英雄小話08 : ロッズ(後編)
《六道会幹部 シェンの仕事》
六道会は世界最大のヴィラン組織、テトラッドの下部組織だ。ヴィラン組織と、言ってもテトラッド本体も英雄機関と表立って戦争するほどイかれてはいない。世界中に散りばめられた下部組織は、それぞれ分散して活動し、金貸しや麻薬から誘拐、強盗、殺人までなんでもやる。勿論、ヒーローとかち合うこともあるが、必要に応じて、下部組織は切り捨てられる。いわゆるトカゲの尻尾だ。本体は俺たち下部組織から上がりを吸い取ることと、テトラッドの名前を威光として貸し与える以外は何もしてこない。下部組織は下部組織で、普段はテトラッドの威光を使いながら、『自分たちはヴィラン組織としてのテトラッドとは違う』という言い訳もできるわけだ。
そして、俺たち六道会の主要な資金源は、地域の自警活動である。みかじめを徴収する代わりに地域の揉め事やヒーローが出張ってこないような事件は全て俺たちが面倒を見ることになる。
その中には当然、クソのような仕事も存在する。
ーー
―――ノヴァ・ミール・アカデミー。
ボロボロのバンの曇った窓越しに、事件現場の校舎を眺める。
白い外壁。全面ガラス張りの連絡通路。
敷地を囲む高い生垣の内側には、外部の世界とは別の空気が閉じ込められている。
入学条件は学力でも素行でもない。
資産証明だけだ。
莫大な資産を擁する富豪や、ヒーローの子息が通う学園。普段であれば俺たちが敷地に立ち入ることもない、地続きの異世界だ。
校内には専用のカフェや商業施設、娯楽施設に病院、ヘリポートまである。
その最上階の教室が、今は車のフロントライトや急設置された投光器に焼かれていた。
夜だというのに、現場は昼より明るい。
白色灯が無遠慮に照らし、ガラスに反射して目が痛い。
教師が走り回り、警備会社の制服が怒鳴り声を上げ、マスコミが規制線の外でカメラを構えている。
誰も中に入ってこない。
中の処理は、俺たちの仕事だからだ。
「……流石に騒がしくなって来たでヤンスね。」
運転席でハンドルに突っ伏していたホイが、顔だけ上げて言う。
「静かな方がおかしいだろ。」
窓ガラスをドンドンと叩く音。
渋々開けると、冷たい夜気と一緒に、消毒液の匂いが流れ込んできた。
「シェン親分!!やっぱり現場は酷い状況です。教室の中で、教師と生徒1クラス分、全員が自殺していました」
報告に来た下っ端は目をしばたかせ、青い死体のような顔で頭を下げる。
靴の裏に付いた何かを気にして、アスファルトに擦りつけていた。
ため息が出る。
「集団自殺……か。今回で何件目だ?」
「六道会の管轄だけでも今月で四件目。本当にどうなってるでヤンスかね」
辟易したように端末を操作するホイの肩越しに、
“処理依頼:六道会”の電子承認が並んでいるのが見えた。
俺は校舎を見上げる。
何でも手に入る連中の箱庭。
金も、物も、安全すら奴らは好きなだけ手に入るはずだ。
「全く、何が不満だ?」
思わず口からこぼれる。
「……まぁいい。そんなこと言っても仕方ない」
タバコを噛んだまま言う。
「遺体を搬送するぞ、ホイ。
それで、柄を引き取りたいっていう保護者は居たか?」
ホイは首を振る。
「居ないでやんす。
全員、“六道会で完全焼骨を”って」
間を置いて、
「費用はすでに振り込まれてるでヤンス。
割増料金付きで」
「聞いてみただけだよ、畜生。」
噛んでいたタバコを指で摘み、灰皿に押し込み、車を降りる。
「今日は徹夜でヤンスね。親分。」
大きなため息を吐きながらホイは車をロックした。
下らない。
理不尽で、クソな仕事だ。
ー*ー
《英雄機関第六支部ヒーロー オレグの独白》
ーーー人差し指で方向を定め、親指で距離を測る。
何度も何度も、数えきれぬほど繰り返した戦いの儀式。今日も何一つ変わらず、戦場に立ち、使命を果たす。
あぁ、いつも通りだ。
俺はまだーーーブレていない。
ー*ー
最初に抱いたのはただただ「何故」という疑問だった。
アイツには、充分な金も、環境も、安全も与えていたはずだった。
大きな病気もなかったはずだ。
何故、自分から命を断つ必要があった?
