あの記憶
しばらく続いた沈黙を破ったのは、天士のいつもの声だった。
「ねぇマウア、ついてきてくれる?私、行きたい所があるの。」
「え?あぁ、いいけど…。」
「じゃあ、競走ね!よーい、ドン。」
天士は、走ってどこかへ行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよー!リホー!あ、国王様、ミルカさん、失礼します。おいリホー!」
天士を追いかけ、俺も部屋を出た。
リホの背中を追いかけてると、色んな事を思い出すよ…。今だけは、運命を忘れたい…。
「いっちばーん!マウアー!遅いわよー。」
「ハァ、そんなこと…言ったって…リホが速いのは知ってんだよ。」
「ウフフッ、マウアはまだ気づかないのね?」
「ハァ、え?何?」
「私にとってこの場所は、
庭みたいなものなのよ?」
「ハァ?ってことはなんだ…あー!近道かぁー?」
「そうよ。あの時、マリーナには話したけどね。」
丘に座ったリホの横で、俺は大の字に倒れた。
「アハハ、2度もやられたってことか。俺さ、前は天士の運動能力ってスゲーなぁって言ったじゃん?今日は覚醒した天士の能力かよ!って思って走ってたよ!」
「そんな訳ないでしょ。私は、これでも普通の女の子なんだからね。」
「背中に羽のある女の子が、普通な訳ないだろ?」
「あらっ?バレちゃった…。」
リホは、羽のコートを着ているかのように、翼を後ろから前へ閉じていた。広がった翼を見て、俺は改めて天士が覚醒したことを実感した。
「キレイだな、その羽。リホはいいなぁ…。俺はさ、角とか牙とか生えて、ニレイの国王みたいな姿になるのかな…。」
「そしたら私が、えいって消してあげるよ!」
「そうだな…。」
消える…なんか、涙出そうだ。そうなったら、二度とリホに会えない…。俺をこの丘に連れてきた理由が、今わかったよ…。
「風が気持ちいい~!」
「ほんとだなー!」
リホの言葉と表情は逆だった。楽しそうな声が、切ない顔と合っていない。言葉に心が伴っていなかった。
リホは今、何を考えているんだろう…。あの日の夕方、ここで俺に言ったよな?天士は命がけで悪を封印するって。なぁリホ。どうして俺に会いにコロシアムへ来たんだ?会わなければ…俺たちが他人だったら、今そんな切ない顔をさせずに済んだのに。もしリホが封印の儀をためらう事になってしまったら、俺は世界を滅ぼすんだぞ?責任取れねーよ。
「ねぇマウア。」
「ん?」
「私は、覚醒してからずっと考えてることがあるの。」
「何を?」
「あなたを救う方法。」
「何言ってんだよ。そんなこと、リホが気にすることじゃないよ。」
「これが、私たちの運命だから?」
「仕方ないさ…今ならハッキリとわかるんだ。俺の中にある、俺の知らない記憶がなんだったのかさ。リホも、気づいてるんだろ?だから、ニレイでアーサ国王を止められた。」
「うん…。」
変えることはできない…。何度も繰り返してきたあの記憶は…。封印の儀の記憶だったんだから…。
「嫌…。」
「リホ?」
「私、そんなの嫌…。無理ってわかってても、運命ってわかってても、嫌なものは嫌…。」
「リホ…。」
涙を堪えるリホに、かける言葉がみつからない…。どんな言葉も、慰めにしかならない。俺だって本当は…。
「いっちばーん!」
なんだ?
「ハァ、マリーナ…速すぎだよ…。近道でも使ったんじゃないの?」
「エヘヘ、ばれちゃった。さすがデリーだね。マウちゃんとは違うわ。」
マリーナとデリーじゃないか!
