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MJ(工事予定地)  作者: にわとり
英雄小話
7/8

英雄小話04 : I'm HERO(後編)

 即座にアジト内は騒然となり、

 “侵入者殲滅戦”へと切り替わる。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!助けてぇぇぇ!!」


 滂沱の涙を流しながら、イグアナは必死に走り回る。


 銃弾が壁を穿ち、床を砕く。


 影に飛び込み、転がり込み、なんとか弾幕を避ける。


「吾輩、不運すぎるぅぅ!!」


 半泣きで叫ぶ。


「それもこれも支部長のせいだぁぁ!!

 チクショー!!死んだら化けて出てやるぞぉぉ!!」


 情けない絶叫のおかげで、位置は完璧に筒抜けだった。


 逃げ回るだけの様子に、ヴィランたちも次第に理解し始める。眼前のイグアナ男が弱いことに。


「情けねぇ声だなぁ」


 銃を構えたまま、顔中ピアスだらけの男がニタニタ笑う。


「死んだら化けるって?ヒヒヒ……

 お前ホントにヒーローかよ?」


 取り巻きたちも笑い声をあげる。


「上からの命令か?

 可哀想だから、化けて出る準備、手伝ってやるよ」


「早く出てこいよー」


「出てこねぇなら手榴弾ぶち込むぞー」


「五つ数えるからなー」


 影の中で、イグアナは震えながらも歯を食いしばった。


「……待て」


「あぁ?」


 声のトーンを無理やり低くする。


「一つ言っておく」


 精一杯の凄みを込めて。


「吾輩をただの可愛いだけの弱いヒーローだと誤解しているなら……それは大間違いだ」


 一瞬の沈黙。


「吾輩は英雄機関所属のプロヒーロー。

 当然、英雄因子も保有している」


「吾輩の能力はBマイナス――

 『ノーズソルトフラッシュ』」


「触れたものすべてを塩の柱に変える……殺人光線だ!」


 ざわり、と。


 取り巻きの何人かに動揺が走る気配。


 イグアナは影の中で小さくガッツポーズした。


(効いた……!)


 だが。


 リーダー格の男は無表情で言った。


「……手榴弾、ぶち込め」


「えっ」


 次の瞬間。


 轟音。


 爆風が影を吹き飛ばす。


「なんでじゃああああああ!!!」


 万歳したまま、煤だらけになって転がり出るイグアナ。


 背中がじんわり黒く焦げていた。



ーー*ーー



工場の天井付近。


鋼鉄の梁に沿って張り巡らされたキャットウォークの上で、

MSDマンはヤンキー座りのまま、楽しそうに階下を見下ろしていた。


火花が散り、銃声と怒号が交錯する。

その中心で、グリーンイグアナが必死に逃げ回っている。


隣に立つのは、顔の半分を刺青に覆われたスキンヘッドの男。

腕を組み、つまらなそうに言った。


「……よろしいのですか。加勢しなくて。

あの男、このままでは死にますよ」


「あぁ?

