英雄小話07 : 他我合一(ワンネス)(前編)
今回短いです。前編と後編の間に別の小話が挟まります。
第六支部庁舎前。
重厚な建造物の正面に、黒塗りのリムジンが静かに滑り込む。
タイヤが止まると同時に、運転手が素早く降り立ち、後部シートのドアを開いた。
深く、恭しく頭を下げる。
その前にはすでに、第六支部の所属ヒーローたちがずらりと隊列を組み、微動だにせず直立している。
誰一人として視線を逸らさない。
空気そのものが張り詰めていた。
ゆったりと。
まるで時間の流れだけが彼女の周囲では違うかのように。
リムジンから降り立ったのは――
ンジンガ・アム・トゥワナ。
初老とは思えぬほど背筋は真っ直ぐ伸び、動きに一切の無駄がない。
モノクル越しの視線は静かでありながら、周囲を完全に掌握していた。
第四支部長。
英雄機関において“盟主”とさえ呼ばれる存在。
その一歩が地面を踏むたび、空気が引き締まる。
隊列の先頭に立つ男が一歩前へ出た。
第六支部所属ヒーロー――龍啓タン。
顔には明らかな緊張が浮かんでいる。
「ンジンガ様……」
喉を鳴らし、深く頭を下げる。
「わざわざご足労いただき、誠に恐縮です。病床の第六支部長に代わり、心より感謝申し上げます」
「良い」
短く、柔らかな声。
だが、そこに感情の揺れは一切ない。
「状況の説明を」
歩き出すンジンガ。
龍啓タンは慌てて後を追い、早口気味に報告する。
「はっ! 第六支部内の最大派閥が結託し、離反の動きを見せました!」
「我々も当然抵抗しましたが、力及ばず……現在、庁舎内部は完全に占拠されています」
「支部長不在とはいえ、ここまでの失態。申し訳ありません!」
ンジンガは歩みを緩めることなく問う。
「英雄機関を軽く見過ぎだな」
静かな声。
「それとも、先がないと分かった上での決死隊か」
「そこまでの覚悟があるようにも思えんが」
わずかに視線だけを向ける。
「要求や目的は?」
龍啓タンは首を振る。
「いえ……現時点では何も」
「ただ、英雄因子の横流しを、どこかのヴィラン組織と行っていた形跡は掴んでいます」
「既に保護の密約が結ばれている可能性も……」
「なるほど」
ンジンガの声は変わらない。
「それまで保つとでも思ったか」
一瞬の沈黙。
「敵ヒーローのランクの最大値は?」
「Bプラスが一人」
龍啓タンは即答した。
「オレグ・カラディン。次期支部長候補と目されていたほどの使い手です」
ンジンガは足を止める。
ほんの一瞬、庁舎を見上げた。
巨大な建物の奥に広がる、反乱の巣。
「分かった」
振り返る。
「もう良い。下がれ」
「……は?」
龍啓タンの目が見開かれる。
「い、いえ! そうおっしゃられても――!」
「流石にお一人では危険です!」
声が上ずる。
「支部長不在を理由に、全支部でも指折りの高ランクヒーローが多数集められているのですよ!」
「一人で突入など――」
その言葉を遮るように。
ンジンガは、ほんのわずかに微笑んだ。
「お前は」
静かで、優しい声。
「優秀なヒーローだ」
「巻き込んで殺したくはない」
その瞬間。
龍啓タンの背筋を、冷たいものが走った。
慈愛に満ちた言葉。
だがそこに含まれるのは――
“巻き込めば死ぬ”という、絶対の前提。
この人は、戦うことを危険だとは思っていない。
ただ、自分以外がそこに居れば死ぬと判断しているだけだ。
だからこそ、下がれと言った。
龍啓タンは喉を鳴らし、動けなくなる。
ンジンガは静かに踵を返した。
「待機していろ」
「すぐに終わる」
その背中は、あまりにも穏やかで――
これから大量の死が訪れるとは、とても思えなかった。