考えてもわからなかった。
ダイニングの照明は規定の照度を保ち、室温は自動調整の数値から一度も外れていない。
テーブルの上には二人分の食器だけが並んでいる。
三人分に戻す理由はもう無い。
食事中、妻に聞いても分からないと言う。
感情ではなく、情報の不足としての「不明」。
壁面モニターにはニュースの文字列だけが流れている。
自殺する若者。富裕層。兆候なし。生活水準に問題なし。
統計的傾向として処理できる内容だった。
与えすぎたのが問題なのだろうか。
本当に、そんなことで人は死んでしまうのか。
こんなに簡単に。
ーーー僕たちは生きたいと願って生まれたわけではありません。でも、僕たちは当たり前のように生きていて、今も生きようとしています。
遠く、記憶の澱によどんだ声が頭の中で反芻される。
妻が立ち上がる。
食器を回収し、洗浄機に並べる。
稼働音。規定時間。
無駄がない。
ーーー死ぬことは苦しいですかね。
純粋で、強い目が俺を見据えていた。
ーーーでも、生きることが同じくらい苦しかったら。生きる意味が無いのだとしたら。
アイツの言っていた言葉が理解できない。
ーーー生きることと死ぬことは同じことではないですか。
死ぬことにだって意味は無い。
だから俺たちは生きているんだろう。
寝室の隣の個室。かつて息子が使っていた部屋は、すでに用途を失っていた。
家具の配置が変わっている。
収納容量は最小限でいいと妻は言う。
ベッドは解体済み。
学習端末は初期化待ち。
衣類は素材ごとに分類され、廃棄タグが付けられている。
生活空間の最適化。
明日は月に一度の大型廃材搬出指定日だ。
多少慌ただしいだろうが適切なタイミングだった。
コートを羽織り、最小限の手荷物を確認する。
俺は今日も生きる為にヒーローとしての仕事をしなければならない。
息子が死んだからと言ってもヴィランは活動をやめてくれないから。
考えるのはもう辞めよう。
俺たちはこれからも生きなければならないのだ。
「行ってくる。」
そう一言だけ言って、振り返る。
妻は作業の手を止めず、片手だけを上げて応答した。
玄関の扉を開ける。
背後で家具の解体作業が続く音が無機質に響いていた。
ー*ー
【処分決定通知】
個体識別:PH-6-XXXX
因子名称:ロッズ
同一作戦行動内における因子使用回数制限の超過を確認。
当該行為により発生した現住街区構造被害は、許容損耗率を超過。
上記により、当該個体のプロヒーロー資格を無期限に停止する。
因子摘出処置実施期限:通達日より30日以内。
実施場所:英雄機関本部。
未履行の場合、強制回収プロセスへ移行する。
ー*ー
「当たり前」は、あまりにも簡単に終わった。
原因は通達のとおりだ。
俺の英雄因子「ロッズ」は、高域破壊すら可能とする、全英雄因子の中でも上位に位置する物理破壊力を持つ能力だ。
だからこそ俺は戦闘の都度、本部に能力使用回数を事前申請し、許可された範囲で活動することでヒーローとしての任務を維持してきた。
これまでは、それで十分だった。
だが、今回のヴィランはアンドロイド型。英雄機関内での通称は「バラライカ」。
太ったピエロの姿で、腹部から吐き出す無数の武器と拷問器具を使い、人間を殺し回る狂った機械人形だった。
問題はなかった。
本部に制限されない10g級のロッズで、十分対処可能な敵だったはずだ。
しかし、どれだけ撃ち込んでも立ち上がる。
衝撃で吹き飛んだ機械部品が、弦楽器の調べに合わせて、時間が巻き戻るように再生していく。
やがて周囲の機械部品まで取り込みながら、ピエロは肥大化していった。
そして、その巨体のまま周囲を無差別に破壊し始める。
当然だ。
奴の本懐は、俺とは違う。
奴は戦士ではなく、破壊者なのだから。
俺は何度も本部に英雄因子使用許可を打診した。
だが、肥大化したピエロにまず自己監視用ドローンを破壊され、通信妨害か機器の異常か、第六支部を経由した本部との回線が途絶した。
俺だって、最初から制約を破るつもりだったわけじゃない。
だが、奴は時間をかけるほど巨大になり、強力になる。
いつ回復するとも知れない通信を待つ余裕はなかった。
だから―――。
人差し指で方向を定め、親指で距離を測る。
何度も、数えきれないほど繰り返してきた戦いの儀式を始める。
俺の生きる場所は戦場だけだ。
