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MJ(英雄小話)  作者: にわとり
英雄小話
20/24

英雄小話09 : 心のマフラー(後編)




「……診察♡ 診察♡」


トテトテ、と軽い足音。


殺人医師が高台から降りてくる。

血に濡れた白衣を揺らしながら、まるで遊びに行く子どもみたいに、MSDマンの傍へ向かう。


「ヘルメットの中、どうなってるかなぁ? ねぇ、見せて。診察♡診察♡」


猫彦が、即座に声を投げた。


「不用意に近寄るな」


「えー? 近寄らなきゃ診察できませんよー」


殺人医師は笑って、しゃがみ込む。

指先がヘルメットに触れようとした、その瞬間——


首元で、赤い光が燃え上がった。


炎のような、マフラーの形をした赤光しゃっこう

青い起動光を喰い破るように、輪郭を持って揺れる。


「っ——!」


殺人医師が息を呑む暇もなく、MSDマンが起き上がる。


立ち上がるというより、引きずり上げる。

燃える首元の赤が、身体を“折らせない”まま持ち上げている。


MSDマンは殺人医師の襟元を掴んだ。


そのまま、ひょい、と持ち上げる。


「ひぁっ⭐︎!」


殺人医師が笑う。悲鳴じゃない。歓声だ。


「おへそ見えちゃう」


本当に上着の裾を押さえて、くすくす笑った。


——その時。


上から、透明な塊が落ちてくる。


薬品が入ったビーカー。

空気を切る音が遅れて聞こえた瞬間には、もう手首の上で砕けていた。


濃硫酸。


湯気のような白い煙が立ち、肉が焼ける匂いが広がる。

襟元を掴んでいたMSDマンの手首が、音もなく溶け始めた。


「——ッ、……!」


痛みが走る。

だが、叫ぶより先に手がほどける。


殺人医師が尻もちをついて解放され、転がるように後ろへ下がった。

逃げる、というより——名残惜しそうに距離を取る。


「んふふ……♡ もう。乱暴なの、だめぇ」


殺人医師は頬を赤くして頬を押さえて悶えている。


MSDマンは、歯を食いしばった。


バイザーに手をかける。ガコン、と硬い音。

開けた隙間から、ヘルメットの中に溜まった血液を一気に吐き出すように流した。


赤が、床の白線を汚す。

点々と落ちて、滴が伸びる。


「ってぇなぁ……畜生」


吐き捨てるように言って、当たり前みたいにバイザーを閉める。

ガチャリ。

何事もなかったように。


猫彦が小さく頷いた。


「成程。支部長クラスは伊達ではないか」


「あーん?」


MSDマンが首を鳴らす。

赤いマフラーの炎は、まだ燃えている。


「当たり前だろ。俺の英雄因子《心のマフラー》はなぁ、そんじょそこらの再生能力とは訳が違うぞ」


親指で、自分の首元を指す。


「赤いマフラーはヒーローの証だ。“諦めなければ”無限に再生して、無限に強化される」


そこで、ウェイテルが口を挟んだ。


杖をカン、と鳴らす。

苛立ちというより、取るに足らない存在への辟易が音になった。


「馬鹿馬鹿しい。無限なはずがなかろう」


笑いもせずに言い捨てる。


「“諦めなければ”だと? そんな数式化できぬ条件に、どれ程の意味がある」


「英雄因子はランクが高ければ高いほど、発動と維持に莫大な脳の演算能力を用いる」


淡々と続ける。


「貴様の英雄因子、情報ではBプラスらしいの。貴様の心とやらがどうであろうと、能力を使えば使うほど貴様の処理能力には翳りができる」


殺人医師が、嬉しそうに手を叩いた。


「アハ! そうですょお」


笑い声に、ザザ……とノイズが混じる。


「無理してます、ダメです(乂’ω’)! 患者さん」


首を傾げ、うっとりした目で見つめる。


「だって身体は治ってもぉ、“痛み”までは取れないんですから♡」


猫彦が、静かに言った。


「やる事は何も変わらん」


ナイフを握り直す。拳銃の位置を確認する。


「お前が死ぬまで。擦り切れるまで。削り続けてやる」


ウェイテルは杖を突いたまま、手印の指をゆっくり組み替える。

殺人医師はビーカーをもうひとつ、指先でくるりと遊ばせる。

猫彦の目は、最短の殺し筋だけを見ている。


三人が、再び構えを取った。


MSDマンは、それでも笑った。


赤い炎が、首元で跳ねる。


「そういうのは、できねぇから意味ないって言ってんだァ!」


爆発するマフラーの炎が、第二ラウンドのゴングを鳴らした。




殺人医師が、笑う。

仰け反らせた身体が弓のようにたわみ、

息の摩擦が、不快なラジオノイズを混ぜて、立体駐車場の吹き抜けに反響した。


青い光が、彼女を包む。


狂笑が止むと、今度は力無く身体をたわませて前方に半身を倒して静止した。


ぐるんと、首だけがMSDマンを見据える。


目が爛々と光る。


その視線だけが、肉体の温度から独立しているようだった。


「英雄因子ーーー」


震えながら、唄うように叫ぶように。


「『死の商人ウェポン・セラー』」


彼女の周囲の空間が、波紋を作って波打った。

