英雄小話04 : I'm HERO(前編)
英雄機関第一支部庁舎。
過去の大災厄の爪痕が未だ街のあちこちに残る中、その建物だけは異様な存在感を放っていた。
最先端技術を惜しみなく投入した耐爆構造。
日々散発するヴィランによるテロ行為を想定し、もはや要塞と呼ぶほうが相応しい堅牢さを誇っている。
「うっぎゃああああああ!!!」
――その要塞の中で、あまりにも情けない悲鳴が響き渡った。
声の主は、英雄機関第一支部所属ヒーロー、グリーンイグアナ。
支部長室のど真ん中で正座をさせられ、膝の上には重そうな石板を載せられている。
緑色に薄く発光する全身タイツ。
リアルとコメディの境界線を踏み外したようなイグアナマスク。
怪人じみたその姿のヒーローは、滂沱の涙と鼻水――いや、鼻から噴き出す塩の粒を撒き散らしながら、必死に首を振っていた。
その石板の上に、ドン、と足が乗せられる。
見下ろすのは、第一支部長――MSDマン。
真紅のフルフェイスヘルメットに、表情を一切映さない遮光バイザー。
その奥から覗く視線は、冗談めいていながらも、獲物を逃がさない獣のそれだった。
「イグアナ君さぁ」
低く、よく通る声。
「なんで自分が、こんな目に遭ってるのか。言ってみようか?」
「な、なんでって……!」
イグアナは石板の重みと痛みに顔を歪める。
「吾輩、ロストメモリーで見つけたみたいな拷問を受ける理由など……うぎぎ……ありませんが!?」
「へぇー?」
MSDマンは、わざとらしく首を傾げた。
「ベイグランドエリアのヴィランチーム壊滅任務。
第二支部のヒーロー、ライト仮面が――大怪我したらしいなぁ?」
視線が、ぐるりとイグアナを舐め回す。
イグアナは滝のような汗を流しながら、必死に言い訳を並べ立てた。
「し、支部長!
吾輩、最近あまり活躍できてなくてですね!
プロヒーローの更新審査もギリギリ!
実績作らなきゃって焦ってたところに、ライト仮面が格闘戦で敵ボスの動きを止めた瞬間が見えて!
こ、ここしかないと思い、つい……!」
「……で?」
MSDマンの声が、一段低くなる。
「背後から、ライト仮面諸共撃ちやがったのか?」
「で、でも安心してください!」
イグアナは食い気味に叫んだ。
「吾輩の英雄因子『ノーズソルトフラッシュ』はですね!
人体はほぼ傷つけず、武器や衣服だけを塩の結晶に変える、パーフェクトにセーフティーな能力でして――」
「よそのヒーロー辱めてどうすんじゃ!! コラ!!」
ドンッ!!
石板が踏み込まれ、支部長室に再び悲鳴が響き渡る。
「ぎゃあああああああああ!!!」
要塞の壁は、びくともしなかった。
ーー*ーー
涅槃に到達しかけているグリーンイグアナをちらりと一瞥し、
MSDマンの横で報告書をめくりながら、山梨は小さくため息をついた。
「しかし……第二支部も容赦がありませんね。
怪我は確かに負わせていますが、復帰まで数週間。
それを理由に、今回の埋め合わせとして――我々の所属ヒーローの移籍を要求してくるとは」
「ちっ」
MSDマンは舌打ちをし、腕を組む。
「第二支部長の野郎は、元々うちが気に食わねぇんだ。
アイツが影で俺たちのこと、なんて言ってるか知ってるか?」
「存じ上げませんが」
「“お笑い色物支部”だとよ」
一瞬、山梨の口元がわずかに緩む。
「……それは、なかなか芯を食ったご指摘ですね」
「おい。
同意してんじゃねぇ。殺すぞ」
「失礼しました」
山梨は咳払い一つで表情を戻し、淡々と報告を続ける。
「ただ、笑っていられる状況でもありません。
第二支部への移籍が確定した結果、我が第一支部所属のプロヒーローは――」
書類から視線を上げ、部屋を見回す。
「支部長と、グリーンイグアナさん。
ついに、二名だけになりました」
「ぐっ……!」
石板の重みに加え、精神的ダメージがイグアナを襲う。
「支部長は内務、対外折衝、機関内の政治も担っていただかねばなりません。
現場任務は、必然的にグリーンイグアナさん単独になるでしょう」
淡々と、しかし容赦なく。
「このままでは任務達成率はさらに低下し、
第一支部の存続そのものが危ぶまれる可能性もあります」
「だよなぁ……」
MSDマンはドカッと椅子に逆向きに腰を下ろし、背もたれに顎を乗せた。
完全に黄昏れている。
「一案としては――」
山梨はページをめくりながら言う。
「グリーンイグアナさんを、元々の所属である第三支部に戻し、
代わりのヒーローをトレードで申請する、という手もあります」
「第三支部長が承認するか?」
MSDマンは鼻で笑った。
「アイツんとこは、露骨な戦闘力主義だろ。
数字が出ねぇヒーローは嫌いだ」
その瞬間。
「――チクショォォォォ!!!」
地の底から響くような叫び声が、支部長室を震わせた。
「言いたい放題言いやがって!!