戦場から逃げることだけは、できない。
―――だから。
肥大化したピエロは、すでに80メートルを超えていた。
能力の如何に関わらず、存在そのものが危険域に入っていた。
ありったけのチャージを行い、ロッズを撃つ。
今までで最大の威力だった。
そこに高揚がなかったと言えば嘘になる。
だが、それはきっと必要なものだった。
ロッズで生成する質量の形状を整える。
貫通ではなく、より破壊に特化した形状へ。
打ち出されたそれは、敵の身体との衝突点でハイドロダイナミック現象を起こし、内部から爆散した。
そして、俺のロッズが生み出した衝撃波は街全体を飲み込む形で広がり、残されていた人々の生活の痕跡をまとめて消し飛ばしたのだ。
ー*ー
「それが、理由か?オレグ・カラディン」
事務作業の手をとめることなく、リン・ユーヘンは俺に問いかける。
ーーーそうだ。それが全てだ。
「あぁ。きっとそうだろう。お前は間違っていない。お前はお前の役目を果たした。充分に考え、対処し、そして制約を破った。」
「だが、本部は、それすら切り捨てる。仮定などどうでもいいのだ。本部が欲しいのは、ただ、愚直に、正確に動く歯車なのだ。」
リンがその丸メガネの奥で笑った気がした。
ーーーそうか。俺は歯車だったのか。
俺は、自分を英雄だと思っていた。ヴィランを狩り、戦場を駆け抜ける戦士であると信じていた。この世界に自分が立つ理由を考えたことなど無かったが、確かに俺は、そんな思い込みの上に立って、そして生きていたのだ。
リンがため息を吐きながら腕を止め、手にしていた万年筆を置くと、俺の肩を叩いて耳元でそっと囁く。
「お前は優秀な英雄だ。本部のくだらない拘りでその力を取り上げ、生きる意味を取り上げるのは忍びない。」
「息子も死んだのだろう?ここで戦場まで失えば、お前は生きる意味を失うだろう?」
ーーー生きる……意味?
子どもの声が、頭の中で響く。
お父様はなぜ、生きているのですか?
ーーーあぁ。
ーーーお前は理解っていたのか。
昏い絶望が、心に静かな帳を落とす。
ただ絶望を識らず、生きる理由を問うたことのない人形。
何もかもを与えられ、満たされた水の中で沈む絶望。
そんな俺の内面など知るはずもなく、リンは続ける。
「近く私は第六支部の主要ヒーロー達を結集し、英雄機関からとある組織に鞍替えする。所謂、ヴィラン組織ではあるが、奴らは強く、そして金もある。お前も、英雄因子を奪われることなく、戦場に立ち続けられる。」
リンは腕を軽く広げ、笑う。
「戦う相手が変わるだけだ。ヒーローもヴィランも、そんな立ち位置に何の意味がある?我らを道具のように使い捨てる英雄機関などに、縛られる意味など無いのだ!!」
ー*ー
答えは決まっていた。
俺は、英雄機関を敵にすることにした。
リンの言葉に同調した訳ではない。
戦場に戻ることに希望を抱いた訳ではない。
第六支部長、ライト仮面。
彼が病床に臥し、支部長職を継がないかと言われたことがあった。自分は戦場に立つことを希望し、それを断ったが、そのときに伝えられたことがある。
英雄因子の意味。
支部長が持つ英雄因子はBプラスからAマイナス。支部長の持つ英雄因子の意味は “単独で、支部の反乱を抑えられること“ 。
そして、英雄機関本部のヒーローが持つ英雄因子のランクはAイコール。その意味は、“支部長クラスの反乱すら抑えられること“ 。
そして、英雄機関の最高戦力。
三光。有する英雄因子はAプラス。
奴らは単独で彼ら以外の英雄全てを相手にできることを意味していると。
そう。
どの道、この反乱に先など無い。
つまりは、これは死出の道行き。
ただ死ぬ意味を、死ぬ場所を探す旅だ。
あぁ、もしかしたらずっと。
俺たちは死を探していたんだ。
ー*ー
ーーー人差し指で方向を定め、親指で距離を測る。
ずっとブレていた照準。
意味があると信じていた戦いの儀式。
俺は今一度。
そして、最後の引き金を引く。
英雄小話も残り2話で完結です。
次回予告。
英雄機関 第一支部支部長 MSDマン。
苛烈と混沌を極める第一支部管轄エリアで、彼は恐るべき敵と対峙する。
ヴィラン組織 クライシスゲート。
英雄機関から奪われた因子を体に宿した四幹部との、命を燃やす戦いが始まる。
戦え!MSDマン!! 第一支部の人々を守るのだ!!!
次回 英雄小話09 : 心のマフラー




