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MJ(工事予定地)  作者: にわとり
英雄小話
6/8

英雄小話04 : I'm HERO(前編)

 英雄機関第一支部庁舎。

 過去の大災厄の爪痕が未だ街のあちこちに残る中、その建物だけは異様な存在感を放っていた。


 最先端技術を惜しみなく投入した耐爆構造。

 日々散発するヴィランによるテロ行為を想定し、もはや要塞と呼ぶほうが相応しい堅牢さを誇っている。


「うっぎゃああああああ!!!」


 ――その要塞の中で、あまりにも情けない悲鳴が響き渡った。


 声の主は、英雄機関第一支部所属ヒーロー、グリーンイグアナ。

 支部長室のど真ん中で正座をさせられ、膝の上には重そうな石板を載せられている。


 緑色に薄く発光する全身タイツ。

 リアルとコメディの境界線を踏み外したようなイグアナマスク。

 怪人じみたその姿のヒーローは、滂沱の涙と鼻水――いや、鼻から噴き出す塩の粒を撒き散らしながら、必死に首を振っていた。


 その石板の上に、ドン、と足が乗せられる。


 見下ろすのは、第一支部長――MSDマン。

 真紅のフルフェイスヘルメットに、表情を一切映さない遮光バイザー。

 その奥から覗く視線は、冗談めいていながらも、獲物を逃がさない獣のそれだった。


「イグアナ君さぁ」


 低く、よく通る声。


「なんで自分が、こんな目に遭ってるのか。言ってみようか?」


「な、なんでって……!」


 イグアナは石板の重みと痛みに顔を歪める。


「吾輩、ロストメモリーで見つけたみたいな拷問いしだきぜめを受ける理由など……うぎぎ……ありませんが!?」


「へぇー?」


 MSDマンは、わざとらしく首を傾げた。


「ベイグランドエリアのヴィランチーム壊滅任務。

 第二支部のヒーロー、ライト仮面が――大怪我したらしいなぁ?」


 視線が、ぐるりとイグアナを舐め回す。


 イグアナは滝のような汗を流しながら、必死に言い訳を並べ立てた。


「し、支部長!

 吾輩、最近あまり活躍できてなくてですね!

 プロヒーローの更新審査もギリギリ!

 実績作らなきゃって焦ってたところに、ライト仮面が格闘戦で敵ボスの動きを止めた瞬間が見えて!

 こ、ここしかないと思い、つい……!」


「……で?」


 MSDマンの声が、一段低くなる。


「背後から、ライト仮面諸共撃ちやがったのか?」


「で、でも安心してください!」


 イグアナは食い気味に叫んだ。


「吾輩の英雄因子『ノーズソルトフラッシュ』はですね!

 人体はほぼ傷つけず、武器や衣服だけを塩の結晶に変える、パーフェクトにセーフティーな能力でして――」


「よそのヒーロー辱めてどうすんじゃ!! コラ!!」


 ドンッ!!


