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MJ(英雄小話)  作者: にわとり
英雄小話
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英雄小話10 : 欠月ーTHE CRESCENT MOONー(後編)



 殺人鬼スマイル。

 身体から、MSDマンの知らない黄金のオーラを立ち上らせながら笑うこの狂った獣は、MSDマンにとって最悪のタイミングで現れたと言っていいだろう。

 クライシスゲートの4人の課長の連携だけをとっても充分に脅威だった。おそらく彼らの追撃が無いのは、事前にこの展開を読んでいたからだろう。考えれば明確に英雄因子を使っていたのは2人で、残りの1人ーーー眼鏡の優男は間違いなく英雄因子すら使っていない。それでも削られた。


 そして、ここに繋げられた。


 頭はじくじくと痛み、体の健全さとは裏腹に痛みと倦怠感は身体全体を駆け回る。


 だが、MSDマンはこれらの事実に、そして作られたこの状況に笑っていた。心の底から燃え上がる炎を感じていた。


「よぉ、怪物。なんでお前が“そうなった”?」


 怪物は意味のある言葉を返さない。

 言葉にもならない。

 ただ、喉の奥を引き裂くような、濁った狂笑だけが豪雨の中へ撒き散らされる。


 「人間辞めたってか?それとも死んで本当の怪物になった口か?」


 そこまで聞いて、ふっと笑う。


 「つってもーーー。俺も大概化け物だの、怪物だの陰口叩かれてた側だったわ。失礼なこった。ーーーな?」


 スマイルは応えず、笑いながら距離を詰める。


「ッ――!」


 MSDマンは反射で身を捻る。

 スマイルの腕が、さっきまで首のあった空間を薙いだ。


 ごっそり、と。


 背後の鉄筋コンクリートが、音もなく削れる。

 砕けるのではない。割れるのでもない。ただそこだけが、世界から引き剥がされたみたいに失われる。


 MSDマンは床を蹴り、すれ違いざまに拳を叩き込んだ。


「オラァッ!!」


 重い。

 骨まで届く、喧嘩慣れした一撃。


 だがスマイルは吹き飛びながらも、着地の形を取らない。獣のように四肢をついて滑り、狂った笑いを漏らしながら、そのまま跳ね返るように突っ込んでくる。


「速いじゃねぇか!なぁ、親友!!」


 振り下ろし。蹴り上げ。

 技ではない。ただ破壊だけを目的にした連撃。だがスマイルの四肢から放たれるそれらは一発一発が必殺。余計な理屈など何も無い。触れた先から世界の側が“消え去る”。


 MSDマンの赤いマフラーが唸りを上げる。


 拳が頬を掠めた。

 肩を掠めた。

 脇腹へ、わずかに触れた。


「がッ……!」


 痛みより先に、喪失感が来た。

 肉が裂ける感覚ではない。削れる。奪われる。そこに在ったはずのものが、理屈を飛ばして減っている。


 だが、その欠損を赤い炎が呑み込んだ。


 じゅ、と焼けるような音を立てて、傷が閉じる。

 骨が戻る。肉が盛る。血が止まり、傷つく前よりもむしろ鋭く、強く、身体が仕上がっていく。


 MSDマンが笑った。


「考えてみりゃあよ、俺たちはこんな能力ちからを手にしたから怪物だのなんだの呼ばれちまった。お前がどうしてそうなったかは分からねぇが、俺はお前を理解わかってる!」


 応じるように、スマイルの口元がさらに深く吊り上がる。

 泣きながら笑う、あの壊れた顔のままで。


 再び激突。


 スマイルの蹴りがMSDマンの胸を抉り、MSDマンの拳がスマイルの顔面を打ち抜く。

 スマイルの腕が腹を削り、MSDマンの膝が脇腹へめり込む。

 赤い炎と、金色にも見える異様な気配が、豪雨の駐車場の中で何度もぶつかり合った。


 削れては戻る。

 戻っては強くなる。


 スマイルの喉から、苛立ったような獣声が漏れた。


 笑っている。

 だがその笑いの底に、わずかな乱れが混じったのを、MSDマンは見逃さなかった。


「どうだ、気持ち悪ぃだろ?」


 血の混じった唾を吐く。


「こっちはもっと気持ち悪ぃんだよ。毎回毎回、死にかけて強くなるなんてなァ!」


