグリーンイグアナの姿があった。
「……人間が……あんなに吹き飛ぶだと……?」
ピアスだらけの男が、言葉を失う。
「なんだ、テメェ……」
イグアナは幽鬼のように、ふらり、ふらりと身体を揺らしながら歩き出す。
幾度もの恐怖と死の間際。
極限まで追い詰められたことで、瞳は暗く濁り、異様な威圧感が全身から溢れ出していた。
もはや、先ほどまで泣き叫んでいた情けないヒーローの姿ではない。
「撃て!!撃てぇぇぇぇ!!」
ピアスの男が叫ぶ。
次の瞬間。
イグアナを中心に、二百七十度を囲む位置から、マシンピストルの掃射が始まった。
弾丸の嵐。
だが――
タンッ、と軽やかな音と共に、イグアナの身体が宙に跳ね上がる。
鋭い弧を描きながら、銃を構えた集団へと突っ込んだ。
次の瞬間には、まるで演武の型をなぞるかのような美しい動きで、群れの中を駆け抜けていく。
拳が閃き、脚が唸る。
次々と吹き飛ばされるヴィランたち。
それは、先ほどまでの情けない姿とはまるで別人だった。
あまりの落差に、ピアスの男は戦慄して固まる。
「な……なんなんだ……テメェは……!」
ーー*ーー
キャットウォークの上。
片目を細めたまま、その光景を見下ろしていたのはドラゴンのリーダー、刺青の男だった。
彼が配備したのは、ただの銃持ちではない。
Dイコールとはいえ、射撃精度と反射神経を極端に強化する――
ガンスリンガー型英雄因子を埋め込まれた兵隊たちである。
この戦力で稼ぎ、改造費を回収し、さらに勢力を広げるはずだった。
だが。
「……あんな……訳の分からないヒーローもどきに……」
「手も足も出ないだと……」
その隣で、MSDマンがニヤニヤと笑っている。
「舐めんなよ」
少しだけ刺青の男を振り向く。
「アイツはな、ただの変態じゃねぇ」
「俺たちがヒーロー始めるより、ずっと前――
大災厄前からずっとヒーローだった変態だ」
「……なに?」
「もっとも」
MSDマンは肩をすくめる。
「今となっちゃ、大災厄以前の記憶は全部消えちまってる」
「どう戦ってたかも、何が得意だったかも、能力すら分かんねぇ」
「――でもな」
パン、と床を叩き、砂埃を払って立ち上がる。
「身体は覚えてんだよ」
「普段は情けなくても」
「追い詰められて、トランスに入れば――
昔のアイツが顔を出す」
服を整え、刺青の男へと向き直る。
その首元に、炎のようなエネルギーが走り、マフラー状に顕現していく。
英雄因子――心のマフラー。
「こっちもそろそろ、やろうぜ?」
「なんかよ……熱くなっちまった」
刺青の男は冷や汗を滲ませながらも、不敵に笑い、構えを取る。
「あぁ」
「貴様を殺し、下のイグアナ男も殺す」
「何も問題はない」
次の瞬間。
工場の天井を吹き飛ばすかのような爆風が巻き上がった。
ーー*ーー
パチリ。
イグアナのぎょろりとした目が瞬き、意識が戻る。
「――はっ!!」
飛び起きると同時に、気を失う直前の恐怖が走馬灯のように駆け巡る。
「吾輩、大ピンチぃぃ!!」
慌てて周囲を見回す。
そこには――
壁は砕け、床は抉れ、天井の一部すら焼け落ちた大惨事。
ヴィランの姿は、どこにもなかった。
「……え?」
呆然と固まるイグアナ。
その時。
「はい、おつかれー」
軽い声と共に、上空から影が降りてくる。
ストン、と無駄のない着地。
MSDマンだった。
「……え?」
呆然と立ち尽くすグリーンイグアナの前で、MSDマンは軽く肩を回した。
「終わったぞ」
「……え?」
「任務完了だ」
イグアナは工場内を見渡す。
床に転がる瓦礫。
砕けた壁。
焼け落ちた天井。
そして――
ヴィランの姿は、どこにもなかった。
「……え?」
「お前がやったんだよ」
「……吾輩が?」
「あぁ」
MSDマンは親指で背後を指す。
「単身突入して、ヴィラン集団を壊滅」
「見事なもんだったぞ」
(※ドラゴンのリーダーは、すでに跡形もなく消し飛んでいる)
「…………」
イグアナはしばらく口を開けたまま固まっていたが――
次第に、胸を張った。
「……ふ、ふふ」
「そうか……」
「やはり吾輩が……」
次の瞬間。
「いやぁぁぁ!!!」
突然、両手を広げて叫び出す。
「吾輩、やってやりましたぞぉぉ!!」
「英雄因子ホルダーのヴィラン集団を!」
「たった一人で!」
「塩の柱にして!拳で粉砕して!恐怖のどん底に叩き落としてやりましたぁぁ!!」
興奮した様子で、身振り手振りを交えて語り始める。
「まずリーダー格が突っ込んできましてな!吾輩がこの拳で――ドゴォン!!」
「次に銃を構えた連中を――ブワァァン!!」
「恐怖で泣き叫ぶヴィランどもを――バキィィン!!」
「いやぁ、英雄とはこうでなくては!!」
完全に自分の武勇伝モードだった。
その様子を眺めながら――
MSDマンは小さく息を吐く。
「……ぷっ」
そして、肩を揺らして笑った。
「なぁ、山梨」
少し遅れて、工場に駆けつけた山梨が、瓦礫を踏み越えてくる。
「支部長……これは一体……」
まだ状況を飲み込めず、呆然としている。
MSDマンはイグアナを顎で示しながら言った。
「俺がどうして、こいつを第一支部に置いてるか分かるか?」
「……ぜひ聞きたいですね」
真顔で答える山梨。
MSDマンは、にやりと笑った。
「――おもろいから」
「以上」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
武勇伝を語り続けるイグアナは、二人の会話に気づかず絶好調だ。
「いやぁ、吾輩もやればできる男でしてなぁ!」
「今後は第一支部のエースとして――」
怪訝そうな顔でイグアナを見る山梨。
さらにニヤニヤするMSDマン。
「……」
「……」
「……」
やがてMSDマンは踵を返した。
「帰るぞ」
「報告書は――」
「好きに書かせとけ」
「……了解です」
イグアナはまだ叫んでいる。
「いやぁ、あの時の吾輩の勇姿といったら――!!」
怪訝そうな視線を背中に感じながら、
MSDマンは楽しそうに笑って工場を後にした。
夜風が、焼けた金属の匂いを運んでいく。