水面のように現実がたわみ、中心から“せり出してくる”。

メス。注射針。鉗子。骨鋸。

薬品で満たされた試験管、ビーカー、アンプル。

あり得ない種類と量が、あり得ない速度で——「器具棚」のように展開される。


まず整列したのはメスだ。

規則的な間隔。手術台の上の並び。

次の瞬間、それが撃ち出された。


パイルバンカーのように、短く、重く、打ち込む。

刃が空気を裂いた直後、激しい音と共に床が抉れる。

コンクリが弾け、粉が飛び、破片が飛び散る。


それと連動するように、猫彦が身を屈めて走った。


意識を分断する、連動した殺意。

上からは刃の雨ではない“射撃”。

横からはナイフと銃で選択肢を潰す冷徹。

下からは地形と足場が崩れる兆し。


MSDマンは思考をまとめられないまま、2つの致命的な動きに対処する。


そしてウェイテルが、再度手印を切った。


硬いはずの床が——

泥土のぬかるみのような不確かさで、MSDマンの足を掴む。


「……ッ」


踏んだはずの固さが逃げる。

重心がずれたその瞬間、左右の軽量鉄骨が隆起した。


鋭い槍。


左右から挟み撃ちにして、MSDマンを貫いてMSDマンの動きを止めた。


止まった瞬間、猫彦の銃が鳴った。


乱射——に見えて、違う。

一発一発が致命的な臓器を狙う、精密射撃。


弾丸の衝撃でMSDマンの身体は踊る。

前へ、後ろへ、無理やり揺らされる。


意識が、古いフィルム映像のようにぶつ切りになる。


映像が途切れ、砂嵐になる。

次のコマが映り、また砂嵐。

そのたびに、死にかける。


——いや、正確には死んでいる。


死んで、戻って、死んで、戻る。

それでも——首元の赤が、強く輝いている。


《心のマフラー》。


折れない限り、燃える。

諦めない限り、再生し、強化する。

その能力の最大の恐ろしさが何かーーー。


波状攻撃の中で、身体を“前へ出す”ことだけを選ぶ。


赤い炎が、ひときわ強く跳ねた。


これまで動きすら取れなかったその身体が、波状攻撃をものともせず踏み出し、猫彦へ突っ込む。


爆発のような鉄拳が突き刺さる。


猫彦は辛うじて両腕で防御する。

だが衝撃は受け止めきれない。


「——ッ!」


猫彦の身体が吹き飛ばされ、立体駐車場の支柱に激突する。

コンクリが粉を吐き、鉄骨が震えた。


内臓を叩かれる衝撃で、息が勝手に吐き出され、身体に失神しそうなほどの痛みが走る。


MSDマンの身体から立ち上る光が更に体を強く発光させる。

「……殺しすぎだ、間抜け共。俺の能力の説明、聞いてなかったのかよ!」


そう言いながらMSDマンが、アッパーのように拳を振り上げると、空気が破裂した。


爆発する空気の断層が殺人的な圧力差を生み、周辺空間を引き裂いていく。

それは衝撃波となってウェイテルと殺人医師が同時に吹き飛ばす。

だがMSDマンは、一足でウェイテルに追走する。


真横へ並ぶ。

次の瞬間、鉄槌のような握り拳がウェイテルへ叩きつけられた。


拳は——頭上十二センチほどで、見えない壁に阻まれた。


「……っ」


結界はギリギリで間に合った。

が、MSDマンは止まらない。


止まった拳を、そのまま無理やり叩きつけた。


見えない壁ごと、床へ。


強烈な一撃が、老朽化した鉄筋コンクリートの床を粉砕する。

三階、二階、一階へ。

階層を“床ごと”軽々と砕き抜きながら、ウェイテルの空間結界ごと——吹き飛ばして地下へめり込ませた。


あまりの破壊力に、殺人医師が口を開けたまま見入っている。


その背後へ、MSDマンが回り込む。

超スピードで。


「後ろわぁ!ダメッ!!」


殺人医師の周囲を浮遊していた試験管が割れた。

薬品が飛び散り、MSDマンの身体にかかる。


殺人医師の目が見開かれる。


「毒、猛毒ですよぉ? 触ったら即死できるはずの——」


言葉が途中で止まる。


MSDマンが首を掴んだからだ。


ぐ、と力が入る。

殺人医師の身体が宙に固定される。


「あ……が……が……」


悲鳴のような音が漏れ、足がぱたぱた動いている。


MSDマンは笑った。

邪悪に。


「俺、さっき言ったよなぁ?無限に再生し、無限・・に強化されるって」


殺人医師の頬が赤い。

視線が蕩ける。

彼女は、あと僅かに力を加えられれば頚椎が折れる状況に——喜んでいる。


猫彦は、柱に刺さったまま、体勢を立て直そうとしては力が抜けた。

ウェイテルは地下へ叩き込まれ、身動きすら取れない。


そして今、宙で足を動かす殺人医師は——

MSDマンの指先ひとつで死ぬ。


まさしく次元違い。


MSDマンが語ったそのままに、支部長クラスの実力をクライシスゲートは思い知る。


だが。


MSDマンは忘れていた。


経験したことのないほど、内側で膨れ上がった力の高揚で。

この戦場の熱の酩酊で。


クライシスゲートの幹部は、もう一人いたことを。






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