何もわかんねぇなら黙って見てろ」


低く返すMSDマン。


男は視線を戦場に固定したまま、淡々と続ける。


「分かりますよ。我々は」


「弱者を蹂躙する術に長けている。

それは単なる嗜好ではない。生存戦略です」


「言葉、表情、発汗、動き。

恐怖の匂いを嗅ぎ取る力こそが、我々を生かしてきた」


「相手が自分を恐れているか。

ひいては――弱者かどうかを、我々は見抜く」


MSDマンは鼻で笑った。


「なんか、つまんねー話だな」


「つまらなくはありませんよ」


男は静かに言う。


「あなた方ヒーローは殺人を合法化され、

英雄因子という強大な力を与えられている」


「我々ヴィランとは違う。

より効率的に、より確実に悪を成さねば、

明日の朝日すら保証されないのです」


MSDマンは舌打ちする。


「ケッ……」


男は気にも留めず、さらに分析を続けた。


「あのイグアナ男の英雄因子。

能力が説明通りかどうかは別として――」


「Bマイナスというのは嘘ですね」


「纏うオーラ出力から見て、良くてCマイナス。

実際はDイコール程度でしょう」


「へぇ……なるほどな」


MSDマンは楽しそうに笑った。


「すげぇじゃねぇか。そこだけは当たりだ」


「アイツの英雄因子は最低ランクのDイコールだ」


「当たった物を塩の柱に変える、なんて聞こえはいいがよ」


「溜めは長ぇ、速度は遅ぇ。

当たったところで効果が出るまで二十分以上、連続照射が必要だ」


ケラケラと笑いながら、平然と部下の能力を暴露する。


刺青の男は、少し怪訝そうにMSDマンを見た。


「……彼が死んだら、次はあなたの番です」


「あなたは私が、直々に葬って差し上げましょう」


「あぁん?」


MSDマンは肩をすくめる。


「勘弁してくれよ」


フルフェイスヘルメットの奥で、

口角が邪悪に吊り上がった気配がした。


「それじゃあ、いつまで経っても――」


「俺の番が来ねぇじゃねぇか!」


ーー*ーー


鈍い衝撃音が響いた。


ヴィランの一人が、きりもみ回転しながら宙を舞い、壁へと叩きつけられる。


その中心。


涙をぼろぼろ流しながら、正拳突きの姿勢で固まるグリーンイグアナの姿があった。


「……人間が……あんなに吹き飛ぶだと……?」


ピアスだらけの男が、言葉を失う。


「なんだ、テメェ……」


イグアナは幽鬼のように、ふらり、ふらりと身体を揺らしながら歩き出す。


幾度もの恐怖と死の間際。

極限まで追い詰められたことで、瞳は暗く濁り、異様な威圧感が全身から溢れ出していた。


もはや、先ほどまで泣き叫んでいた情けないヒーローの姿ではない。


「撃て!!撃てぇぇぇぇ!!」


ピアスの男が叫ぶ。


次の瞬間。


イグアナを中心に、二百七十度を囲む位置から、マシンピストルの掃射が始まった。


弾丸の嵐。


だが――


タンッ、と軽やかな音と共に、イグアナの身体が宙に跳ね上がる。


鋭い弧を描きながら、銃を構えた集団へと突っ込んだ。


次の瞬間には、まるで演武の型をなぞるかのような美しい動きで、群れの中を駆け抜けていく。


拳が閃き、脚が唸る。


次々と吹き飛ばされるヴィランたち。


それは、先ほどまでの情けない姿とはまるで別人だった。


あまりの落差に、ピアスの男は戦慄して固まる。


「な……なんなんだ……テメェは……!」


ーー*ーー


キャットウォークの上。


片目を細めたまま、その光景を見下ろしていたのはドラゴンのリーダー、刺青の男だった。


彼が配備したのは、ただの銃持ちではない。


Dイコールとはいえ、射撃精度と反射神経を極端に強化する――

ガンスリンガー型英雄因子を埋め込まれた兵隊たちである。


この戦力で稼ぎ、改造費を回収し、さらに勢力を広げるはずだった。


だが。


「……あんな……訳の分からないヒーローもどきに……」


「手も足も出ないだと……」


その隣で、MSDマンがニヤニヤと笑っている。


「舐めんなよ」


少しだけ刺青の男を振り向く。


「アイツはな、ただの変態じゃねぇ」


「俺たちがヒーロー始めるより、ずっと前――

大災厄前からずっとヒーローだった変態だ」


「……なに?」


「もっとも」


MSDマンは肩をすくめる。


「今となっちゃ、大災厄以前の記憶は全部消えちまってる」


