終わりの始まり
「マウア、あんたも少し休みな。マリーナはあたしが見てるから。」
「うん。」
裏士さんの気づかいで、俺は自分の部屋に行った。部屋に入った瞬間、緊張が解けたのか疲れがドッと出た。閉めたドアにもたれたが、背中がずれ落ちてその場にへたれこんだ。そのまま、ただじっと窓の外をボーッと眺めていた。ふと気がつくと、辺りが暗くなり始めていた。
リホに、会いに行くか…。
一階で食事の支度をしていた裏士さんに挨拶をして、俺は店を出て約束の丘へ向かった。
今思えば、リホと共にバイラインと戦った時から、気持ちは決まっていたんだろうな。デリーの見舞いに行った時もそうだ。そして、ナイクさんの死…。リホにハッキリ口に出して言えなかったのは、俺の心の弱さだ。怖かったし、信じられなかったし、現実をどこかで認めたくなかったんだろう…。
「はぁ…。もうすぐコロシアムの見える丘か…。」
帽子からスッ伸びた薄桃色の髪を風になびかせながら、座ってコロシアムを見下ろしている天士を見つけた。
あの帽子、マリーナの言った通りだな。
「リホー!」
「マウア…」
「遅くなってごめん。昼間、色々あってさ。」
気持ちを切り替え、天士の隣に座って明るい声で言ったつもりだったが、天士の表情は雲ってしまった。
「また、悪魔が出たのね。」
「うん…」
知ってたんだな…。
「あ、あのさリホ。リーナさんから聞いたんだけど、これだけ悪魔が出現するって事は…やっぱり異常なのか?」
「うん。復活の儀が迫っていると思う。」
復活の…儀…。
「なんか、名前からしてヤバそうだな。」
「私は、封印の儀を行う為に存在しているの。それが、天士として生まれた私の宿命だから…。」
「そっか。」
あの時…私に命を頂けませんか?と言ったリホは、自分に言い聞かせる意味もあったんだろうな。俺の命を頂く…か。
「リホ。俺たちは、世界の犠牲になるんだな。」
「うん…。」
他に方法は…希望はないのか…。
「数百年前、初めて悪魔がこの地に現れてから、何度も何度もこの世界は救われてるの。多くの命を犠牲にして、天士は悪を封印した…。今はまた、その悪が甦ろうとしているの。」
「俺たちの命を引き換えにして、悪魔を封印するって事か…。それで、リホは納得してるんだよな?」
「うん。」
天士の目に迷いはない。
「そうだよな。やっぱり覚悟は出来てるんだよな。アハハ。」
「マウア?どうして笑うの?」
「ごめんな。あれから色々あって、正直自分でもどうすればいいのかよくわからなかったんだ。でもリホを見て、なぜかホッとした。俺のやることがハッキリ見えたからだと思う。そしたら、悩んでいたのがバカかしくなっちゃって、つい笑っちまった。」
「怖くはないの?」
「そりゃー怖いさ。不安でどうしようもない。俺が本当に世界を救えるのか?なんて思うと、逃げられるなら逃げたい。でも、どうやら逃げられそうにないから、それなら俺は笑っていたい。リホにも、笑顔でいてほしい。だって、俺たちはヒーローじゃん?」
「フッ、ウフフッ。」
「だろー?」
「あなたでよかった。私は運命だって諦めていたけど、あなたとなら前向きでいられる気がする。ありがとう、マウア。」
「そ、そっか…。なんか照れるな。」
「フフッ。」
「あっ、そうだ!リホ腹減ってないか?リーナさんからさ、本人自信作のパンを貰って来たんだ。はいっ、これ。食べてみろよ。うまいぜ!」
「うん。ありがとう。わぁ~、これおいしーい!」
「リーナさん特性、キャラメルバターロール。
うまいだろ?」
「うん、初めて食べた。」
「コーヒーもあるぞ。えーっと、砂糖とミルクはどこだっけ…」
「私、ブラックでいいわよ。」
「え?」
「うん?変な事言ったかしら?これおいしーぃ!」
「あ、いや、何でもないよ。そっか、リホがブラック好きでよかったよ。砂糖もミルクも忘れちゃったみたいで。ちっ、ちなみに俺も、ブラック派だからなっ!」
「じゃあ、いつか家に来て!私がコーヒー入れてあげる。」
「そっ、そりゃ楽しみだなー。」
うっ、やっぱりブラックは苦いな…。
「マウア見て、試合が始まったわ!」
「ホントだ。ちょっと遠いけど、ここって意外に見えるんだな。」
「私ね、あなたの試合は全て見てるわ。ここからだけどね。」
「マジ?じゃあ、コロシアムに来たのは、偶然じゃなかったのか?」
「そうよ。あなたに会いに行ったの。」
「そうだったのか…。」
「こんなことになる確信はなかったけどね。ただの天士の感?かな。」
「また感かよー!」
「え?また?」
「あ、いや。リーナさんにも同じことを言われたからさ…。で、リホ、これからどうするんだ?」
「うん。復活の儀はまだ先だと思うの。だからそれまでは、悪に操られる魔人もそうだけど、魔物も何とかしなくちゃいけないわ。」
「魔物もいるのか…。そいつも封印するのか?」
「封印はできないの。倒すしかないわ。」
「そうか…。あのさリホ。バイラインを倒した時、リホが放った光が弾けただろ?あれが封印か?」
「ううん。あれは浄化よ。あのようになってしまった人間は、もう手遅れなの。残念だけど仕方ないわ。」
「そっか…。」
俺は、バイラインと訓練生の命を奪った。
手遅れと言われても、辛いよな…。
「じゃあ、魔物には何か手がかりとかあるのか?」
「魔物は、普段は力を隠してるの。だからわからないわ。」
「大変そうだな…。」
「リホ様、お迎えにあがりました。」
突然、後ろから声をかけられた。
リホ…様?この人たちは誰だ?
「初めまして。私は、堕天士長のミラと申します。」
「堕天士?」
「マウア、ビックリさせてごめんね。私の護衛の方たちよ。」
「じゃあ、やっぱり昨日の追っ手って…。」
「そう、堕天士よ。私も確信がなかったから、ごめんね。」
「いや、俺の方こそごめん。護衛か。さすがは天士様だな。だけど、あの(バイラインを倒した)時、コロシアムにはいなかった…よね?」
「申し訳ありません。あれは我々の責任です。どうかお許しを。」
「あれは私が勝手にコロシアムに行っちゃったの。どうしてもマウアに会いたくて…その…。もっ、もうこの話はおしまいにしましょ。ね?マウア、またね。」
「あ、あぁ。」
天士は数人の堕天士と共に、街とは違う方向へ帰って行った。
よくわからない…。リホが慌ててた上に、天士に闇士に裏士に、今度は堕天士か…。うーん…天士に近づくなとも言われたのに、何もなかったけどいいのかな?とりあえず、俺も帰るか。
「リホ様、生け贄に対してそのような感情は、封印の儀に支障を招きかねません。」
「ミラさん…わかっています。わかってるけど…」
「以後、お気をつけ下さい。」
「…。」




