英雄小話06 : 正義の剣(中編)
長くなり過ぎた。
カラン――と乾いた音が響いた。
生徒の握っていた剣が弾かれ、床を転がる。
同時に、鈍い声を上げて本人もその場に崩れ落ちた。
一瞬の静寂。
周囲のヒーローたちが息を呑む中、
マエルは剣を構えたまま、淡々と言った。
「無駄が多いな」
銀髪が、訓練場の照明を受けて冷たく光る。
「相手の小手先の動きに対処しようとしすぎている。
そのせいで、全体の動作予測ができていない」
床に転がったままの生徒を見下ろしながら、
マエルは続けた。
「人はな、目線の動き、重心の移動、肩や腰の角度――
身体全体で“次に何をするか”を示しているものだ」
「起こりを読め。
細部ではなく、全体を見ろ」
そう言うと、マエルは流れるような動作で
訓練用の剣を鞘に収めた。
カチリ、と小さな金属音。
それだけで、場の空気が引き締まる。
床に倒れていたヒーローは慌てて起き上がり、
深く頭を下げた。
「ありがとうございました!」
そのまま列の後方へと下がっていく。
マエルは周囲を見渡した。
汗に濡れた顔。
緊張した目。
自分の一挙手一投足を見逃すまいとする若者たち。
その視線を受け止め、静かに口を開く。
「いいか、諸君」
訓練場のざわめきが、すっと消えた。
「君たちは英雄機関本部から英雄因子を与えられ、
市民とは隔絶した力を持っている」
「だが――よく弁えておけ」
一歩、踏み出す。
「それでも我々は、ただの人間だ」
言葉は静かだが、重みがあった。
「我々にできることは、本来、
手と足と身体の延長線上にしかない」
「英雄因子だけに頼るな」
一人一人の顔を見渡す。
「人としてできることを、まず究めることだ」
「――以上」
短く締めると、
マエルはハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を軽く拭った。
その背中へ、
羨望と賞賛の視線が自然と集まる。
だがマエルは、それに気づかぬふりをしたまま、
静かに歩き出した。
ー*ー
『マエル支部長についてどう思いますか』
【MSDマン】
ーーーえ?
んー・・・うるせぇ奴。
アイツ、俺より年下なのに俺に当たり強えんだよな。俺のこと手がかかる後輩くらいの扱いしてない?
な!ーーーしてるよな!実際!
説教してくるだよ。あいつ。
俺は感覚派で、ちょっと大雑把なだけなんだよ。
なに?良いように言いすぎ?
どこがだ、殺すぞ。
[脱兎。]
【グリーンイグアナ】
良いよね!マエル氏。
吾輩好きだなぁ。完璧な美貌に頼り甲斐のある大人の女性。部下からの信頼も厚い!きっと私生活もすごくきっちりしてるんだろうなぁ。
管理されたい!
え?あなたはMSDマンさんの部下じゃないかって?
いや、ここだけの話、あの人、部下を管理する気ないから。実際。
それに吾輩はただ管理されたいんじゃないの!氷の美女に管理されたいの!たまに罵ってくれてもいい!
痛!ヒッ!MSDマン!?
地獄耳!!!?
いや、足の裏で顔を蹴らないで!!
マスク汚れちゃうから!!
【サーダナ・カマド】
彼女かい?うん、僕の妻達の中にはいないタイプだから僕はすごく評価してるよ。
彼女は落ち着いた大人の女性で誰にも尊敬されるリーダーだしね。英雄機関本部からしても看板みたいなもんさ。美しさと厳しさ、そして誇りを備え持っているからねぇ。
ーーーそして、
そんな鉄壁の美女だからこそ価値があるのさ。
普段は仕事ばかりで男の入る隙もない。微塵もほんなことを考えていないような女性が、熱の入った瞳で僕だけを見て、そして僕がいないと生きていけなくなる姿を想像すると、僕はその時が待ちきれないよーーーって、え?
このインタビュー、英雄機関の広報に載せるの?
いや、ちょっとやっぱ今のキャンセルでいい?
え、駄目かい?
ー*ー
泥のように染みる夜の漆黒。
舗装された路面を踏み抜く勢いで、マエルは街路を縫うように疾走していた。
緊急事態の通報を受け、第二支部を飛び出してから一度も減速していない。
その速度はすでに時速六十キロを超えていた。
後方では、随行の庶務官が必死に追走している。
だが、その距離は見る間に開いていく。
マエルの背中は、夜の街を裂く一条の銀の矢のようだった。
「……また、第二支部のヒーローが狙われたか」
低く、吐き捨てるように呟く。
「保てよ……」
苛立ちを含んだ声は、流動する街並みと風切り音に溶けて消えた。
車道を走る車を一足で飛び越える。
着地の反動もそのまま推進力へと変え、速度はさらに上がる。
次の瞬間、標識柱を掴み、身体を振り子のように振って直角に曲がる。
人間離れした軌道変更だった。
腕に装着された時計型の地図端末。
その表示された座標点が、目的地の赤いマーカーと重なる。
その瞬間。
マエルは身体を横に倒し、地面を削るようにして無理やり制動をかけた。
轟音。
アスファルトが隆起し、波のように捲れ上がる。
火花と破片が夜の闇に散った。
視線を上げる。
眼前、わずか二メートル先。
腹部を裂かれ、ヒーローが倒れている。
その前に立つのは――鉄爪を持つ異形。
全身を改造された、獣じみたシルエット。
今まさに、その巨大な爪を振り下ろそうとしていた。
金属が擦れるような、不快な音。
それでいて爆発の直前のような圧を伴った気配。
次の瞬間。
異形の鉄爪は、マエルの頭上で止められていた。
居合の如き神速の抜刀。
銀の軌跡が夜を切り裂き、細身の直剣が閃く。
大人の胴体ほどもある冗談のような鉄爪を、たった一本の剣が完全に受け止めていた。
火花が散る。
衝突の余波で、周囲の空気が震えた。