 スマイルが踏み込む。


 その拳がMSDマンの頭を吹き飛ばした。


 赤いヘルメットごと、上半分が“欠ける”。


 常人なら即死。

 ヒーローでも終わり。再生能力のあるヒーローでも、それは変わらない。


 英雄因子は頭に埋め込む。

脳に近いほど反応は速く、純度も落ちない。離れた部位へ置けば、発動は鈍り、出力も減衰する。

だから誰もが頭へ埋める。

だが、MSDマンはその常識をせせら笑うように、次の瞬間には首元の赤い炎を爆ぜ上がらせた。


 雨の中、再生した顔でMSDマンは笑っていた。


「倒れるかよ。いや、倒れるたびに強くなる。俺の魂も鼓動も燃え上る。身体の芯から炎より熱い血が湧き上がる。聞いてるか、親友?」


そう言いながら身を沈め、スマイルの懐へ潜る。

叩き返すようなアッパーが、怪物の顎を打ち抜いた。

 怪物の身体が浮く。だがそのまま半回転し、獣のような姿勢で着地する。


 そして、今度は笑いながら――ほんの少しだけ、困惑したようにも見えた。


 頭を飛ばしても止まらない。

 殺しているのに、死なない。

 それどころか、削れば削るほど強くなる。


 その事実を、怪物は理屈ではなく本能で理解し始めていた。


普通の能力者なら、頭を潰せば止まる。

だが、それでは教科書通りだ。本当に強い相手と戦うなら、弱点まで“当たり前”にしてはいけない。

MSDマンは、減衰と再生速度、強化幅、その全部を計算して、因子を肩へ置いた。

不利はでかい。だが、その不利ごとねじ伏せてきた。


そして今、スマイルは怪物の本能で、その一点を嗅ぎ取った。


「……っ!」


 スマイルの動きが変わった。


 頭を狙わない。

 胸でもない。腹でも脚でもない。


 MSDマンの上半身、その近く。

 脳から遠すぎず、しかし頭そのものではない場所。守りやすく、本能で庇いやすい一点へ、スマイルの殺意が収束していく。


 ぞくり、とした。


 来る。


 そう思った瞬間には遅かった。


 スマイルが笑う。

 泣きながら。

 獣の咆哮を漏らしながら、真横から飛びつくように食らいついた。


「――がァッ!?」


 肩口。


 そこを、怪物の牙が抉る。


 肉を裂く感触は一瞬だった。

 次の瞬間には、そこに在ったはずの“核”ごと、何かを持っていかれる感覚だけが残る。


 スマイルが跳び退く。


 その口元には、血と、砕けた機械片のようなものが覗いていた。怪物はそれを泣き笑いながら咀嚼し、飲み込んだ。

 まるで、「もう、お前は再生できない」とでも言いたいかのように。


 だが、言われるまでもなく、MSDマンは自身の英雄因子が、奪われたのだと理解していた。マフラーの消失。再生の停止。


 そして、世界が急に重くなった。


「っ……、ぐ……!」


 肩から血が溢れる。

 脇腹の欠損も。腿の裂傷も。頭を再生した時の負荷も、全部まとめて肉体へ圧し掛かってきた。


 足元が揺れる。


 だが、それでも。


 MSDマンは、笑った。


「……は!俺の英雄因子を食いやがったか!」


 喉が詰まる。血が混じる。

 それでも笑う。


「だが、気ぃつけろ……よ?腹ぁ、下すぞ」


 その言葉と同時に今度は、スマイルが突如膝をつく。


 泣き笑う黄金の欠月はこれまでより一層激しく顔を歪めて苦しむように唸っている。


「だから言ったろ……。英雄因子は、高ランクほど負荷が重てぇ。お前のその力が何かは知らねぇが……最低でもA帯の異能だ。同時に喰えば……そうもなる」


 消滅の理の源である黄金の光がかげる。何より、雷の如く怪物の脳内を駆け巡る情報の奔流は、一秒毎に殺人的な負荷を怪物に与え続けていた。


「う、がぁ……。連れてクナ!奪ウナ!これ以上!コレ以上ォォォォ!!」


怪物は両手で頭を抱えながら海老反りになって叫ぶ。それは、助けを求めて泣き叫ぶ、怪物が初めて発した人間としての声だった。


 しかし、MSDマンはそれだけで怪物の源を何となくだが察してしまった。子どもの泣き声に引き寄せられる怪物。奪われることに対する拒絶。そして矛盾を抱えながら笑い、そして泣くその様はきっとーーー。