こうなりゃ死なばもろともだ!!」
石板を跳ね飛ばし、立ち上がるグリーンイグアナ。
「吾輩一人で、その辺のヴィランチームを壊滅させてやる!!
山梨ぃ!!
それと――MSDマン……さん!!
あとで吠え面かいても知らんぞぉぉ!!!」
叫び終えるや否や、
石抱き責めの装置を力任せに破壊し、緑色の影は猛ダッシュで廊下の先へ消えていった。
支部長室に、静寂が戻る。
やれやれ、と。
山梨は肩をすくめ、MSDマンと顔を見合わせた。
「……行きましたね」
「ああ」
MSDマンは、どこか楽しそうに笑った。
「元気だな、アイツ」
ーー*ーー
第一支部からほど近い廃区画。
かつて倉庫として使われていた大型工場跡の前に、緑色の影が一つ立っていた。
グリーンイグアナである。
ここは、最近の調査で割り出された武装ヴィラン集団――
その名も『ドラゴン』のアジト。
英雄機関の正規流通から外れた違法英雄因子を裏で仕入れ、構成員全員が改造済みという危険な集団だ。
戒めや縛りの少ないこの社会において、英雄機関へ真っ向から歯向かう存在は即座に賞金首となる。
討伐すれば懸賞金と同時に、ヒーローとしての評価点も跳ね上がる。
――もっとも。
一般ヴィランとは危険度が桁違いなのだが。
「……やるしか、ない」
イグアナは震える両手をぎゅっと握りしめ、自分の装備を確認した。
全身は死装束のつもりなのか、いつもの緑タイツの上から無駄に重ね着。
頭には真っ白な鉢巻。
その鉢巻と額には、なぜか煌々と燃える蝋燭が二本、しっかり固定されている。
両手には、武器として持ち込んだ巨大な金槌。
覚悟は壮絶。
だが見た目は、どう見ても何か別の宗教儀式だった。
「不退転……不退転……」
ぶつぶつと呟きながら、アジトを睨みつける。
「よし……まずは偵察……」
イグアナは建物の側面に回り込み、小さな換気窓を見つけた。
「そーっと……そーっとだ……」
音を立てぬよう、ゆっくり窓を押し上げる。
――その瞬間。
「ひいっ!!」
窓の向こう。
ちょうど顔の延長線上に、ドラゴンの構成員がいた。
互いに目が合う。
相手は、まるで化け物でも見たかのように顔を引き攣らせ、完全に硬直している。
「……あ」
イグアナの脳内が真っ白になる。
次の瞬間。
「うおおおおお!!」
錯乱したまま、反射的に右ストレート。
窓越しに顔面へ直撃。
ガラスが割れ、男は吹き飛んだ。
こうして――
グリーンイグアナの潜入・各個撃破作戦は、開始一秒で失敗した。