 石板が踏み込まれ、支部長室に再び悲鳴が響き渡る。


「ぎゃあああああああああ!!!」


 要塞の壁は、びくともしなかった。


ーー*ーー



 涅槃に到達しかけているグリーンイグアナをちらりと一瞥し、

 MSDマンの横で報告書をめくりながら、山梨は小さくため息をついた。


「しかし……第二支部も容赦がありませんね。

 怪我は確かに負わせていますが、復帰まで数週間。

 それを理由に、今回の埋め合わせとして――我々の所属ヒーローの移籍を要求してくるとは」


「ちっ」


 MSDマンは舌打ちをし、腕を組む。


第二支部長マエルの野郎は、元々うちが気に食わねぇんだ。

 アイツが影で俺たちのこと、なんて言ってるか知ってるか?」


「存じ上げませんが」


「“お笑い色物支部”だとよ」


 一瞬、山梨の口元がわずかに緩む。


「……それは、なかなか芯を食ったご指摘ですね」


「おい。

 同意してんじゃねぇ。殺すぞ」


「失礼しました」


 山梨は咳払い一つで表情を戻し、淡々と報告を続ける。


「ただ、笑っていられる状況でもありません。

 第二支部への移籍が確定した結果、我が第一支部所属のプロヒーローは――」


 書類から視線を上げ、部屋を見回す。


「支部長と、グリーンイグアナさん。

 ついに、二名だけになりました」


「ぐっ……!」


 石板の重みに加え、精神的ダメージがイグアナを襲う。


「支部長は内務、対外折衝、機関内の政治も担っていただかねばなりません。

 現場任務は、必然的にグリーンイグアナさん単独になるでしょう」


 淡々と、しかし容赦なく。


「このままでは任務達成率はさらに低下し、

 第一支部の存続そのものが危ぶまれる可能性もあります」


「だよなぁ……」


 MSDマンはドカッと椅子に逆向きに腰を下ろし、背もたれに顎を乗せた。

 完全に黄昏れている。


「一案としては――」


 山梨はページをめくりながら言う。


「グリーンイグアナさんを、元々の所属である第三支部に戻し、

 代わりのヒーローをトレードで申請する、という手もあります」


第三支部長ギョームが承認するか?」


 MSDマンは鼻で笑った。


「アイツんとこは、露骨な戦闘力主義だろ。

 数字が出ねぇヒーローは嫌いだ」


 その瞬間。


「――チクショォォォォ!!!」


 地の底から響くような叫び声が、支部長室を震わせた。


「言いたい放題言いやがって!!

 こうなりゃ死なばもろともだ!!」


 石板を跳ね飛ばし、立ち上がるグリーンイグアナ。


「吾輩一人で、その辺のヴィランチームを壊滅させてやる!!

 山梨ぃ!!

 それと――MSDマン……さん!!

 あとで吠え面かいても知らんぞぉぉ!!!」


 叫び終えるや否や、

 石抱き責めの装置を力任せに破壊し、緑色の影は猛ダッシュで廊下の先へ消えていった。


 支部長室に、静寂が戻る。


 やれやれ、と。

 山梨は肩をすくめ、MSDマンと顔を見合わせた。


「……行きましたね」


「ああ」


 MSDマンは、どこか楽しそうに笑った。


「元気だな、アイツ」



ーー*ーー


 第一支部からほど近い廃区画。

 かつて倉庫として使われていた大型工場跡の前に、緑色の影が一つ立っていた。


 グリーンイグアナである。


 ここは、最近の調査で割り出された武装ヴィラン集団――

 その名も『ドラゴン』のアジト。


 英雄機関の正規流通から外れた違法英雄因子を裏で仕入れ、構成員全員が改造済みという危険な集団だ。


 戒めや縛りの少ないこの社会において、英雄機関へ真っ向から歯向かう存在は即座に賞金首となる。

 討伐すれば懸賞金と同時に、ヒーローとしての評価点も跳ね上がる。


 ――もっとも。


 一般ヴィランとは危険度が桁違いなのだが。


「……やるしか、ない」


 イグアナは震える両手をぎゅっと握りしめ、自分の装備を確認した。


 全身は死装束のつもりなのか、いつもの緑タイツの上から無駄に重ね着。

 頭には真っ白な鉢巻。

 その鉢巻と額には、なぜか煌々と燃える蝋燭が二本、しっかり固定されている。


 両手には、武器として持ち込んだ巨大な金槌。


 覚悟は壮絶。

 だが見た目は、どう見ても何か別の宗教儀式だった。


「不退転……不退転……」


 ぶつぶつと呟きながら、アジトを睨みつける。


「よし……まずは偵察……」


 イグアナは建物の側面に回り込み、小さな換気窓を見つけた。


「そーっと……そーっとだ……」


 音を立てぬよう、ゆっくり窓を押し上げる。


 ――その瞬間。


「ひいっ!!」


 窓の向こう。

 ちょうど顔の延長線上に、ドラゴンの構成員がいた。


 互いに目が合う。


 相手は、まるで化け物でも見たかのように顔を引き攣らせ、完全に硬直している。


「……あ」


 イグアナの脳内が真っ白になる。


 次の瞬間。


「うおおおおお!!」


 錯乱したまま、反射的に右ストレート。


 窓越しに顔面へ直撃。


 ガラスが割れ、男は吹き飛んだ。


 こうして――


 グリーンイグアナの潜入・各個撃破作戦は、開始一秒で失敗した。



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