「あー!マウちゃーん!リホりーん!」
「え?本当だ!おーーい!」
二人が手を振りながら、俺たちの所へ来た。
「マウちゃん、城に行ったんじゃないのー?」
「あ、あのさーマリーナ、リホがいるからわかるだろ…。」
「アハハ、そっか。でもリホりん、その羽は何?天士の新しい道具?」
いつもの調子で話すマリーナに、俺たちの現状は重たすぎた。困った様子で俺を見た天士に、俺は微笑みながら小さくうなづいた。
「マリーナ。私ね、天士として覚醒したの。」
「覚醒?スゴーイ!天士の羽ってかわいいね~。う~ん、アタシにも生えないかな…。」
「生えねーよ!マリーナは闇士だろ!」
「えー!マウちゃんだって闇士じゃ~ん。エヘヘ、お互い残念だったね。」
「一緒にすんな。俺はな、強そうでカッコイイ羽が生える予定なんだよ!」
「なにそれー。それじゃ悪魔みたいじゃん!」
「ま、まぁな…。」
「あれ?冗談で言ったのにへこまないでよー。」
「マリーナ…。」
「なに?デリー。」
長い付き合いだ。デリーには、隠せないな。
「ウソ?え?どういうこと?」
「マリーナ…。あのね…。」
「リホ、俺が話すよ。」
「うん…。」
「実は俺、もうすぐ覚醒して魔王になっちゃう運命でしたぁ!アハハ…。」
「マウちゃん!!」
「なっ、なんだよ。」
「そんなボケじゃ…もうお笑いコンビ解散だよ…。」
「そうだよマウア…笑えないよ…。」
俺の隣に座るマリーナとデリーの肩が震えていた。
「ねぇリホりん、何とかならないの?」
「ごめんね…マリーナ。」
「そんなの嫌だー!やっと…みんなでいろんなこと乗り越えて、それで今があるんだよ?それなのに…マウちゃん魔王って…信じたくない!」
「俺だって…。」
いや、マリーナ…ありがとな…。
「マウア、詳しく聞かせてよ。僕だって…納得できないよ。」
「わかった。」
俺は二人に全てを話した。真剣に聞くデリーと、泣きながら聞くマリーナだったが、泣き止んだマリーナの表情が、途中からおかしくなった。
俺、ちゃんと話したよな?伝わってないのか?
「これで全部だ。俺は、もうすぐ魔王として覚醒する。それを、リホが止めて終わり。そういうことだ。」
「ねぇマウちゃん、アタシ疑問だらけ。」
「疑問?」
だからマリーナは、途中から不思議そうな顔をしてたのか。
「うん、色々…。」
「マウア、僕もおかしいと思うよ。」
「デリーもか?」
「リホりんもおかしいと思うでしょ?」
「えっ?」
驚いた天士もわからないようだ。闇士は疑問を言い出した。
「だって、マウちゃんが魔王だってわかってるのに、どうして王様は封印の儀を先伸ばしにするの?」
「マリーナ、王様の心の広さがわかんねーかなー。気持ちを整理する時間を俺たちにくれたんだよ。後はほら…リホは娘なんだし親心とかさ…。」
「マウちゃんはホーーントにバッカだなぁ!」
「なにい!!」
「だってさー、アタシが王様だったら、そんな危ない橋は渡らないよ?マウちゃんが魔王に覚醒したら、すーぐ暴れるってわかるもん。ほら、今だって暴れそうだし。」
「あのなぁ…。」
「後ね、特におかしいのが最後のところ。でしょ?デリー。」
「そうだね。これは、昔から繰り返されてきたんでしょ?
その方法も。だから、王様は結果がわかってるのに、二人を信じるって変だよ。」
「言われてみれば…確かにそうね…。」
心当たりを思い出すように、天士は言った。
「でしょー?リホりん。やっぱりおかしいよ。復活の儀に挑む!とか、マウちゃんがマウちゃん自身と闘うとかね。」
「マウア、王様とミルカさんは、二人に違う結果になることを求めてるとしか考えられないよ。」
マリーナ…デリー…。
「でも、それなら何で国王様とミルカさんはハッキリ言わないんだ?」
暗黒剣士と闇士へ向かって言った俺の問いに、天士が答えた。
「マウア、それは言えないから…かしら?理由はわからないけど。」
「そうだと思う。ねぇ、マウちゃん。何か心当たりはないの?」
「心当たりかぁ…う~ん…今思うと、変だなぁってのはあるけどなぁ…。」
「なになに?」
マリーナが身を乗り出して聞いてきた。
「リホの入れてくれたコーヒーが、ブラックなのにほんのり甘かった!」
「えーーー!本当にー!?」
「いやいやマリーナ、それは冗談。」
「もー、真剣に考えてよぉ…。」
「ごめんごめん…。」
ミルカさんか…。
「俺はさ、なんとなくだけど、見守られてる感じがするよ。」
「あ!!」
「リホもそう感じるか?」
「うん。」
「見守られてるって、マウちゃんとリホりんを?」
「あぁ…俺たち二人だよ。マリーナ。」