「どう戦ってたかも、何が得意だったかも、能力すら分かんねぇ」


「――でもな」


パン、と床を叩き、砂埃を払って立ち上がる。


「身体は覚えてんだよ」


「普段は情けなくても」


「追い詰められて、トランスに入れば――

昔のアイツが顔を出す」


服を整え、刺青の男へと向き直る。


その首元に、炎のようなエネルギーが走り、マフラー状に顕現していく。


英雄因子――心のマフラー。


「こっちもそろそろ、やろうぜ?」


「なんかよ……熱くなっちまった」


刺青の男は冷や汗を滲ませながらも、不敵に笑い、構えを取る。


「あぁ」


「貴様を殺し、下のイグアナ男も殺す」


「何も問題はない」


次の瞬間。


工場の天井を吹き飛ばすかのような爆風が巻き上がった。


ーー*ーー


パチリ。


イグアナのぎょろりとした目が瞬き、意識が戻る。


「――はっ!!」


飛び起きると同時に、気を失う直前の恐怖が走馬灯のように駆け巡る。


「吾輩、大ピンチぃぃ!!」


慌てて周囲を見回す。


そこには――


壁は砕け、床は抉れ、天井の一部すら焼け落ちた大惨事。


ヴィランの姿は、どこにもなかった。


「……え?」


呆然と固まるイグアナ。


その時。


「はい、おつかれー」


軽い声と共に、上空から影が降りてくる。


ストン、と無駄のない着地。


MSDマンだった。


「……え?」


呆然と立ち尽くすグリーンイグアナの前で、MSDマンは軽く肩を回した。


「終わったぞ」


「……え?」


「任務完了だ」


イグアナは工場内を見渡す。


床に転がる瓦礫。

砕けた壁。

焼け落ちた天井。


そして――

ヴィランの姿は、どこにもなかった。


「……え?」


「お前がやったんだよ」


「……吾輩が?」


「あぁ」


MSDマンは親指で背後を指す。


「単身突入して、ヴィラン集団を壊滅」


「見事なもんだったぞ」


(※ドラゴンのリーダーは、すでに跡形もなく消し飛んでいる)


「…………」


イグアナはしばらく口を開けたまま固まっていたが――


次第に、胸を張った。


「……ふ、ふふ」


「そうか……」


「やはり吾輩が……」


次の瞬間。


「いやぁぁぁ!!!」


突然、両手を広げて叫び出す。


「吾輩、やってやりましたぞぉぉ!!」


「英雄因子ホルダーのヴィラン集団を!」


「たった一人で!」


「塩の柱にして!拳で粉砕して!恐怖のどん底に叩き落としてやりましたぁぁ!!」


興奮した様子で、身振り手振りを交えて語り始める。


「まずリーダー格が突っ込んできましてな!吾輩がこの拳で――ドゴォン!!」


「次に銃を構えた連中を――ブワァァン!!」


「恐怖で泣き叫ぶヴィランどもを――バキィィン!!」


「いやぁ、英雄とはこうでなくては!!」


完全に自分の武勇伝モードだった。


その様子を眺めながら――


MSDマンは小さく息を吐く。


「……ぷっ」


そして、肩を揺らして笑った。


「なぁ、山梨」


少し遅れて、工場に駆けつけた山梨が、瓦礫を踏み越えてくる。


「支部長……これは一体……」


まだ状況を飲み込めず、呆然としている。


MSDマンはイグアナを顎で示しながら言った。


「俺がどうして、こいつを第一支部に置いてるか分かるか?」


「……ぜひ聞きたいですね」


真顔で答える山梨。


MSDマンは、にやりと笑った。


「――おもろいから」


「以上」


「……それだけですか?」


「それだけだ」


武勇伝を語り続けるイグアナは、二人の会話に気づかず絶好調だ。


「いやぁ、吾輩もやればできる男でしてなぁ!」


「今後は第一支部のエースとして――」


怪訝そうな顔でイグアナを見る山梨。


さらにニヤニヤするMSDマン。


「……」


「……」


「……」


やがてMSDマンは踵を返した。


「帰るぞ」


「報告書は――」


「好きに書かせとけ」


「……了解です」


イグアナはまだ叫んでいる。


「いやぁ、あの時の吾輩の勇姿といったら――!!」


怪訝そうな視線を背中に感じながら、

MSDマンは楽しそうに笑って工場を後にした。


夜風が、焼けた金属の匂いを運んでいく。

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