「……そうかぁ。お前……消費つかわれてきた子どもの……なれの果て……か?」


 そう感じ取ったことに、頭の中に理論立てられる根拠はない。ただ、そうなのだと、MSDマンは理解する。

 死に際の思考の鋭敏化、高速化、感覚の拡大。そんな与太話を信じたくなるほど唐突で、それでも当然だと、そう思った。


 弱ければ貪られる。金が無ければ奪われる。それは、この街では当たり前の事実。良いとか悪い以前のただの決まり事だ。だが、だからこそ。


「……ック。そりゃあ、世界を否定したくなるよなぁ。」


 眼前の怪物に語る声は、何故か優しかった。それは、怪物が苦しみ、泣き叫ぶ、ただの人に見えたからか。


「そりゃあ……、笑わなきゃ立ってられないよな」


 だが、死に体はMSDマンもまた、同じ。怪物に付けられた傷はもはや塞がらず、これまで積み上げた強化も英雄因子の喪失により取り上げられた。出血量は明らかに致命に至る量。もはや立っていることすら奇跡である。


 それでも、MSDマンはふらつく足で立ち上がる。


 もう再生はしない。

 身体は限界を越えている。血は止まらない。視界も霞む。


「だけどよ。このままには……できねぇ。逃がしたガキどもから話を聞いて、もうじき俺の部下が来る。小心者で、お節介で……そういう時だけ妙に根性ある奴らだからなぁ」


 そんなMSDマンを見据え、震え、狂乱しながら怪物も立ち上がる。笑いはとっくに止まっていて、苦しみと怒りとも取れぬ表情で、ただ、泣いていた。


「頭ノ中で……声が、スルんだ!全部壊せ!ゼンブ、殺セって!」


 首をもたげ、震えた身体を無理矢理動かすようなぎこちない動きで、拳を振り抜く。


 だが、それをMSDマンは止める。そんな力など、どこにあるのか、MSDマンすら分からない。

 足はふらついて、よろける。

 一呼吸毎に口が鉄の味で満たされる。

 それでも、心だけはまだ折れていない。

 既に機能を失ったマフラーのそのように。燃えたぎるものが心に残っている。


「そうだよなぁ……。始めから、これで良かったんだ……。どんなに強くて、めちゃくちゃな能力でも……元々が俺の力じゃねぇ。

誰かに頭下げて、恵んでもらったような力だ。

英雄因子こんなもんに頼って勝っても……ダセェよな?」


 スマイルはMSDマンに止められた拳を必死に振り解こうとするが、ピクリとも動かない。もはや、いつ死んでもおかしくない。そんな瀬戸際にいるはずの男を払えない。


 MSDマンは血に濡れた顔で笑った。怪物のように、ヒーローのように、何よりいつものように。


「忘れてたんだ……俺らは怪物で、そんでヒーローで、でも同じ、育ちの悪い……ただの人間だろ?」


 雨が打つ。

 全身から血が流れる。

 それでも声だけは、妙に晴れていた。


能力こんなものなんか捨てて……、ぶつけ合おうぜ!兄弟!!」


 一歩、踏み出す。


「俺のツッパリと、お前のツッパリ」


 もう一歩。


「どっちが上か――それだけの話だろ!!」


 MSDマンが駆けた。


 スマイルも同時に駆ける。

 狂笑。

 獣声と涙。


 狂い泣き叫ぶ怪物と、血を吐きながら笑うヒーローが、豪雨の中を一直線に駆ける。

 拳と拳。

 

 もう、止まらない。

 雷光と衝突。


 骨の軋む音も、肉の裂ける音も、雨と雷に呑まれて消えた。


 ただ、二つの影だけが、大きく揺れた。


 そして。


 豪雨の中へ、同時に崩れ落ちる。


 赤い英雄が、雨に打たれて揺れる。

 泣き叫ぶ三日月が、泥と血に濡れて歪む。


 最悪の災害と、第一支部長。


 そのどちらも、もう立ち上がらない。


 MSDマンのポケットの壊れた通信端末が小さく、何度も鳴り続けていた。





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